102話 男前な王女殿下
スリークのお屋敷とその周りを修復したり、念のためミリア様やカルメア様にクリカ様からの祝福を差し上げたり、ついでにスリークの使用人の皆様にエンドリュース流家事術と見せかけて護身術を教えたり。
そんな感じで半月ほど、スリークのお屋敷で過ごさせていただいたある日。王都から、新しいお客様が見えた。暫定当主となったミリア様とお話をされた後で、私も顔合わせをさせて頂く。
「監査官として参りました、ルナリア・オーインですわ」
豪奢なふわふわの金髪をなびかせ、きりりと引き締まった表情は女性でも一目惚れするのではないかしら。深みのある赤のドレスを纏ったその方、ルナリア王女殿下に対して私は、跪いてご挨拶をするしかないわ。
「は、初めまして。エンドリュース男爵家の、レイクーリアでございます」
「お顔をお上げになって。あなたが、魔女潰しのレイクーリア殿ですのね」
「何ですかその二つ名は」
いえ、確かに2人ほど潰しましたけど。思わず見上げたルナリア様のお顔は、とても満足そうに微笑んでいらっしゃる。ええと、殿方なら男前、と申し上げても差し支えないんですけど。
「今うちでこき使っているラグナロールが、そういうことを言っておりましたので。まあ、魔女を潰していただけるならこちらとしては、何の異存もありませんわ」
「そう言っていただけると、助かります」
ああ、本当にラグナロール様、こき使われてるんだ。まあ、お間抜けなことやらかしたから致し方ありませんわね。なんてことを考えながら、ルナリア様のお手に従って立ち上がる。ちなみにルナリア様、多分ですけれどアルセイム様よりも背が高いわ。靴のかかとの高さを考えても、ね。
「大変困ったことなんですが……何も分からずに魔女と対面していたら、おそらく私でもその手に落ちますからね」
「え」
あ、少しすねたお顔でとんでもないことをおっしゃった、気がする。というか、王家が魔女の手に落ちたらいろいろな意味でまずいのではないでしょうか。国まるごと、魔女の餌場なんてことになりかねないもの。
それにしても、どうしてそんなことを……と思っていたらルナリア様、声を落として教えてくださった。
「先日、スリーク伯を収監したのですよ。その場に立ち会っていたのですが……その、恥ずかしながら今すぐ放免しろ、と言いかけました」
「まあ」
「確かに私は年上趣味ですが、本来ならばスリーク伯のような男はタイプではないはずなのです」
「いえあの、趣味までぶっちゃけなくても」
「これは失礼。口外はせぬように」
「はい、もちろんですが」
む、としたお顔のままでそこまで言ってのけるルナリア様、すごいと思いますわ。あと、年上がご趣味だったのですね。
……どのくらい上まで行けるのかしら。案外クロード様あたり、行けたりして。っと、これはあまりに下世話な話なので、言葉にはしないけれど。
「こほん。さて」
一度咳払いをされてから、ルナリア様はまた違うお話を始められた。
「私が来た理由ですが、要はスリーク伯爵家の内部調査です。もっともこれは、表向きの理由ですが」
「え」
「当主がいなくなり夫人と令嬢が残された、王家ともつながりのある伯爵家。周囲の領主から見れば、自らの懐に取り込むいい機会ですわ」
「はあ」
ああ。
要するに、事実上未亡人に近い状態になったミリア様と、そもそも未婚で適齢期なカルメア様を目当てにいそいそとあちこちの貴族の方がやってくる、ということよね。まあ、はしたない。
「なので、虫除けとして参ったのですよ。まさか、このルナリアを相手に寄ってくる虫もおらぬでしょうからね」
ご自身を虫除けとおっしゃるルナリア様も大概ですが、つまりそれってやってくるかもしれない貴族が虫ってことですよね? いえまあ、夜にろうそくの光にわらわら集まってくるような虫でしょうけれど。
そこまで考えたところで、ルナリア様がこちらを見つめていらっしゃるのに気がついた。とても自信有り気な、やはり男前という言葉がふさわしい笑顔で。
「それに、レイクーリア殿もアルセイム殿も、いつまでもスリークにいられるわけではないのでしょう?」
「はい。実は」
ともかく、ルナリア様がスリークのお屋敷を守ってくださるのならば、私やアルセイム様にはやることがある。主に私が、やりたいと思っていたことを。
それを告げるとルナリア様は、白い歯を見せてお笑いになった。
「あはは、さすがはエンドリュースの娘ね。グランデリアへの輿入れには、これ以上はない手土産だわ。頑張って」
ええ、もちろん頑張りますとも。