100話 色々事情がありすぎて
「公爵閣下!」
「叔父上? 酷くお早いと……」
「魔女だの魔龍だのが絡んでると聞いて、うちの龍神様がご助力くださってな。空を飛ぶなんざ初めての経験だったぜ」
ぽかんとしている私とアルセイム様に、クロード様は白い歯を見せてお笑いになりながら説明を下さった。ああ。それでアナンダ様が一緒におられるのね。
そのアナンダ様は、肩をすくめられた後よく通る澄んだ声で、とても怖いことをおっしゃった。
「まったくもう。クリカ御大が本気出したらどうするんですか、スリーク領一面沼地になりますよ」
「え」
「そりゃまあ、わたしでもそこまで行きませんけど湖くらい作れますしねえ」
ああ、今の「え」はスリーク伯爵の声よ。その後のナジャの台詞に、びくんと身体を震わせたのも。
もしかして、龍神様のお力を侮っていたということかしら。魔龍に会ったんでしょうし、少し考えれば分かることだと思うのだけれど。
「で、レイクーリア」
スリーク伯爵の殺る気が失せてしまったところで、クロード様が声を上げられた。呼ばれた私が「はい」と答えると、公爵閣下は少し困ったようなお顔で尋ねてこられる。
「できれば生け捕りにした上で王都まで連行したいんだが、どうする?」
「生け捕り、ですか?」
「ああ」
え、とどめを刺せないのですか。確かに、いくら何でも王家につながる血筋である伯爵家の当主を、いくら魔女だからと言って一方的にボコボコにして跡形もなくしてしまっては問題でしょうけれど。
「まあ、アルセイム傷つけたっつーんで許せないのは分かるんだが。カルメアには父親だし、姉上にとっても一応旦那だしよ……」
あら、違いましたか。でも、そうですわね。ミリア様の旦那様で、カルメア様のお父上ですし……どうしてこの2人から、カルメア様がお生まれになったのでしょうか。そこだけは、よく分かりませんわ。
「それと、ひと思いにぷちっとやっちまって、それでスッキリするか? 背景も何も、分かってねえんだし」
「確かに、そうですわね」
クロード様のおっしゃることも、一理ある。山の民まで使って魔龍の力を吸おうなんて、最終的には何を考えていたのかなんてとても怖くて考えたくないし。
そうね。ひと思いに楽にして差し上げるのも、シャクですわね。
「分かりました。では、10分の9殺しで」
「おう、10分の1も残してくれるのか。それは慈悲深いな」
「ひぇ?」
私の妥協案に、クロード様はにっこり笑って頷いてくださった。
スリーク伯爵がまたビクリと震えた気がするけれど、私の温情に喜びで震えたのよね。きっとそうだわ。だって、全殺しじゃないんですもの。
「では、遠慮なく」
思い切り振り下ろしたメイスが、慌てて逃げ出したスリーク伯爵のお尻の痕に命中する。あらいやだ、どうして逃げるのかしら。
「ししし死ぬだろおお!」
「10分の9殺しですから、完全に死ぬわけではありませんわ」
「ああ、10分の9を超えたら俺が癒やすから、そこは安心して頂きたいですね」
「なんだってええええええええ」
だから、殺さないと言っているではないですか。それに、恐れ多くもアルセイム様が癒やしの術を使ってくださるのですよ? おとなしく罰を受けてほしいものですわ、曲がりなりにも伯爵家の当主なれば。
ついでにナジャも、この口論に参戦してきたわ。
「10分の9越えないように、弱めの結界でも張っときますかあ?」
「やめてやめてなぶり殺しやめてえええええ」
「その程度でなぶり殺し、なんて言うなよな。王都の尋問はもっとすごいという噂だぜ?」
クロード様が、にいと意地悪な笑みを浮かべられた。私は王都のことはほとんど知らないけれど、あちらの方はお話を伺う時どんなやり方で尋ねられるのかしら。10分の9殺しよりもすごいなんて、一度見学してみたいものね。
見学してみたいといえば、知りたいことがあったわ。聞いてみましょう。
「あ、そうですわ」
「な、なんだ?」
「魔龍の居場所をおっしゃってくだされば、少しは手加減して差し上げますわよ?」
どごん。通路の石を砕いてしまいましたけれど、あとで同じものを岩から切り出して参りますから許してくださいませね。
それにしても、この程度でスリーク伯爵は口を割ってくださるかしら。
「い、言う! 言う! 山の民の聖地の奥っ、聖なる岩の下だあ!」
「ありがとうございます。では」
ああ、簡単だったわ。一度ぼきっと折れてしまうと、後は楽ですわね。
まあ、手加減して差し上げると言った以上、そうして差し上げないといけませんから。
「そうですね……10分の8.5殺しくらいにして差し上げます」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」
「守れ守れー、てきとーに」
「ナジャ、すごく大雑把だな……癒せ癒せ、愚か者の傷を」
「大丈夫ですよ、アルセイム様。何しろ、死ななきゃいいんですから」
というわけで、私が気が済むまでお仕置きは続いたのよね。具体的に言うと、私がお腹が空いたので晩御飯にしましょう、と言うまで。