少年、変人を侮るべからず
【決勝戦=少年、変人を侮るべからず=】
テュイリール=リアス
「それが婚約者の名前だ、ルシャ。
あと、彼女とは婚礼まで正式な場でしか会えないからな。
くれぐれも逢引とかするなよ☆」
逢引きってなんだろう?
まぁ、父上が笑いながら言うことだからろくなことじゃないんだろうな。
それはさておき、リアス家の娘か。
あそこの家系は、うちが王族に仕えているのと違って地域密着型、つまり民衆のために魔法を行使してるんだったな。
だから、民からの信頼は厚いし、人望もある。逆に王族からは、格下の魔法貴族だとか言われていたりするが、魔法の能力と知識などは俺たちとなんら変わりはない。
リアス家はその中でも社交的であり、積極性もある娘が多いと聞くから、無愛想で人を寄せ付けない俺にはピッタリだと思う。
でも、向こうしたらいい迷惑だろう、俺なんかと結婚なんて可愛そうに。
結婚か・・・結婚・・・無理。
女子とろくに喋ったこともないのに。
「同じ屋根の下で女の子と仲良くしろって、無理だって。ムリムリ。
・・・やっぱムリムリ。ありえないし、やだ」
「ルシャ、何をぶつくさ言ってる?さっさと出ろ。名前を呼ばれたぞ」
また父上に呼ばれるまで今の状況を忘れていた。
とうとうやってきたのだ、決勝戦。今は、脇で待機中。
コロシアムの観覧席は、優勝者を見たいがために大勢の観客が押し寄せていて、歓声がものすごい。
ジュニアは、観客側の時はもっとしょぼいイメージだったけど、いざ自分がこの場に立つと気分が高揚してくる。
さっき審判から名前を呼ばれたようだから、腰に下げた愛剣をぎゅっと握ってから俺は場内に足を踏み入れた。
『おぉおおぉぉ!!』
「!?」
入場した途端、予想外に会場中からおたけびのような歓声が上がった。
まさか自分がここまで注目されるとは思ってもいなかったわけで。
観客の視線と歓声で、全身がビリビリする。緊張はしないが、気が散る。
そんな中、相手も入場してきた。
昨年のジュニアチャンピオンを打ち負かした16才の黒髪の貴族。俺より4才も年上だから、体付きがしっかりしていて背も高い。でも、纏っているオーラがなんだか暗いし、短髪のくせに前髪が長くて瞳が見えない。
前、見えてるか?
勝手に変な心配をしていたら、相手がいきなり両手を広げ、微笑んできた(口だけ)。
「やぁ。君の試合は何度か見させてもらったよ。
戦闘中のあの身のこなし、ノアルド家の名に恥じないすばらしいものだった。まだ12才なのに、恐ろしい家系だねぇ。
そして、じつーに残念だった」
身振り手振りが激しくて、まるで演技をしているみたいな喋り方をする。
しかし、言っていることがわからない上に、背中に悪寒が走った。何が残念だったんだ?
「本当に本当に・・・
君から血が流れる様が見れなくてものっすごく残念だったよ!!
痛みに悶える様がみてみたいねぇ!!」
キモイ。帰りたい。
いや、とりあえず冷静になるんだ俺。
こいつはやばい。将来、殺人鬼になるんじゃないか?普通、満面の笑み(口だけ)でそんなこと言わないだろ?
できれば違う相手がいいと思っていたのもつかの間、俺と同じく引きつった顔の審判が、裏返った声で開始を告げてしまった。
「は、はじめっ!」
もう少し心を整理する時間が欲しかったところだが、合図と共に向こうが一気に間合いをつめてきた為、俺達はほぼ同時に抜剣した。
遅れをとったつもりはないが、予想以上の無駄のない動きに俺は一瞬怯んでしまった。
速っ!
「はははっ!きれいな血だぁぁ!!」
俺は右肩を浅く斬られて、赤い鮮血がとび、観客席からも驚きの声があがる。
先手をとられた。というか、初めて斬られた。
第二撃に備えて後ろに飛びのき、態勢をたて直したところで相手をにらみつけようとした・・・
が、すぐさま口をぽかんとあけてしまうことになった。
だって、光景が異常だったから。
剣についた俺の血をなめてたから!!
なめるなー!!
「さぁ、行くよ!」
くるなー!笑って走ってくるなー!!(口だけ)
反射的に全力疾走して逃げだしそうになったが、そんなことは死んでもできない。
せめて、さっさと終わらせよう!気持ち悪くて手が震えるが、その場で踏み止まって迎え撃つ。
しかし、変人のくせに動きが俺よりいいなんて納得いかないな。避けたら背中から斬ってやる。
剣の動きだけ見てればかわせる。大丈夫。
「・・・」
よし、間合いに入った!
体勢を低くして回り込んで、体を反転させる。
ここだっ!
「そう簡単に斬られねーよ」
!!笑顔(口だけ)がやっぱり気色悪い!
じゃなくて、かわされる!?
直後再び鮮血がとんだ。太ももを斬られたんだ、この野郎!
誰が素直に倒れてやるか!
「はぁっ!!」
相手は俺が倒れこむと思って油断していたらしい、背中ががら空きでザックリ斬ってやった。
さっきより壮大に血がとぶ。
俺は、身体が反転した状態で足まで斬られたから満足に着地ができず、ごろごろと後ろに転がって壁に当たって止まった。その振動でかなり切り傷が痛んだが、すぐに上半身だけ起こして相手の状況を確認した。
俺より大怪我を負っているなら、相手は片膝くらいついているはず。
しかし、俺は見上げた途端に目を疑った。
上には上がいるというみたいだけど、本当らしい。
「うそだろ・・・」
「はははっ!傷をつけられたのは初めてだぁ!!」
深手を負って、立ち上がれないはずの相手が剣を振り上げ、眼前に迫っていた。




