103話 皆で元気に山登り
さてさて、数日後。
私とナジャ、そしてアルセイム様とトレイスは、元気に龍王山を登ってきていた。道案内は、山の長様にお願いしている。
……にしてもさすがは山の民、慣れた道なのでしょうけれど、私よりもすいすいと登って行かれるわ。もっとも、この中で一番体力がないであろうアルセイム様も、特に問題もなくついてきていてくださるのだけど。
「こちらでございます」
そうおっしゃって長様が足を止められたのは、巨大な岩で形作られた門の前だった。周囲に縄のようなものが張ってあり、一定の空間を切り取っている。
これこそが、山の民にとっての聖地。……要するに、テンポウとスリーク伯爵が起こして力を奪った魔龍の封じられた地。
要するに私たちは、魔龍を殴りに来たの。最低でも再封印、できればフルボッコにしてやっつけてしまいたいのだけれどそれは無理かしらねえ。
「ここですね」
「はい。しかし、大丈夫でございましょうか」
「最悪の時はアナンダ様のお出ましを願いますから、何とかなると思いますよ」
アルセイム様のお言葉は、しっかりと落ち着いておられる。
私はといえば、メイスを握った手が軽く震えているわ。だって、アルセイム様にご一緒いただいて魔龍を殴れるんですもの。楽しみで楽しみで。あらナジャ、どうして顔を引きつらせているのかしらね?
まあ、そのあたりはともかくとして。
「しかし、聖地の奥だったとは……」
「魔龍を封じた地故、聖地と銘打って荒らさぬようにしたのかも知れませんね」
「なるほど」
長様は、そこが聖地であった理由についてのアルセイム様の推測に深く頷かれる。……魔龍とはいえ龍神様が眠っているのならば、それは聖なる地と言われてもおかしくはないわね、うん。
そして、その聖地を侵した者がいた。魔女、である。
「それを、テンポウがスリーク伯爵と共謀して荒らした、とそういうことになるのかな」
「そうなりますのう。どちらが先に話を持ち出したのかは、分かりませぬが」
「どちらでも構いませんわ」
ええ、そう。魔龍の話をテンポウが持ち出したにしろ、スリーク伯爵が出してきたにしろ、今はもう関係ないことだわ。
いずれにせよ、魔龍は目覚めかけている。完全に覚醒してしまえば、この龍王山が吹き飛んでもおかしくはない。その前に、私がぶん殴って決着をつける。
と、それはそれとして。
龍王山という地は、長様が率いておられる山の民の住処でもある。私と魔龍がどつき合いをすれば、少なからず彼らにも被害は出るでしょう。そこら辺は、どうなっているのかしら。
「一応、民の皆様には安全なところへの避難をお願い致しますわ。危険からは離れるに越したことはございませんもの」
「ありがたきお言葉。すでに女子供は遠くに逃しておりますが、男どもはいかがなさいましょうか」
「エンドリュースであればともかく、本来女子供を守るは男の役目でしょう?」
「これはしたり。確かにそうでございますな」
あのう長様、アルセイム様と私を見比べて楽しそうに笑わないでくださいませ。ええ、私たちは私がアルセイム様をお守りする役目ですけれど。
「もっとも、お嬢様もお坊ちゃまの術あればこそ戦場に赴くこともできるのでしょうし」
「ええ、もちろんですわ」
「守りと癒やしの術でしか、俺はレイクーリアの力にはなれませんから」
そう。アルセイム様の術のお力があるからこそ、私はあまり何も考えずに敵を叩き潰すことができるのよ。けれどアルセイム様、術でしか力になっていただけないなんて。
前にも申し上げたと思うのですが……と思っていたら、先にナジャとトレイスが私の言いたいことを代弁してくれた。
「えー。アルセイム様、そこにいらっしゃるだけで主様パワーアップするんですよう? もんのすごく力になってくださってる、と思いますー」
「アルセイム様も、レイクーリア様がいらっしゃれば魔術の力は強くなっている、と俺は思います」
「……」
あ、アルセイム様ってば、お耳や首筋まで赤くなってしまわれて。そういう私も、顔が熱いわ。
「なるほど。さすがはお坊ちゃまとお嬢様、深く繋がっておられるのですね。年寄りとしてはとても羨ましい」
長様まで、そんなことをおっしゃらないでください!
ああもう、この恥ずかしさは全部魔龍のせいよ! おのれ魔龍、許すまじー!