我、愛することを知った時
悪魔化とは、人間の体から悪魔の体へと作りを変えるということであり、痛みを伴う。
わかってはいたのだが、その痛みは想像を超えていて、俺は悪魔化すると同時に気を失っていた。
数分前までは。
「・・・ルワン、エマ・・・頼む、早くしてくれ」
痛みで失神した俺は、新たな痛みで目を覚まし、今は木の幹に寄りかかって座っていた。
体の変化で起こる痛みは消えたが、どうやら俺は『悪魔化不適合』らしく、心臓が悪魔の能力についていけず軋むように痛む。
というか、全身筋肉痛というか、重いしダルイ。自分の体ではないようだ。
しかし、見かけは完璧に悪魔化しているし、視力・聴力・嗅覚・・・なんかもういろいろ発達している。
聴力なんて特にいろいろな音が入ってくるため、うるさくてかなわない。
「・・・ニール。
ブツブツ文句言っていること、全部聞こえているぞ」
聞こえているどころか、グワングワン反響しているから2、3度繰り返し聞こえる。
「だってさ!ルシャさん辛そうなのに、わざわざあんなちんちくりん女に会いに行くのおかしいって!」
「ちんちくりんでもいいから・・・大声上げないでくれ」
あ、ちんちくりんはよくないか。
「ルシャ、出来たよ。飲んで」
「あぁ。
おい、やめろ。一人で飲める」
体が重たい俺に気をつかってだと思うが、ルワンが湯気の立ったカップを口に寄せてきたから、それを拒絶する。
だが、いざカップの中身を見ると飲む気を失くす。
緑だぞ。緑。
「・・・」
「ほら、飲ませてあげるって」
「心の準備中だ。黙ってろ」
この緑の液体・・・いや、煎じ茶は、悪魔化したら必ず飲まなければならないものだった。
悪魔化のことを調べていた際、以前悪魔化を経験した者の日記が本に挟まっていたことがあり、そこにはこう記されていた。
『悪魔化した直後は、心臓が食べたくなる。
以下に記した葉を調合した煎じ茶と、食料を大量に摂取しなければその衝動は抑えられない』
心臓なんて食べたくもないが、その衝動とやらは嫌でもわかる。
わかりやすく言うと、ルワン達が巨大骨付き肉に見えるような感じだ。
うん、我ながらわかりやすい例え方だったな。
生きるための悪魔の本能なのだと考えると、悪魔も生態系の一つであり、人間を襲うのも自然の摂理なのだなと妙に納得した。
だからといって、魔本を使っての所業は許さないがな。
「飲んだら、このピアスをつけなさい」
「わかった」
俺は覚悟を決めて一気に緑の液体を飲み干すと、エマに預けてあった俺の金のピアスを受け取った。
これには、エマに呪術を彫ってもらい、身につけると人間の姿に見えるようにしてもらった。
早速つけると、上手く発動して人間の姿に戻る。
見かけが変わっただけで、体の不調は何もかわらないからこの後の事が少し不安だ。
「はい、洋服とご飯」
「洋服?・・・あぁ、羽で後ろが破れていたんだったな」
悪魔化した拍子に、羽がシャツを突き抜けていたのを忘れていた。
悪魔って不便だな・・・。
俺は着替えると、大量の食料を胃に流し込んで悪魔の本能を落ち着かせた。
これなら出かけても大丈夫だろう。
「1時間もしないうちに帰ってくる。
準備をして待っていてくれ」
ローブを羽織って全員にそう言うと、エマがなぜか近寄ってきた。
「なんだ」
「・・・行かないほうがいいんじゃないかしら。体調悪いのでしょう」
ここまで準備して何を言い出すかと思いきや。
俺はこれからテュイルに会いにイースティックの首都ルディーンへ行くのだが、ニールといい反対意見が多いな。
「どうしても渡しておかなければならないものがある。
体調は心配するな。少し喋るくらい問題ない」
「そういうことじゃなくて・・・私が言いたいのは・・・」
「なんだ。はっきりしろ」
「と、とにかく、不適合は数時間で倒れてしまうと言うわ!
悪魔の城に行く前にそうなったら手遅れなのだから、は、早めに帰ってきなさい!以上よ!」
ムキになって言う必要はないと思うのだが、確かに長時間向こうにいるのは危険だ。
俺は一度うなずくと、魔法陣でルディーンへ移動した。
エマが本当に伝えたかったことも知らず。
「エマさん、あれでよかったんですか?」
「いいのよ」
「エマ、『行かないで』って一言伝えればよかったんだよ」
「言ったって気がつくわけがないでしょう・・・。
私が惨めになるじゃない」
「何の話してんだ?」
「ニールにはちょっと早いお話かな~」
「な!!子供扱いすんな!」
****************
イースティックは一年中雪が降っている国だが、今日は大雪になることもなくはらはらと粉雪が降っている状態だ。
真夏の国で過ごしている俺にしたら、かなりの寒さのはずなんだが、以前訪れた時より寒さを感じることがない。
「これも悪魔化の影響か」
いい影響もあるものだな。
俺は一度だけテュイルの家に訪れた時に通った道の記憶を頼りに進んでいく。
確か、赤レンガの家なんだが・・・
「あれか」
テュイルとはかれこれ三年ほど会っておらず、文通状態だった。
この一年は、手紙すらも送っていない。
そして今、俺は夜中にテラスに不法侵入している。
「疲れた・・・」
じゃなくて、非常識極まりない。
だが、人に顔を見られるといろいろ面倒なんだ。それぞれ事情を話している時間は俺に残されていない。
それにしても、二階によじ登っただけで疲れるとは悪魔化してもさほど力になれそうにないな。
「しまった」
少し気を抜いたら、テラスの手摺りをひんまげてしまった。力はいいから体力をくれないか・・・。
テュイルの部屋のテラスについて、カーテンで遮られた窓ガラスに手をつけた。
まさか部屋の中にまで入るわけもいかず、魔法陣を展開させて部屋の中に声だけを送る。
『テュイル・・・テュイル、起きろ』
「・・・??」
よし、起きた気配がした。
まず、叫ばれないようにしないと・・・。
『俺だ。ルシャだ。
今、お前の部屋のテラスにいる』
「ルシャ様!?」
『・・・大きい声を出すな』
テラスにまで聞こえてきたぞ。
誰かが駆けつけて来たらどうするんだ。
まぁ、こんな来かたをした俺がいけないのだが。
『テラスに出て来られるか?』
『はいっ、ちょっと待ってください』
魔法で返事を返してきた。対応が早い子だな。
しばらくすると、カーテンと窓ガラスがそろそろと申し訳なさそうに開いた。
「夜中にすまな・・・!」
謝罪の言葉を言おうとしたら、テュイルの顔より先に剣が俺の体を貫くように勢いよく突き出された。
咄嗟にかわしたものの、今の俺は体が重いから少しばかり腕をかすった。
「俺は刺される程のことをしたか・・・?」
理由はわからないが、すごくショックなんだが。
しかし、心配することはなかったらしい。
「本物のルシャ様なのですね!」
剣が部屋の中に消えたかと思うと、カーテンが勢いよく開かれて女が笑顔で飛び出してきた。
「ルシャ様、失礼をしました。
用心にと思って、それでっ」
「誰だ」
「えぇ!?
テュイリールです・・・が?」
「テュイルはもっと幼かったはずだ。
剣だって使えなかった」
「17歳にもなれば、私だって成長します!」
そうか、そうだな。
俺の記憶より成長していて、テュイルの姉辺りの人物かと思ってしまった。
髪型もお団子一つじゃなく、髪を少し降ろしているし。
「あの、今日はどうなさったのですか?」
俺がじっと見ていると、テュイルは心配そうな顔をして問いかけてきた。
すこし顔が赤いのは、気のせいだろうか。
「渡す物があって来た」
「渡す物?
あ、あの、寒いですのでお部屋に入ってください。
すみません、気が利かなくて」
物と聞いて、どうやらプレゼントだと思って嬉しそうな表情を垣間見せたのだが、俺の真剣な表情を見て何かを悟ったらしい。
こわばった表情を作ると、案内するように自ら部屋へ踵を返す。
だが、俺は長居などしていられない。
「ここでいい」
ぱっとテュイルの手を掴んで止めさせると、怯えたように肩をびくつかせてそろそろと首をこちらに向けてきた。
「でも、あの、お茶くらいご一緒に・・・」
顔は向けても、視線を合わせようとはしない。
「時間がない。すぐ済む」
俺は掴んだ手をそのままに、もう片方の手でポケットから渡さなければならない物を出し、それをテュイルの手に握らせた。
「意味は、わかるな?」
テュイルの手の中に収まったのは、青い宝石の片割れ。
つまり、結婚時に夫から妻に贈る宝石であり、二つに割った物だということは、婚約破棄を意味する。
見なくても手触りでわかるはずだ。
いや、わかってもらわなくては困る。俺は・・・言葉にする勇気がないのだから。
「テュイル」
「わ、わかりませんっ」
返事がない状態だから名を呼んだのだが、突然テュイルは叫んで俺の手を払って宝石も地面に落した。
このうろたえた様は意味を理解していると、とっていいのだろう。
地面に落ちた宝石に視線を下ろすと、二重にぶれて見えた。それは、俺が執着しているように見える。
離れたくはないと。
『俺は、愚かだな』
自分から突き放すのに離れたくないなんて、愚かすぎる。
宝石を拾い上げようと静かに腰を下ろし、手を伸ばした時だっただろうか、上からぽたぽたと雫が落ちてきた。
「・・・テュイル、泣くな」
泣いているのはわかっているが、俺はテラスの地面に出来る染みを見ながらこの一言しかかけてやれない。
顔を上げて慰めることは、もっと傷つける。俺は、どんな言葉をかけたとしても、テュイルのところに戻ってくることはないのだから。
「私っ、もっと、ルシャ様の為に頑張ります!なんでもしますっ。
ですから、さよならなんて急にっ・・・」
「恨んでもらってかまわない」
テュイルがそれで前に進めるなら、俺は恨まれても構わない。
本心からそう思っているのに、胸が痛むのは悪魔化が不適合なせいだろうか。
「そのように言われても、理由が、わかりませんっ。
だって、帰って来たら式を挙げると言って下さったのに!
私、悪いところがあるなら直しますっ」
「俺は・・・っ」
なんだ、胸がさっきとは別に焼けるように痛みだした。
「げほっげほっ!!」
「ルシャ様・・・?
大丈夫ですか?風邪をひいていらっしゃるのですか?」
「・・・」
・・・嘘だろ。
「ルシャ様?」
「いや、平気だ。
とにかく、わかったな。
この宝石をリアス家当主に見せる事で、婚約解消の証明になり、俺とテュイルは無関係になる。
早めに見せるといい」
俺は立ちあがって拾った宝石を握らせると、さっさと踵を返して手摺りに手をかけてテラスから飛び降りようとした。
「ルシャ様、待ってください!!」
タックルしてくるとは、油断した。
しかも、手摺りについた手を見て、俺は後悔した。
テュイルには知られてはならないんだ。
血を吐いたなんて知られたら、余計な心配をかけてしまう。手摺りに血がついたら意味ないだろう。
「ルシャ様、血が!!」
しかもすぐに見られたし、最悪だ。
「別に問題ない。手を怪我しただけだ」
どんどん不適合化が進んでいる。血を吐いたのは、おそらく肺のあたりも影響を受け始めたからだろう。
これは、早くマーリィン達のところへ戻らなければ、悪魔化した意味がなくなる。
「怪我なんて、嘘です!
手に傷などありませんでした。
ご病気、なのですか?
ですから、婚約破棄などとおっしゃるのですか?
私、ちゃんと看病をします。もし私のことを考えておっしゃってくださるのなら・・・」
「そうじゃない」
嘘はつかないが、真実も言うつもりは一切ない。
綺麗事も、言うつもりはない。
ささやかな希望なんて残しても、逆に辛いだけだ。
「俺は、自分の望みを叶える為に婚約破棄を決めた。
全て自分の為だ。お前の為じゃない。
この血も、その代償だ」
今後の事をマーリィンに任せて自分は勝手に死ぬのだから、家と婚約者を捨てたも同然だろう。
ルワンやエマ、ニール、マーリィンは俺が犠牲になっていると思っているかもしれないが、俺はそうじゃない。
自分の為だ。自分がマーリィンに、家族のいるウェストルダムを救ってくれと願っている。
だが、父上やテュイルが聞いたら、こんな救い方は納得しないはずだ。
皆が、『ノアルド家の俺』ではなく『俺自身』を見ていてくれることはわかっているから・・・だから、俺はその気持ちを裏切ると知っていても、その人達にこそ幸せに暮らして欲しいと願っている。
「ルシャ様は嘘をついています。
あなたは、いつも自分の事よりも周りの人の事を考えて動いていらっしゃいました。
私は、今の言葉を信じません」
「信じる信じないは勝手だが、事実だ。
・・・一生許さなくていい。じゃあな」
さよならだ。
俺は今度こそテラスから飛び降りると、雪の庭に着地してローブを被る。
「私は、ルシャ様を許します!」
「・・・」
「自惚れでもいいです。だって、ノアルド家の為と、私の為の行動だと信じているから!」
俺は人にこう言ってもらえるような人生を送ってこられたのだろうか。
正直、出来ていないと思うのだが、テュイルの言葉で何かひっかかっているところがなくなった気がした。
感謝をこれからずっと長く伝えていけたらよかったが、出来ないんだな。
「新しい人と幸せに暮らせ、テュイル」
「それがルシャ様の望みの一つなら、そうします!」
人生の最後がこんなに幸せな人間は、そうそういないと思う。
俺は幸せを噛みしめながら、テラスで身を乗り出しているテュイルに笑顔を向けた。
「ありがとう」
何度言っても足りないが、本当にこれが最後だ。
泣き笑うテュイルの顔を見てから、俺はマーリィン達の待っているところへ魔法陣で消えた。
「おかえり」
「あぁ。待たせて悪かった」
マーリィン達の待機している森へ帰ってくると、ルワンが笑顔で出迎えてくれた。
他は複雑そうな表情をしていたが、俺の普段通りの反応を見て肩の力を抜いていく。
「行こう。
魔本を封印しに、悪魔の城へ」
「そうね」
「行こう」
「おっし」
「あぁ」
マーリィンの掛け声と共に、俺を人間の姿にしてくれていたピアスを外して、手についていた血を拭った。
そんな時でも地面が揺れているように、平衡感覚が失われていく。
もう命の時間がない。
*****************
「当主、悪魔の力を手に入れたマーリィン=レジーム達が来るぞ」
空に浮かぶ悪魔の城の最上階で、リガーは部屋に佇む当主に声をかけた。
魔法で確認したことをそのまま伝えたのだが、どうやら気配でわかっていたらしく、上着を羽織って準備万端である。
「ここに来るまでが長かったな。
悪魔化をせずに、指をくわえて世界が滅ぶのを見ているのかと思っていた」
「で、どう迎え撃つ気だ」
「数と力でねじ伏せるまでだ。悪魔の力を思う存分味あわせてやる。
リガー、お前達の力は必要ない。
のんびりと見物でもしているがいい」
当主の言葉は、マーリィン達を甘く見ているような節があり、リガーは気づかれない程度に顔をしかめた。
『この悪魔はやはり、ダメだな』と見切りをつけると、了承の意を伝えて退室し、部屋の前で待機していた二人の悪魔に声をかけながら廊下を歩き始めた。
「聞いていたか?俺達は見物だ。
その間にアンシャンを動かす、手伝え」
「『アンシャン』?
あぁ、先日来た新人くんですか。いいですよ。
それにしても見物とは、困るな」
返答した相手は、リガーより背が高く、腰まである髪を一つに結った男の悪魔。
困ると言いながら、軽く溜息をつくその悪魔に、リリックがきょとんとした顔をして答える。
「なんで困るの?
楽出来ていいじゃない★」
「今日、ここで、どうしてもやり遂げたい事があるんだよ」
「ふ~ん?」
にこりと笑って答える男に、リリックは「?」マークを頭に浮かべたまま隣の塔へ移動するために、塔を繋ぐ連絡通路に出た。
そして、ふと下に広がる庭に目を向けてすぐさま笑顔に変わる。
「見てみて~。
城門が開くよ★」
****************
「開けるぞ、いいな」
「うん」
俺は、森の中にあった移動する悪魔の扉に手をついて最終確認をした。
今頷いたマーリィンはエマと共に、扉が開いたと同時に雑魚は構わず当主の所へいち早く着くことを最優先に動く。
それをサポートするように、俺が扉付近で雑魚を足止めし、ルワンとニールは城内の雑魚の足止めをする。
俺達の目的は魔本を奪取することであって、悪魔の殲滅ではない。
だから、マーリィンに全てを賭けるというわけだ。
全員が頷いたのを確認してから、高くそびえ立つ扉を一気に押し開けた。
***************
ルシャが扉を開けると同時に、城門前で待ち構えていた悪魔達が一斉にマーリィン達に襲いかかった。
その数は、城の広い庭一面を覆い尽くす数であって、数える事も出来ない多さだ。
だが、そんな黒い軍団の中で光が弾けると、悪魔は散り散りになり、マーリィン達が城へと走ってくるのが見えた。
「人間の王は、誰ひとりこの子達に力を貸さなかったのね。軍隊もなしにこの数・・・可哀想~★
で、あれがマーリィンちゃんだっけ。
意外と小さいのね~★
本当に当主に勝てるのかしら?」
庭の惨状とは正反対に、リリックは腰の高さくらいある塀の上に頬杖をついてのんきに見学していた。
リガーともう一人も静かに見物している。
「人間共は、ここにいる魔法貴族達を誰ひとり信用していないし、期待もしていないのだろう。
だが、マーリィン=レジームの腕は確かだ。
当主が死んだら、一時的に魔本は人間に保管してもらうとしよう。
その方が、次に俺達が魔本を使い出す時に世界の混乱を招きやすい」
「そうなの?
あ。エマちゃんがこっち見てるわ★」
「あのエルフは感知能力が高いから、気がついたのだろう」
マーリィンと共に城の中へと走っていくエマが、雑魚とは比べ物にならない気配に反応してこちらを見たが、すぐさま城の中に消えてリリックもリガーも瞬時に興味が失せた。
その二人の様子を間近で見ていた男はくすりと笑うと、軽い身のこなしで塀の上に乗り、リガーに頭を下げた。
「リガーさん、すみませんが私事を済ませて来ます。
新人くんの移動は、お二人でお願いします」
「え!?何急に!何しに行くの!」
「弟達を見つけたから、迎えに行くのさ。後でね、リリック」
そう言うと、リガーの返事を聞くことなく塀から飛び降りて下級悪魔達の波の中へ落ちて行った。
「もう、なんなの~?リガーちゃんを手伝うって言ったの自分なのに!」
「放っておけ。二人でも足りることだ、問題はない。
それより、ルシャ=ノアルドがアンシャンの存在に気がつく前にさっさと移動させるぞ。
あの男だけは、俺達とアンシャンを殺せる力がある。
まぁ・・・来たくとも来られないか」
そう言ったリガーは、ルシャのいる城門に視線を向けながら塔の中へと入って行った。
**************
元魔法貴族達の動きも知らず、ルシャは動きづらくなってきた体を無理に動かし、城門周辺の悪魔達を一掃していた。
一匹がぶれて三匹に見えたり、また血を吐いたり、悪魔の攻撃をかわしているにも関わらず、すでに体の中はボロボロである。
『マーリィン、急げっ』
俺は唯一扉を開けられる体だから、ここでマーリィン達の帰路を確保していなければならない。
この体調の悪さに、ニールかエマがここに残るという案も出されたが、今の自分は不適合であることを除けば不死身。
側に誰かがついていても不適合の進行は防げない。なら、先に進んでマーリィンを守るべきだと、今の配置になった。
もし倒れるにしても、この扉だけは開けておかなければならない。
「雑魚がうじゃうじゃと・・・鬱陶しい奴らめ」
数の多い下級悪魔は素手で倒して、人型悪魔が出てこれば黒守岩の刀で倒していく。
だが、不思議な事に人型の数はそんなに多くはなかった。
悪魔は人型になると、敵の力量を知り、自身より強い者だと手出しをしなくなるのだと聞いたことがあるが、俺にその力があるのだろうか。
まぁ、あってもなくてもとりあえず人型が少ないことには感謝だ。
力があっても、それを使う体力がなくなりつつあるのだから。
「げほっげほっ!!」
あー、もう血の味にも慣れてきたな。痛みは消えないけれど。
それと、今気づいたが、俺を取り囲む下級悪魔の数が減ったように見える。
頑張ったな、俺・・・あ、やばい・・・気を抜いたら立っていられなくなった。
「・・・門、開けておかないと・・・」
門まで這いつくばって行こうとすると、悪魔に蹴られたりしていたような気がするが、あまり痛みを感じなかった。なぜだろう。
お迎えが近いってやつか?
よし、門は寄りかかって座っていれば開けている事が出来る。
「・・・あとはやっぱり、悪魔が邪魔だな・・・。
あいつらが帰ってきやすくしてやらないと・・・な」
悪魔がぎゃーぎゃーと耳元でやけに煩い。耳も壊れたか、それとも本当に側にいるのか、確認するのも億劫だ。
血も出ているし丁度いいか。最後に闇魔法で景気よくおっぱらおう。
「血の・・・契約の下、我・・・深き闇の使者・・・マ・・・グニスの開放を・・・望む・・・」
マーリィン、ルワン、エマ、ニール。
早く帰ってこい。




