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還る場所―Silver Sorcere外伝―  作者: 土方あしこし
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我、其の者達を守る時

此処はどこだ。


俺は確か、悪魔の城門前で闇魔法を使っていたはずだが、ぼんやりとする視界に写るのは白い壁だ。黒い門では決してない。

妙に明るいし、手を動かせば地面の手触りが、明らかに土ではないごわごわした感触がする。

綿?いや、絨毯か?

悪魔はどうしたのだろう。まさか、気を失っているうちに囚われたとか、そんな間抜けな事態になってはいないよな?


「・・・シャさん!目・・・めた・・・よ・・・た!」


「?」


近くで誰かの声が途切れて聞こえてくる。

内容はわからないが、声音でその声の主はだいたい判断がつく。


「ニー・・・か・・・?」


『ニールか?』と聞いたつもりだったのだが、呼吸がしづらくて上手く喋れなかった。

だが悟ってくれたらしく、ぼやけた視界に入って来た赤い目の銀髪がこくこくと頷いてみせる。

そうか、無事だったか。


「みん、な・・・は・・・ごほっごほっ!・・・ど・・・た」


他の三人の安否を聞きたいのだが、やはり上手く伝える事が出来ない。

ニールも何かを言っているようだが、はっきりと聞こえない。

俺の体は、もうダメなのか。


「ルワン・・・はっ」


もう一度言ってみた。

そうすると、ニールはまたも何か言葉を発している。


「あ・・・つは、怪我・・・て・・・」


怪我?それは大けがか?それとも、心配いらない程度のものか?

はっきりと聞こえないということを伝える為に、重い手を挙げ、耳を指差して首を振ってみた。

すると、俺の手をとって、手の平に震えた指で文字を書いていく。

現状を事細かく教えてくれた時、その震えの正体を知り、俺は強くその手を握り返した。


まず、俺達の最終目的である当主を倒し、魔本を手に入れる事に成功した。マーリィンは使命をやり遂げたのだ。

これは喜ばしいことだ。

だが、魔本にかけられた呪いのせいで、マーリィンが失明したらしい。

今は、突然の失明で混乱しているマーリィンを、ほぼ無傷であるエマが見ているという。

そしてルワンは、意識はあるが肩から腹まで深く斬られているらしく、早急に手術をしなければ命に関わる大怪我を負っている。

ニール本人はそれほどの怪我をしていないらしいのだが、目の前でルワンが斬られたところを目撃し精神的に弱っていた。

そんなニールを元気づけてやりたいのに、俺なんて、追い打ちをかけるように死にかけだ。


「・・・だ、じょぶ・・・だ。

ルワ・・・は、簡単に・・・しなな・・・い」


気休めの言葉しかかけらないなんて、不甲斐ない。

しかも、この言葉のせいでニールが泣きながら、また手の平に文字を書いてきた。

ルワンが傷ついたのは『自分のせい』だと。

何があったのかはわからないが、ニールが心に一生残る深い傷を負ったように感じた。


「じ・・・ぶん、を・・・責め・・・るな」


たとえ本当にニールが原因でルワンが大怪我を負ったとしても、ルワン本人は絶対にニールを責める事はしないはずだ。

それを伝えたいのだが、もどかしいな。

俺が歯がゆさを感じていると、ニールがまた手の平に文字を書いて、今いる場所を教えてきた。

ここでやっと俺は、自分が居てはいけない場所なのだと悟った。


「どうし、て・・・」


どうしてここに来たのか。

魔本を手に入れてからエマの判断で、ルワンとマーリィン、俺の治療をする為に悪魔の城から一番近いウェストルダムに移動したらしいのだが、今居るのがウェストルダム城だという。

確かに王室付きの医者なら、町医者より遥かに腕がいい。

しかし、だ。


俺が悪魔化したということをアークァルに知られたら、護衛官である父上に伝わり、世界に伝わり、テュイルに知られてしまう。

そして、一番心配しなければならないのは、悪魔化した俺と一緒にいることで、マーリィン達全員が共に罰せられるかもしれないということだ。

たとえ魔本を手に入れてきたとしてもアークァルならやりかねない。

そうしたら、俺はどう償えばいいんだっ。


「ニー・・・ル。お、れは・・・もういい・・・。

王が、げほげほっ・・・来るっ前に・・・外、に捨てろっ」


どうせ助からないんだ。だったら迷惑をかける前に外に捨て置いてほしい。

一人で死ぬより、お前達と一緒に死ぬ方が辛いのだから。

だが、もう遅かったようだ。

俺がニールに伝えたと同時にアークァルが部屋に現れ、俺の前に立ちはだかるのが見えた。


「無様だな、ルシャ=ノアルド。

悪魔の力に溺れたあげく、死にかけか」


だいたいは聞き取れた。なんか、想像通りの言葉だったな。

俺は反論するつもりはないが、ニールが反論しそうになったから腕を掴んで引きとめておく。

不満そうなニールにアークァルが視線を送ったようだが、すぐに踵を返して医者に指示を出し始めた。


「医療団。

ルシャ=ノアルドは、治癒するな。力を手に入れるために悪魔化した大罪人として扱う」


「ルシャさんが大罪人!?

お前何言ってんだよ!!」


まずい。ニールを引きとめようとしたのに今度は何か叫んでアークァルに詰め寄ってしまった。

しかも、エマまで出てきて何か口論しているし、それに・・・俺の一番聞き慣れている声まで聞こえた。

出来れば空耳であってほしかったが、現実らしい。

父上が、来ている。

護衛官なのだから、アークァルについて来るに決まっているか。


「アークァル王、お待ちください!

理由も聞かず処分をお決めになるのは、軽率なご判断です!

まずは治療し、それから事情を・・・」


「破門した子を今更庇うのか?

どんな理由があろうと、悪魔化は重罪だ。

治癒をして暴れだしたらどう責任をとるのだ、ノアルド?」


「ルシャさんはそんなことしない!!」


「汚れた混血の餓鬼が。

悪魔を庇うのなら、お前達も反逆者とみなすぞ?」


馬鹿な。

反逆者扱いされるのは俺だけでいいはず。

誰も死なせはしない。死なせてはならない。


剣を握れ。

呼吸を整えろ。

俺はここにいる者達を守る為にこの道を選んだのだろうっ。

受け入れた力に負けるなんて、自分が許せない!


だが、ちょうど立ち上がろうとした時、俺の心を読んでいたのかのように力強く腕を握られ、立ち上がる事が出来なくなった。

不思議なことに、腕は掴まれてもぼやける視界に誰も写らない。

隣に誰かいるのか・・・と、ゆっくり視線を腕の方に向けると、血だらけの手が俺の腕を掴んでいた。

そして、肩で大きく息をし、胸と腹から血を流し、気絶しそうになる程の痛みに耐えているのが目に見えてわかるというのに、こいつは鋭い視線で俺を叱咤してきた。


「ル、ワン・・・」


「っ・・・」


苦痛の表情で口を動かすが、ひゅーひゅーと呼吸音しか発する事が出来ていない。

だが、お前の言いたいことはちゃんと伝わってくる。お前が、俺のやろうとしていることに気がついたように。

一人で背負うなと言いたいのだろう?今動いたら、許さないと。

だが、俺はお前のこんな傷ついた姿を見て、涙が止まらない。

お前が俺の為に涙を流してくれるように。


「絶対死、ぬな」


俺がいる限り、共に処刑される道を選ぶのだったら・・・







俺は、その道を選びはしない。









「ぎゃぁぁぁぁ!!」


兵士の断末魔が目の前で聞こえる。

もう後戻りは出来ない。

大丈夫だ。立てる。剣も振れた。

迷いはしない。


「何してるのよ、ルシャ!!」


「ルシャさん!?」


「エマ、何が起きてるの?ルシャくんがどうしたの!」


人殺しになって、お前達が俺の事を恨んでも、呆れても、無事であるならば・・・


「やはり、悪魔に寝返った!!

ルシャ=ノアルドが人間を裏切ったぞ!!」


振り返ることなく、最後まで戦い抜ける。


「ルシャ、お前っ」


父上、こんな形で最後にはしたくなかった。



俺は旅に出て守りたかったものは、こいつらだ。

国ではなく、見ず知らずの民ではなく、仲間を守るために同行した。

守るべきは、自らの意思で国を救おうとしたこいつらだ。

オルファン王のように民のことを第一に考え、自らが先陣をきって国を平和に導く力をもっている。

俺は其の者達を守る剣でありたい。

俺には、そんなことしか出来ないから。


この罪は、俺一人が背負えばいい。


「・・・来い。まとめて、相手にな・・・ってやる」


「ルシャ、やめて!!

冗談でしょ?ねぇ!今すぐやめなさい!!」


剣を構えたら、エマが自身の危険を顧みず両手を広げて間合いに入って来た。

だがすぐに兵士が、俺という『悪魔』から離れるよう指示を出す。


「近づいてはいけません!

もう悪魔に意識を乗っ取られたのでしょう。殺されます!!」


「そんなはずないわ!!今さっきまで、いつも通りだったじゃない!!」


そんなに泣きながら俺を庇うんじゃない。ご自慢の美人顔が台無しだぞ。

それに、こんなことをしたって、俺の為にもお前の為にもなりはしない。


「ルシャ=ノアルドを弱らせてから、捕えろ。指輪に幽閉する」


「はっ!」


予想通りのアークァルの指示が飛んで、兵が大勢集まって来たことにほっとした。

『指輪』は何の事かわからないが、俺一人が罪人として捕まるのならそれで構わない。

エマ達の疑いが完全に晴れるまで俺は、人を斬る。もうすでに一人斬ってしまったし、立派な人殺しか・・・。

だが、エマは引き下がらなかった。


「あなた、私たちを裏切り者にしたくないのね。

だからそんなことするのでしょ?

一人で背負わなくていいのよ。仲間でしょう?」


これは悪魔化してから決まっていた俺が背負うべきものだ。

頼むから、下がってくれ。


「お前など・・・知らない」


「!!」


どかないなら、諦めさせてやるのも俺の仕事なのだろう。

俺は剣を振り上げるとエマの右腕を浅く斬りつけて、よろめいたところで首を捕まえて持ち上げる。


「っあ!」


刀の切っ先をそのまま心臓の位置まで移動させると、兵たちが一斉に俺に斬りかかって来た。

エマを離して兵士に向き直ると、ニールが咄嗟に走ってきてエマを抱えた。


「嘘だっ。ルシャさんが、エマさんを傷つけるなんて」


二人が兵士に保護されて遠ざかっていく。

ルワンとマーリィンも移動されて、兵士達の合間から光が見えることから、治癒が開始された事が確認出来た。


それでいい。俺に関わるな。

俺は・・・平気だ。


それから俺は、群がる兵士達を一人残らず殴って倒していった。もう刀で殺すことはない。

悪魔の力で殴っているから、命の保証があるかと言われれば不安ではあるが、斬りつけるより生き残る率が高い。


「死にぞこないのくせに、しぶとい奴め。

命さえ繋いでいれば、どんな状態でも構わん。これ以上の損害を出すな」


どうやら、一瞬でも生きていれば『指輪』に入れる事が出来るらしい。アークァルの指示で、本格的に俺の最後がやってきた。

悪魔の能力で、どんなに傷ついても再生するが、今ではその力も弱まり、救いの道はどこにもない。

『指輪に幽閉する』という意味はよくわからないが、それが俺の罪滅ぼしということになるのだろうな。


「・・・」


もう、視界が靄のかかっているようにハッキリとしない。気配を感じて反応しているような状態だ。

だから俺は、気が付いた。

本来死角である背後から攻撃が来ることも、それが誰によるものであるかも。


「っ・・・」


刀が、背から正確に俺の腹を貫いた。

強い殺気からして、今までに見た事もない怒りの表情をしているのだろうな。恨んでいるのだから、当然か・・・。

傷が癒えない。血が止まらない。

刀が体から抜かれて床に倒れた俺にアークァルは近寄ると、止めを刺した人物に賞賛の声をかけた。


「ノアルド、よくやった」


「・・・はっ」


父上がアークァルの言葉に応えているようだ。ぼんやりとだが、刀についた血を拭っているのが見える。

止めを親に刺させるなんて、最も親不孝な息子だな、俺は。

でも、これで父上の立場も危うくなくなっただろう。俺を庇いなんてしたら、父上まで罪人扱いされてしまう。

それは避けられた・・・でも・・・悲しいと思ってしまう事は止められないな。

父上と母上、レーシェ、リシュの中で、俺はノアルド家を裏切った罪人として生きていく事が決まってしまったのだから。


「魔法陣は書き終えたな?

指輪を持ってこい。すぐにルシャ=ノアルドを指輪に幽閉する。

ノアルドは、先にこやつを魔法陣の上に移動させておけ」


アークァルの指示が飛ぶと、兵士たちが脇によけ、父上が俺の体をおぶって魔法陣があるらしい方向へ進んでいく。


移動中も父上の殺気は止まることはなかった。相当に恨みが強いのか、俺をおぶっているのも嫌悪感を抱くに違いない。

小さい頃はよくおぶってもらったのに、最後に悪い思い出になってしまった。


「待って!ルシャさん、行かないで!!

っ、行くなよ!!こんなのおかしいよ!

なんで父親のあんたが止め刺したりするんだよ!なんで連れてくんだよ!!」


移動途中でニールが遠くから大声をあげているのが聞こえた。どうしたのだろう・・・兵士に何か乱暴されたりしたのだろうか。

そうなら助けてやりたいが、俺はもう動けそうもない。

背負っている父上が一瞬立ち止まったが、何かニールと関係あるのだろうか。


それから少し移動したところで冷たい床に降ろされた。

だが、思いのほか優しく降ろされたものだから内心驚いてしまった。投げ捨てられるかと思っていたのだがな。


『ルシャ』


「・・・」


仰向けに寝かされると、魔法によって父上の言葉が脳に直接入り込んできた。

気配は真上からする。ということは、人前では言えないことを伝えたいのだろう。

アークァルもすでに近くにいるのかもしれない。

なんだろうな。『失望した』?『がっかりだ』?そんな言葉しか浮かばない。



『お前は間違ったことなどしていない』


聞き間違いだろうか・・・。


『お前は、私の自慢の息子だ。今までも、これからもずっと。

ただ、苦しみながら戦っているお前を見ていられなかった。

この結果しか選べなかった不甲斐ない俺を許してくれっ』


「・・・」


頬に熱い何かが伝う。

目の前がぼやけているのだから、たぶん俺は、泣いているのだろうな。

こんな形で父上に知られてしまったのが悔しいのか、父上の言葉がただ胸に響き、間違っていなかったということに救われ、嬉しい感情が流れ出しているのか。


「ノアルド、どけ」


俺に関わった全ての人が、この行動で、これから先、俺を恨んだり、俺の死を悲しんだとしても・・・


「罪人『ルシャ=ノアルド』

『アークァル=ホーマンス』の名の下、悪魔化した罪により、『生きた証の消去』『指輪による幽閉』以上二つの刑を執行する。

執行期間は、五百年」


何年何十年と時間をかけて、人生の中で一瞬でも今の俺と同じ気持ちになってくれたらこんなに救われることはない。








「さらばだ、ルシャ=ノアルド」








『幸せ』だと。









END

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