107話 叩き潰して日が傾いて
結局、魔龍が完全に戦意を失った……というか、私が殴り倒して気が済んだのは、もう夕方になってからだった。何回殴ったかは、さすがに覚えていないわね。
『わ、わしが、わるかった……』
「ご理解いただけて何よりですわ」
「大丈夫か?」
「あーあ、ご愁傷様ですー」
あちこちに雷で穴ができた空き地に、べたんと落っこちている魔龍。さすがに皮膚自体も人間よりは固いから、あまりボコボコにした実感はわかないわね。
なお、アルセイム様がわざわざ癒やしの術を使ってくださっている。ええ、私は大したことなかったものね。それにしても、魔龍にまでそのお慈悲を差し上げるなんて、さすがはアルセイム様だわ。
そして、その魔龍がこちらを見ている。ただし私ではなくて、私の前に腕組んで立っているナジャを見ているのだけれど。
「というか、もてなくて魔龍になっちゃった、なんてどんなんですか。龍神としてはクソガキですけど、そのわたしから見ても情けない」
『……はい』
「主様、こいつこのまま放っておくわけにはいかないです。何とかしないと!」
「何とか?」
まあ一応同族ですし、ナジャが怒るのも分からなくはないのだけれど……何とかしないとって、どうすればいいのかしらね。普通に考えれば、このまま封印し直したほうがいいのですけれど。
そこへご提案をくださったのは、アルセイム様だった。
「レイクーリア。せっかく死ぬまで侍女をしてくれる龍神様がいるんだ。死ぬまで侍従をしてくれる龍神様がいてもおかしくないんじゃないかな」
「は」
『え?』
「アルセイム様?」
ちょっとお待ち下さいな。トレイスが顔を引きつらせてるではないですか、アルセイム様。と言いますか、あなたの背後で山の長様が固まっていらっしゃいますわよ。
「どうしても、見た目が女性だということでナジャは舐められてしまうこともあるからね。もう1人くらい、いてもいいんじゃないかな」
『あの、ええと』
あらら。魔龍ってば、首をもたげておろおろしているわ。一体何を言われているのか、理解できないのかもしれないわね。まあ、そうでしょうけれど。
でも、悪くないわね、ええ。何しろ、この魔龍は私より弱い、というのが分かっているんですから。
「そうですわね。私とアルセイム様のもとで、ビシバシ鍛え直して差し上げるのもいいと思いますわ」
「だろう?」
「なるほどですねー。あ、わたしも先輩としてがんばりますよっ」
『え、え』
「もちろん、トレイスにも世話を頼みたい。男同士なら、その方がやりやすいこともあるからね」
「御意に」
あ、ナジャとトレイスまで納得してしまったらほぼ確定ですわよ。山の長様には、あきらめていただくしかありませんわね。
「……大丈夫ですかな」
「何か問題を起こしましたら、また今日のようにして差し上げるだけですわ」
「な、なるほど……」
頷かれてしまいました。こうなると、責任を持って面倒を見るしかありませんわよね。もっとも、本人ではなくて本龍が嫌だというのであれば話は別ですが。
『……あのう』
「もちろん、お嫌でしたら元の通りに封印して差し上げますけれど。これでも龍女王様やその他の龍神様にも知り合いがいますのよ」
『……お世話になります』
もたげた頭を下げられてしまいましたわ。これで、決定ですわね。
「おまかせくださいな。それで……あなたのお名前は、何とおっしゃいますの?」
『ヴァスキ、と申します』
まあ、異国っぽくて良い名前。気に入ったわ。ほら、アルセイム様も穏やかに微笑んでいらっしゃるもの。きっと、名前を気に入ってくださったのね。良かったわね。
「ヴァスキ。分かりましたわ。これよりヴァスキ、あなたは私と、そしてアルセイム様のために力を尽くしてくださいな。うっかり悪さをしたりしたら……分かっていますわね?」
『はいもちろんです! 何なりとお申し付けくださいませ!』
あらあら、そこまで怖がらなくてもいいのに。悪さをしなければ、私だって怒ったりはしませんよ。