105話 やはり殴るべきは顔
「さあ、出ておいでなさいませ、魔龍!」
ふん、と全力で岩をぶっ叩く。既に亀裂は入っているから、うまく衝撃を与えられればこの岩は簡単に割れるでしょう。……ほら、亀裂が縦に伸びて、まっぷたつよ。
そうして、両側に倒れていく岩の間からぐん、と空に伸びていく龍神様……ではなくて魔龍の身体。紺に近い、かなり濃い青ね。
『よくぞ解放してくれた! 礼を言うぞ!』
「いいえ、お構いなく」
多分、龍神様になったナジャよりは少し大きい程度の魔龍は、上から私たちを見下ろしてそんなことを言ってきた。まあ、礼儀正しいのね。言葉遣いは少し問題ですけれど。
それに、お礼を言われる必要はないわ。だって。
「解放して差し上げないと、直接殴れませんもの!」
『ぎゃ!』
上から降ってきた魔龍の鼻先を、真正面からメイスで突いて差し上げる。少し後ろに滑ったけれど、このくらいなら受け止められるわね。まあ、人の小娘が相手ですから手加減してくださったのでしょうけれど。
魔龍は私の一撃に目をつぶって、慌てて空へと舞い上がる。一度態勢を立て直して、さてどうなさるのかしら。
『女王の加護か! おのれ、生意気な小娘があ!』
くわ、と大きく開かれた口から光が漏れるのが見える。あら、もしかして雷か何かが降ってくるのかしら、とさすがに慌てたのだけれど。
「守れ守れ、我が愛し人を! 存分に守りきれ!」
「守れ守れ、我が主を! 力尽きるまで守り通せ!」
アルセイム様とナジャが同時に結界を張ってくれたおかげで、降ってきた雷は全て弾かれた。ちょっと周囲にとっちらかったけれど、そもそも草も木もない開けた地だから特に問題はない、わね。
「ありがとうございます、アルセイム様! ナジャ!」
「このくらいなら、いくらでも!」
お礼を申し上げると、アルセイム様は晴れやかな笑顔でそうお答えくださった。ああでも、あまりアルセイム様のお力を消費させるわけには行かないわ。それにはつまり、殴って殴って殴り倒さないと。
と、我が侍女がとってもありがたい提案を投げてきてくれた。
「主様、足場要りますかー?」
「お願いするわ、ナジャ!」
「わっかりましたあ!」
空の上から雷を降らせる魔龍を殴るには、私も空の上に行かなくてはならない。それには足場、つまり元の姿に戻って空を駆けることのできるナジャの背に乗るのが一番早いのよ。
そんなわけで、ナジャの背……と言うか頭の上ね、そこに飛び乗った私は彼女とともに、魔龍の真正面に浮かび上がった。一度やってみたかったのよね……龍の上でどんと構えるというの。
『おのれ……龍とはいえ、小娘が逆らうか!』
『小娘ですけど、龍神ですよー。魔龍じゃないもん』
えへらへら、と龍神様の姿でも空気は読まないナジャ。その頭に軽く蹴りを入れて、私はメイスを両手で握りしめる。重心を前に落として、よし。
「さあ、これで高さも問題ないですわね」
『そこから落ちれば、問題あろうが!』
「おだまりなさい!」
『行っちゃいまーす!』
私の言葉と同時に、ナジャがぐんと前進する。私はしっかりと足を踏ん張って、そのままにいと笑ってみせた。
ふふ、この笑顔が魔龍にはむかついたようね。ほら、怒って叫んでいるわよ。
『ふざけるなあああ!』
「それはこちらの台詞ですわ!」
こちらに飛んでくる雷は、全て結界で弾かれているから心配はない。そのまま真っすぐ突っ込んでいき、すれ違いざまに今度は目元を狙って思いっきりフルスイングして差し上げた。
『ぎゃああああああ!』
まあ見事に命中……したのはいいのだけれど、よほど痛かったのか魔龍は雷を思う存分撒き散らした。あ、まずい、アルセイム様が!
「アルセイム様!」
「大丈夫だ! このくらい、何とかなる」
慌てて探し当てたアルセイム様は、トレイスや長様ごとご自身をも結界で守っておられる。ああ、よかった。それにしても、複数の結界をやすやすと操られるなんて、さすがはアルセイム様だわ。
「レイクーリアを娶るのは俺だ。ならば、妻となる彼女の戦を直ぐ側に見ていなくては」
「え」
あ、あのうアルセイム様、いきなり何をおっしゃっておられるのでしょうか。トレイス、長様、一体何を話しておられるのかしらねっ!?
ああもう魔龍、さっさと殴られて降参してくださいまし。恥ずかしくて、しょうがないわ。