101話 だって悪くないんだもの
「それじゃ、後は頼んだぞ」
「お任せください、叔父上」
「行ってらっしゃいませ、公爵閣下」
ひとまず生命には問題ない程度にぶん殴っては癒やし、蹴っ飛ばしては癒やししたスリーク伯爵を馬車に詰め込んで、クロード様は2日ほど後にスリーク領をお発ちになった。
何でもあんまり周囲に知られたくないとのことで、馬車はスリークではなくグランデリアのものをお使いである。多分、ミリア様やカルメア様のことをお考えになって、なのでしょうね。
彼を見送る私の背後では、龍神様軍団がわきゃわきゃと楽しそうに会話をかわされている。……まあ、ひとところに集まるなんてめったにないでしょうしね。
「何じゃ。わしも混ぜてくれればよかったのに」
「だからスリーク領を沼にしてしまいますから、あなたは」
「ちぇー。若いもんはこれだから困る」
「外見で言うなら、クリカおじさまがが一番若く見えるんですけどねー」
「趣味じゃよ、趣味」
……ああもう、のほほんとした会話だこと。けれどこれは、人の世の理には関係ない龍神様同士だからこそ、なのでしょうね。
「叔母上」
「……私を笑うんでしょ」
「そんな、ことは」
ぶっちゃけていえば旦那様が悪事を働いていたのに気づかなかった奥方様、であるところのミリア様。彼女は、その悪事が判明して以来お部屋にこもっておられる。これでは、私たちがここに来る前と一緒じゃないの。
おまけに、アルセイム様との会話もこんな感じだし。私が口を挟むのはさすがに、少々はばかられるからね。直接の親類ではないし。
そんなことを考えていたら、一緒にぞろぞろやってきていた龍神様のうちクリカ様が、お言葉を挟んでこられた。
「スリークの夫人よ」
「は、はい」
クリカ様のことは既にミリア様にも、カルメア様にも紹介してあるからご存知なのだけれど。さすがに龍神様直々のお言葉ともなれば、背筋がぴんと伸びるのも致し方のないことね。
「この家はこれより、そなたが守っていかねばならぬ。少なくとも、娘御はな」
「え」
「スリークの家がどうなるかはともかく、娘御はそなたの子であろう。まだまだ若き子じゃ、守るのはそなたの責務であろ」
龍神様が親子について話されるのね、と一瞬だけ思ったけれど、ナジャはそういえば龍女王様のご令嬢だわと思い直す。そうね、龍神様も親子、ご先祖様とかいうものは存在するのよね。
そうしてクリカ様は、彼にとっては最大限の心遣いを言葉にしてくださった。
「人の王には、わしからも口添えをしておこう。当主1人の胸の内で決まったことであり、そなたや娘御に罪はない、とな」
「あ、ありがとうございます、龍神様……」
深々と頭を下げられたミリア様、やはりカルメア様のお母様なのね。私も、あんな母親になりたいわ。もちろん、父親はアルセイム様だけれど……いえいえ、そういう話をしている場合ではないわね、うん。
さて、こちらは何とかなりそうですけれど、もうお一方。
「レイクーリア様」
同じく、お部屋にこもってしまわれたカルメア様。さすがに殿方がお部屋をほいほい訪れるのはどうか、というので、訪ねたのは私とナジャだけね。
ベッドの上で膝を抱えて座り込んで、カルメア様はとてもしょげたお顔でこちらを向かれる。……あんまりそういうお顔は似合わないと思うのだけれど、こればっかりはね。
「わたし、これからどうなるんでしょう」
「クリカおじさまもお力添えくださってますし、どうもならないと思いますよ?」
「それでも、魔女の手となったのは事実ですし……」
ナジャの言葉にも、カルメア様はへこんだままね。ああ、あのくらいと私は思うのだけれど、そうしてその怒りは魔女に向かうのだけれど……カルメア様の場合、その魔女がお父様でしたからね。
「表に漏れなければいい、のではないでしょうか」
ただ、カルメア様の処遇に関して言うならばそうすればいい、と私は思う。
だからこそ、クロード様はグランデリアの馬車で王都に向かわれたのだろう。スリーク伯爵領で暴れようとした魔女が誰なのか、悟られることのないように。そこに乗っているのが誰か、わからないように。
第一カルメア様、大して何もしてらっしゃいませんもの。アルセイム様を押し倒されたくらいで。そこは私、先を越されたと思いましたけれどまあ、彼女の罪はそれくらいですわ。
「スリーク伯爵家がどういう扱いになるかは分かりませんが、カルメア様については何も悪いことはしていない、と私は証言いたしますから」
「え、でも」
「だって、しておりませんもの。ね」
私が精一杯の笑顔を見せてみると、カルメア様も少しだけ微笑まれた。ああ、可愛らしいお方ですわ。良い旦那様をお迎えできるよう、僭越ながら助力させていただきますわね。これ以上何かに騙されたりしたら、洒落になりませんもの。