其の者、道を示す者
世界武術大会ダブルス戦後、ルワンが姿を消した。
魔法貴族内は、マーリィン=レジームの騒動でも混乱していたというのに、四家の一角であるドレーク家の当主がいなくなったとなると、もう魔法貴族だけでは手に負えなくなる。
「はぁ・・・」
今日、五度目の溜息。
俺は数時間前からじっと庭の木の幹に腰かけては、何もせずに溜息だけを漏らしている。
今日の昼にあった魔法貴族定例会議で、ルワンの捜索活動を打ち切りすることが決まった。
それはつまり、魔法貴族から破門されたと同じ事。
おそらく、ルワンはマーリィン=レジームと一緒にいる。
何の確証もない、俺の勘だが、たぶんそうだ。
あの試合の後、どうも様子がおかしかったんだよな。
絶対見つけて理由を聞き出してやる。
しかし、なぜ・・・
「連絡をよこさない」
俺にも秘密にしなければならない何かがあるのか。
迷惑をかけたくないからか?いや、黙っていなくなる方が迷惑だ。
いつもは必要以上に一緒にいたくせに、急にいなくなれば俺の調子も狂うというもの。
おかげで睡眠不足で困っている。
「腹の立つ奴だ」
俺はそうつぶやくと、幹を伝って自室の窓へと移動する。
今、部屋には魔力を辿って人探しが出来る絨毯が敷いてある。そこでもう一度、ルワンの魔力を辿って自力で探そう。
これまでに一度もルワンの魔力を掴めたことはない。
たぶん、俺にはこういうものが向いていないのだと思う。
だから、寝不足になるまで長時間やってみているが、成果は一向に得られない。
戦い以外の場所での魔力のコントロールが下手すぎて、自分で笑える。
しかし、だからといって人には頼めない。
破門された者を探すという事は、自身も禁を犯すという事。そんな事を周りの人間に頼めるはずもなかった。
「っ・・・」
窓枠に手をかけて部屋に入ると、窓に日の光が反射して俺の目に飛び込んできた。
普段はそんなに気にすることでもないのだが、今は寝不足が関係して、目が痛いし、頭痛がする始末だ。
よろよろと絨毯の上に移動する。
すると、後方から視線を感じたため、俺は振り返った。
「誰だっ」
気配がするが、姿は見えない。そして、返事もない。
俺は壁にかけてあった剣を取り、帯剣すると、再び木の上に戻った。
すると、フードを被った輩が庭の草むらから、屋敷の外へと移動する。
「待て!」
妹狙いの不審者だったら、ぶちのめす。うん。ひたすらぶちのめす。
俺は物騒な事を考えながら木から庭に降り立つと、そのまま奴を追って屋敷の高い塀を飛び越えた。
近くに積んであった木箱に足をかけて、塀の上を掴み、一気に屋敷の外に飛び出る。
と、ちょうどその下をうちの召使が買い物から帰っている途中だった。
目の前に降り立った俺を驚いた表情で見つめている。
「ルシャ様!?」
「悪い、次からは玄関を使う」
実は、ルワンと出かける時だけは、玄関を使わずに塀を飛び越えていたりした。
ん?
ルワンと出かけるだけ・・・。
「待て、この!」
俺がいきなり、バザールのある道へ猛ダッシュして行った後、召使が驚いて悲鳴を上げていた。
たぶん、いきなりのダッシュに驚いただけでなく、俺の形相にびっくりしたのだろう。
俺は今、猛烈に怒っている。
「待て!ヘラヘラバカが!」
ヘラヘラバカとは、もちろんルワンの事だ。だって、いつでもヘラヘラしているから。
今追っている奴は、ルワンに違いない。
俺の庭からいつものルートで塀を飛び越えて行ったのだからな。
「待てと言っているだろう!!」
バザールは人通りが激しいにも関わらず、俺は前方を駆けるフードの奴に大声で制止の声をかけた。
が、止まったのは、この辺りに居る庶民たち全員だった。
流れが止まって逆に進めなくなる。ザワザワと聞こえてくる声。
「ノアルド様がお怒りだ!」
「皆、止まれー!」
別に全員に止まれとは言ってない!そして、空気を悪くしてしまった。
「すまない、なんでもない」
ぽつりとそう言うと、俺はまた人の間を縫ってフードを追った。
今逃がしたら、いつ会えるかわからない。それに、なぜ屋敷まで来て俺に声をかけない。
意味がわからない!
「このっ、・・・っ」
やばい。視界が揺らぐ。気持ちが悪い。
俺は店の柱に寄りかかって、遠ざかっていくフードの後ろ姿を睨みつけた。
そして、自分を呪う。
まさか、こんな時に人混みに酔うなんて!
今までそんなことは一度もなかったというのに、寝不足とは恐ろしい。
そんな時、一度フードが振り返ったような気がしたが、人の波にのまれてわからなくなってしまった。
「一人いなくなったくらいで、弱くなるんじゃない・・・俺」
なんて、情けないのだろう。
俺は、トボトボと屋敷へ帰ることしかできなかった。
*********
「何をそんなにしょげているのよ。
男のくせにだらしがないわね」
コツコツとブーツを鳴らして近づいてきた女性に頭上から声をかけられた。
確かにだらしないと思う。
先ほどから、自分は後悔の念を抱いたままうなだれるばかりなのだから。
「ルシャ、体調悪そうだった。
なのに、走らせちゃったよ」
ルワンはぽつりと呟くと、煙突の壁に寄りかかってまたうなだれる。
それをぴしゃりと断ち切るのは、またも頭上からかかるエマの声だった。
「あなたが中途半端に見に行くからでしょう」
「はい。その通りです」
返す言葉もない。ルワンはゆるゆると立ち上がるとフードを下ろす。
すると、屋上のヘリに座り込んだ少女が、こちらを振り返って笑顔を見せた。
手には肉マンを持っており、それをすすめてくる。
「ルワンくんまで落ち込んでいたら、いざって時にルシャくんを守れないよ?
自分で決めたのだし、あとちょっとの辛抱だよ。
肉マンを食べて頑張ろー!」
そう言ってくるのは、マーリィン。
彼女に「そうだね」と言って頷いて見せる。
しかし、正直に言うと・・・
「ルシャ不足問題は困難を極めてます!」
「うるせーな!何いきなり叫んでんだよ!」
即座に義理の弟、ニールに怒られ口を紡ぐ。
ルワンもルシャがいないことで少なからずダメージを受けていた。
*********
ルワンと思われるフードの輩を取り逃がしてから、数日が経った。
今日は城で半年に一度の舞踏会が開かれる。だから、俺は王の護衛ということで、長時間正装をした状態で脇に立っていなければならない。
退屈・・・とは言っていられない。
先月、サウジグ城が悪魔の手に落ちたことで油断できない時期なのだ。
些細な変化も見逃さないように神経を研ぎ澄ませる。
が、
「気持ち悪っ」
時々柱に寄りかかる。
寝不足はまだ続いていて、日に日に体調を悪化させている俺。
舞踏会とあって女性の数も半端ないこの会場は、香水の匂いがきつかった。
「護衛官殿、大丈夫ですか?」
「あぁ・・・」
王の側近が声をかけてくるが、あんまり大丈夫じゃない。
しかし、自分が心配をかけていては意味がないので、また直立不動で王を見守る。
ずっと見ていると腹が立ってきた。
民が苦しんでいるのに舞踏会なんか開いて何を考えているのだろう。
ここに使う金を民に回せって話だ。
あーぁ、と内心溜息をついた時だっただろうか、テラスのある方から女の悲鳴が上がった。
「きゃー!!」
意中の人でも見つけて感極まって悲鳴でも上げたか。いや、そうではない。
明らかに恐怖の悲鳴だった。次々と貴族達が悲鳴を上げる。
そして、異様な威圧感が会場内を支配して、貴族達は皆耐えられずに床に倒れこんでいく。
「王、失礼っ」
俺は、膝を折って床に手を突くアークァルの腕を掴み、無理やり肩に担ぐと、会場から離れようと廊下に出た。
大丈夫だ。少し足は震えるものの、走る事は出来る。
とにかくここに居ては危ない。とんでもない奴が城に入り込んだと、俺の中で警報が鳴り続ける。
こんな殺気は、今まで対峙した悪魔とは比べ物にならないほど強大なものだ。
ただでさえ体調が悪いって言うのに、最悪すぎるだろ。
しかし、王だけは死守しなければ。
俺は首に下がっている笛を吹いて、敵襲を知らせた。
「っ、はっ・・・」
やばい。人一人抱えて走るのも辛い。
だが、確実に悪魔はこっちに迫ってきている。悲鳴と殺気がどんどんと。
「絶対、死なせんっ」
アークァルだけは死なせてはならない。
その内、兵たちが集まり、会場へと駆けていく。俺はその波に逆らって、どんどんと会場から離れて行った。
俺の役目は、悪魔を倒すことではなく、王を逃がすことだ。
しかし、そうやすやすと仕事を全うさせてはくれないらしい。
後ろの兵たちを倒して、俺に追いついてきた黒い影。
「!!」
俺達二人に影がかかり、殺気が一点へと注がれる。アークァルの心臓へ!
「させるかっ!!」
俺は片足で方向転換すると、剣を引き抜き、相手の攻撃を受け止めた。
しかし、相手の勢いがすさまじく、その状態のまま数メートル後退させられる。その時に見た、金の瞳、白い髪、赤黒い羽根、そして・・・
「魔本!」
新聞に載っていたものそのままの本が悪魔の腰にチェーンでかけられていた。
本気でヤバイ。
確か、魔本を所持しているのは、悪魔の当主だ。
こいつが、悪魔の・・・!
「っ!」
俺は近くのテラスにまで攻撃で後退させられ、手摺にぶつかって停止した。
アークァルは意識がはっきりしているらしく、肩に担がれたまま俺の『魔本』という言葉に反応した。
「き、さま・・・悪魔の、当主か」
殺気にあてられて、とぎれとぎれの言葉を紡ぐが、恐れてはいないしっかりした口調だった。
一度距離を置いた悪魔が、その言葉に答える。
「そうだ。人間の王よ。
今日は、この城を貰い受けに来た。
そして、お前も」
「何?」
城を奪いに来たのはわかった。だが、『お前も』のところで、アークァルではなく俺を指差すところの意味がわからない。
どうして俺なんだ。
「最強の魔法使い。お前は、魔本に入り、私の手足となれ」
なるほど。
強い戦士が欲しいってわけか。
勝手につけられた『最強』という名も迷惑なものだな。
世界には、俺より強い奴が五万といるはずなのに、噂だけでこんなところにこられるのだから。
「悪魔に仕える気は、毛頭ない。
・・・王、走れますか」
悪魔に答えてから肩に担いでいるアークァルに小声で確認する。
俺が悪魔を引き付けている間に走って逃げてくれれば、少しは心配が軽減するというもの。
アークァルは一度頷いた。
俺は、ゆっくり肩からおろすと、アークァルを庇うように剣を構える。
「魔本に入れたいなら、力ずくでやってみろ」
一応、大会で世界王者になった身だ。人一人逃がすくらいの時間は稼げるはず。
気をつけなければならないことは、当主の素肌や髪に触れない事。それに気をつけていれば、魔本に入ることはない。
体調はお世辞でも良いとは言えないが、約束を守る為、ここは戦うしかない。
俺は邪魔な正装の上着を脱ぎ捨てて、体勢を低くした。
「行くぞっ」
この声と共に、当主の体は一瞬にして俺の目の前に現れた。
瞬間移動かと思うほどの早さに、舌打ちをしながら斬撃を受け流して間合いを取る。
すかさず当主の動きを封じようと魔法を発動させると、その姿はまた一瞬にして消えた。
床を蹴ったということはわかり、上に視線を移せばもう刃が目の前に迫っている。
「嘗めるなっ」
上体を弓なりに反らしてかわし、そのまま床に手をついて首の後ろを蹴りつける。
よし、入った!
しかし、なんのダメージも受けていないのか、少しの遅れも見せずに俺の顔面を蹴り飛ばしてきた。
それこそ、クリーンヒットだった。
蹴られた部分から、衝撃で額から頬にかけて筋が入り出血する。そのまま俺は、壁に激突。
「この程度の痛みっ」
咄嗟に起き上がって魔法を発動し、今度は雷が当主に直撃した。
さすがに黒く焦げた体はすぐに動かせないらしく、その隙を見て俺がのど元に剣をふるう。
しかし、腕がその剣を掴んで止めてくる。
「さっさと倒れろ!」
俺は右足を一度踏み込むと同時に魔法を発動させ、床に氷の柱を出現させた。そのまま掴まれている剣に体重を乗せて左足を顔にめり込ませる。
「!!」
倒れた当主は、氷の柱の串刺しだ。
雷によって負った傷はすでに再生されたが、今度は体に大きな穴があいた。当主は、即座に氷を掴んでへし折り、それを俺に剛速球で投げながら立ち上がった。
剣を掴んでいた手は離されていたため、氷を剣で叩き落とす。
そのまま相手を切りつけようと思ったのだが、目の前には当主の手。
「っ!」
肌を触られたら、まずい!
と思うのだが、そこはテラスの端であり、動けなかった。
魔本に入るわけには、いかない。
俺はまだ約束をしっかり守っていない!




