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還る場所―Silver Sorcere外伝―  作者: 土方あしこし
16/24

其の者、変革を望む者

俺が20歳になった年は、何やら身辺の変化が多かった。

最初にオルファンの死。

その後には、妹のレーシェが嫁いで家を出た。喜ばしいことだが、正直寂しいし、目の届かないところにいるのは心配だ。

そして、一番重要な変化は・・・

サウジグに『碧の魔本』が現れたということだ。


「『魔本』?なんだそれは」


「なんでも、悪魔の当主に触れられた者は、種族問わず青い本に吸収されてしまうらしいよ」


「ほぅ・・・」


最近サウジグの街が次々と、この『魔本』というものを使った悪魔のせいで潰されているらしい。

新聞も主婦の会話もその話題で持ちきりだ。

俺は、新聞とにらめっこしているルワンに再度声をかけた。


「悪魔の力ではなく、その本の効力なのか?」


「うん。どう見てもそうだね。

この記事にも書いてあるけど、魔本に入れる場面を見た人は、人が吸収される時に青い光を見たって言っているんだ。

その光は魔法を発動する時に発するものと同じだと分析されているし、人を縛り付けるということは呪術が関係している」


「魔法使いが加担しているのか?悪魔に?

いや、でも吸収してどうする気だ。

じっくりあとから喰う気か?」


「そうじゃないみたい。

その『魔本』は、男性しか吸収できないようになっているらしくて、人間同士を戦わせようとしているみたい。

事実、一つの街で人間同士が争ったということも記事に書いてある。

人間が悪魔の当主の言うことを聞いている様はまるで・・・奴隷だったともね」


「プライドの高い悪魔が、世界征服に乗り出した?」


「そういうことになるんだろうね。

これからもっと被害が広がるよきっと・・・。

ルシャは護衛官だけど、いざという時は自分の身を守るんだよ?」


そんなことが出来るはずもない。自分の身より、王の身が最優先だ。

俺にはオルファンとの約束がある。


「そんなことは出来ない」


「やっぱそう言うか。

うーん・・・あ、じゃあさ!

いざという時は俺がルシャを守るよ。

約束!」


新聞を折りたたんだルワンが、俺の目の前に小指を出してきた。

これはあれか。ゆびきり・・・えーと、なんとかってやつか。


「危険な時に間に合えばいいけどな・・・ん?」


俺はやれやれと思いながら小指を出そうとしたが、折りたたまれた新聞の面の方に目が行って動きを止めた。


「マーリィン=レジームが、破門されただと?」


俺は、驚いた。レジーム家の後継者が破門されたらしい。

今まで、処罰を受けてきた魔法貴族はいたが、破門なんて前代未聞だ。

レジーム家にはまだ弟がいるから、後継ぎ問題は関係ないかもしれないが、一体どういうことなのか。


「あー、それねぇ。

なんでも、一人で魔本封印に乗り出したらしいよ。

それをレジーム家の当主は止めたらしいけど、言うこと聞かなくてね。

破門に至ったのは、国の重要保護材『黒守岩』を許可なく山でとってきたからだってさ。

人型悪魔を唯一倒せる物だし、魔本封印には必要不可欠だったんだろうね」


新聞を広げ直したルワンが説明していく。

レジーム当主は、外聞を気にして早急に問題児を排除したかったんだろう。


「国が魔本封印の許可を出していれば、黒守岩を盗むこともしなかっただろうに。

なぜ国が率先して魔本封印に乗り出さない」


俺の疑問に、ルワンはう~と唸って嫌そうな顔をした。


「まだ魔本の威力が未知のものだし、王達は悪魔の進行が小さいから余裕で構えているんだよ。

でも、マーリィンちゃんをうまく利用しようとして、投獄じゃなくて破門して泳がせることにしたらしい。悪魔の当主を討伐してくれたら、それはそれで助かるしね。

だから、破門はノーザン王の提案だと噂されてる」


「卑怯な奴等だな」


表では批判して、裏では人の心を利用して高みの見物か。

ノーザン王は、アークァル同様好かないな。


「マーリィンちゃんは、小さな村の人たちを考えて動き出したんだろうな。

きっと現場を見に行ったんだ・・・。

そこにあの子を突き動かす何かがあったのかもしれない」


よほど悲惨な状況だったのかも。

何せ、人間同士が争っていたりするそうじゃないか。しかし、王から見れば小さな人間同士のいざこざということになってしまうのだろうか。

何も見ていない俺には、何を言う資格もないが。


「あのね。破門には公表されているのとは別に、本当の理由があるんだよ」


いきなりルワンがこそっと声量を落として気になる台詞を言ってきた。

俺は「なんだ」と言って耳を近づける。


「マーリィンちゃんは、魔本封印にあたって『悪魔化する』と言ったらしい。

最大の禁忌を口にしたんだ」


「何?

悪魔の当主を倒すために悪魔の身体能力が必要だと思ったからか?」


今までの経験からして、ルワンの情報網は信じていい。

悪魔化なんて、何を考えている。


「たぶん違う。悪魔を憎んでいるのに、悪魔の強さを使おうとは思わないよ、あの子は。

これも魔本封印には不可欠な要素なんだと思う。

強さ以外に何かあるんだよ。きっと」


「『何か』・・・なぁ」




***************



「うんうん。これが一番しっくりくるかな」


木の枝にロープを渡して作った簡易カーテンを翻して出てきた小柄な人物は、帯をきつく結びながら相方の前に立った。

それに対して、相手は服装に文句をいいながらも屈んで裾の丈を調節してくれる。


「また男物を選んで・・・。

しかも、味気ない平民の黒い服。もっといいのを着なさい」


「軽くて動きやすいし、私は好きだよ?

身分を隠すなら、もってこいだしね。

あ!あとね、これ!

ライオンの仮面。可愛いでしょ♪

これも平民の子にもらってね、かぶって試合に出るつもり」


金色のフサフサしたタテガミがついたかぶり物を被ると、口元が出るだけで髪も隠れてしまう。

ちなみに、そのタテガミからはしっぽも生えている。

嬉しそうにニコッと笑ってみせるが、相手は嘆くばかりだ。


「私には可愛く見えないわ。変」


「そう?面白いし、好きだな~。

フサフサ♪」


「家を追われてその上服装まで悪いものに変えて、あなたが不憫でならないわ」


「不憫じゃないよ。

私は、これから自分の信念に従って動くんだ。

一人でも民の人が、私の行動で幸せになってくれたらいい。

もっと欲を言うなら、これが皆の幸せにつながって、笑顔が街に戻ってきたらとっても嬉しい。

早くその世界が見たくてわくわくするよ」


動きの感覚も兼ねて剣を振り抜く様は、清々しい。


「私は、あなたが幸せになってくれればそれでいいのだけど」


「ありがとう、エマ。

私も、エマには幸せになってもらいたい。

だから、危険な旅についてこなくても・・・」


剣を鞘に戻し、相方・・・エマに申し訳なさそうな表情を向ける。

だが、エマは腕を組んで首を傾げて見せた。


「危険なら、尚更離れられないでしょう。心配で夜も眠れないわ。

それとも、私はいない方がいいかしら?」


「ううん!いてくれて嬉しい」


首を横にブンブン振って否定してから笑顔をエマに向けると、彼女もそれを見て満足そうに同じく笑みを浮かべた。


「さぁ、仲間探しに行きましょうか。マーリィン」


「うん!」


二人はカーテンを魔法で消すと、荷物を肩に掛けて街に向かって歩き出した。


***************


今日は、世界武術大会のダブルス準々決勝。

俺は二年前ルワンと参加してから二度優勝しているため、シード権をもらっている。だから今日が初戦だ。

個人戦が二カ月後に控えているから、ここでいろいろ調節出来たらいい。


「人多いね~。皆、ルシャ見たさで来たな!」


「どうだか。新人見たさかもしれないぞ」


闘技場に入る階段を下り、その場から客席を覗くルワンはなんだかはしゃいでいた。

こいつ曰く、俺の試合になると人が倍になるらしい。気にしないから、よくわからないが。

だが、さっきも言ったが今日集客したのは俺ではなく、今大会から出場した新人にあると思う。

そのペアは初戦から強かった。だが圧倒的というわけではなく、大勢の客を引き付けたのは奇抜的な格好と戦い方からだった。


「新人って、あの『ライオン少年』でしょ!

小さいのに強いよね~。ひょろひょろして、小さい頃のルシャみたいだよ!」


「ひょろひょろ・・・」


俺は無駄な脂肪を落としていただけで・・・まぁそれはさておき。

その新人は、ルワンの言った通り『ライオン少年』というあだ名がついている。

あだ名の由来は、ライオンの仮面をつけた黒衣の少年だから。

ふざけてんのか、と言いたいがこの大会は強い者を拒むことはない。

俺は実際に見てはいないのだが、無駄な動きを一切しない戦い方は流れるようで、つい見入ってしまうらしい。

そして、少年は武器を使わずに体術に魔法を組み合わせて急所を的確に突いてくるんだそうだ。

しかも、顔を隠している時点で興味をそそるらしい。声を聞いた者もいないし、謎だらけなところが人を引き付ける。


あと、そうだ。そのパートナーも人気があるらしい。

なんでも、ライオン少年とは正反対の美人エルフだとかなんとか。本当のところはどうだかわからないがな。

ここで人気が出るということは、顔だけじゃなくて腕も立つんだろう。

この後、二人の出る試合を見てみる価値はありそうだ。


「ルシャ、出番だよ」


「あぁ」



***************



「試合を見てから帰るぞ」


「お!ライオン少年見るの?いいね~」


俺たちは特に苦労もなく試合に勝つと、そのままコロシアムの観客席へと移動してライオン少年ペアの登場を待った。

ローブを深くかぶって来たから正体がばれることもなく、静かに待っていると数分後には選手が闘技場に姿を現した。

まずは屈強な体格をした男二人組の相手選手が。

次に、客席に手を振りながら歩くライオン少年と、弓を肩にかけて颯爽と歩くエルフが入場した。

やはり、ライオン少年ペアは人気があるらしく、二人が姿を現した途端に歓声が大きくなり、立ち上がる者たちもいた。

俺の前の客も例外ではなく、何がそんなに嬉しいのか立ち上がってはしゃいでいる。


「座ってくれないか」


とりあえず見えないし、座って観戦するのがマナーになっているため、俺は前の客に座るよう促した。

しかし、座るだけでいいのに相手は過剰に怯えて、席に座ると震えだした。


「ひっ!す、すみません!もう立ちませんので!」


「別に怒ってないんだが」


ぼそっと呟くと、隣のルワンがおかしそうに笑って答えを返してきた。


「目つきが怖いんだよ~。はははっ」


そんなにキツイ目つきなんだろうか・・・。

もしや、鏡で練習したほうがいいレベルなのか?

ん?前に笑顔の研究をしていた奴がいたような・・・誰だったか。


「ね、あのエルフさん美人でしょ」


悶々と考えていると、ルワンに肩を叩かれて現実に引き戻された。

そして、ライオン少年のペアであるエルフをちゃんと見てみる・・・が。


「さぁ。俺にはよくわからない」


生憎、女に興味がないから、美人かどうかなんてわからない。

それより興味があるのは、二人の戦い方だ。


「どうしてそんなに興味がないんだろう。目に問題が?

いや、脳みそ?」


「変なこと言ってないで、しっかり試合を見ろ。

いずれ戦うかもしれないんだぞ」


「はいはーい」


ルワンの聞いているんだか聞いていないんだかわからない返事を受けてから闘技場に目を移すと、選手たちが挨拶を交わしていた。

ライオン少年は「お願いします」と言葉には出さないが、口元をニコニコしながら相手と握手を交わす。しかし、それとは対照的に、美人エルフとやらはツンとして相手と握手をしないし、「お願いします」とも言わずに偉そうに突っ立っている。


「・・・いけ好かないエルフだな」


「あー、ちょっと性格はきつそうだよね。それはわかる」


うんうんと頷くルワン。

だが、周りの観客はそれでもいいらしい。強気な態度が逆に格好いいとか何とか騒ぎ立てている。

俺は許せんな。


「そんな険しい顔しないしない。試合始まるよ」


「・・・あぁ」


ライオン少年が相手に一礼してから、右足を下げて低い構えを取る。やはり武器は使わずに素手でやるらしく、構えた手に魔法の光が集中する。

エルフは後方で弓矢を構えた。

最初から二人して攻撃する気か?俺たちなら、最初にルワンが防御魔法をかけるというのに。

じっと見守っていると、審判の合図と共に二組同時に動き、力と力がぶつかり合って爆風が生じた。

いきなりの激闘に観客全員が興味津々で前のめりになったり、立ち上がる。

俺も見えないから、人と人の間から試合を見ようとしたんだが、体を傾けたと同時に顔を隠していたフードが外れてしまった。


「ルシャ=ノアルドだ!」


面倒くさいことにバレた。

周りが試合を気にしながらも、俺を探そうとこっちにわらわら寄ってくる。


「握手してください!と、サインください!」


試合見ろ。試合を。


「俺は今、観客であって・・・」


「ルシャ、これじゃ試合を観ていられないし、迷惑だから出よう。

のぉ!くるしっ」


ルワンが俺の腕を引っ張って出口へ向かう最中、観客の一人にローブを引っ張られたらしく、のけぞり返る。

俺は逆にルワンを引っ張って、そこを後にした。

まったく試合を見られなかった・・・。



一方、闘技場ではエマが観客席の騒ぎを見て悪態をつけていた。


「試合の邪魔をしないでほしいわね。何様なのよ」


世界王者だかなんだかしらないが、人が戦っている時に騒ぎを起こさないでほしい。

だが、ライオン少年・・・マーリィンはルシャの騒ぎを見てニコニコと笑い、何か確信が持てたように一度頷くのだった。


*************


あの日のライオン少年の試合を見損ねて以来、一度もコロシアムには行けなかった。

なぜって、俺には護衛官という仕事があるから。

自分の試合がある日くらいしか休みはもらえない。

相手の戦略もわからないで、どう戦うか・・・あ。ルワンの情報網でなんとかなるか。

あいつも城で働いていて忙しいが、情報収集はまめにしているし、期待できるだろう。


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