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還る場所―Silver Sorcere外伝―  作者: 土方あしこし
14/24

<2>

「よし、いくぞ!」


「お~♪」


「おー・・・」


勢いよく家から飛び出して来たニールに続き、はりきっている義弟を見るのが嬉しいのか、上機嫌なルワンが後に続く。

ニールも、手下を得た気分になったのか、胸を張って多少嬉しそうである。

無論、ちょっと遅れた返事は俺。どうもこういうノリは、ついていけない。

道中の会話にもついていけない。


「黒い羽をパタパタさせて、かわいいなニールは!」


「うるせぇ!いちいちかわいいとか言うな!

気色悪い!」


「そうやって怒っちゃうところも、お義兄ちゃんは好きだぞ~♪」


「お前なんか兄貴じゃない!」


「・・・」


ニールの家とほぼ同じ板積みの家の間をくねくねと曲がり、細い階段を上ったり下がったりする。頭を下げて通らないと、上にかかっている洗濯物が顔にかかりそうだ。

そうしてしばらく歩いていると、ニールが魔法を使えることがわかった。

獣人は本来、魔法が使えない体質だが、ニールは魔法貴族の血の方を色濃く受け継いでいるらしく、邪魔な板や石を魔法でどかしたりしている。

そして、たまにルワンが魔法で石の階段の歪みを直したりすると、ニールはこっそり真似してみせるものだから、その度にルワンが嬉しそうに絶叫するからうるさい。

で、それに気をとられていたのと、路地がせまいことが重なって、俺は前から歩いてきた男にぶつかってしまった。

そんなに強く衝突したわけでもないのに、相手はすっころぶ始末だ。


「てめぇ、どこに目ぇつけて歩いてんだ?あぁ?」


「悪い」


本当に悪いことをしたと思った。だから、素直に謝ったわけだが、なぜか茶色いローブの相手は立ち上がりながらにやっと笑う。


「悪いって思ってんなら、金おいてけよ兄ちゃん」


そう言いながら、手のひらを見せて、ひょいひょいとせかす男。

なぜ金が必要となるのか、さっぱり意味がわからない。


「なぜだ」


「はぁ?見てわかんねーのかよ。

治療代と慰謝料だ!

転んで手をすりむいちまったし、てめぇが当たってきたんだからなぁ。

あ!あと、クリーニング代か?ひっひ。

転んで服が汚れちまったからなぁ。

これくらい俺に払うのが筋ってもんだろ。なぁ?」


金額を言われて、自分の耳を疑った。あまりに高額すぎたのだ。

辺境の地では、転ばせてしまっただけでこんな大金を払うのか!

なんて厳しい制度が設けられているんだ・・・と思っていたら、後ろの異変に気づいたルワンが戻ってきて、男の腕を後ろからねじあげた。


「いっ!!何しやがる!」


「怪我は治したよ~おじさん♪

この子、まだここに流れて来たばかりだから、あまりいじめないでね」


ねじあげたと同時に、擦り傷のところを魔法で治癒したらしい。

笑顔の中にドス黒いオーラが混ざっているのは気のせいだろうか。

しかも、俺の方が悪い事をしたはずなんだが?

そして、先頭を歩いていたニールも異変に気がついてかけつけてくれたらしいが、ルワンと同じく男を非難する。


「おい、おっさん!

この人は、今急いでんだよ。どっかいけ」


「げっ、てめぇの連れかよ」


どうやらニールの知り合いらしく、彼の顔を確認した男は、あからさまに嫌そうな表情をしながら後ずさった。

それを見て、ニールが彼なりの厳しい顔でもう一言つけくわえる。


「そうだ。

またどっか知らない場所に飛ばされたくなかったら、さっさと消えろ!」


「ちっ。ガキのくせに偉そうにしやがって!

てめぇなんか、魔法が使えなかったらただの薄汚れた小汚いガキっ・・・」


勢いよく罵りを並べ始めたのはよかったが、それは途中で不自然に切られて、男の姿形がその場から消えてしまった。

ニールが言葉どおりに消したわけではないらしく、本人は放心したままルワンを見つめている。


「あれぇ?魔法が勝手に発動して、おじさんがどっかに行っちゃったな~。

事故だから、しょうがないか♪」


いつも温厚なルワンが、言葉で反論する前に、男を魔法でどこかに飛ばしてしまったらしい。

しかも、魔法学校の生徒は、校外での攻撃魔法と大型の治癒魔法の使用を禁じられている。

まったくもって、こいつらしくない。

相当に弟を可愛がっているのだろう。

が、男が消えてしまっては、ちゃんと払えないじゃないか。


「慰謝料がまだ」


「「払わなくていーの!」」


これまた、なぜか二人に揃って怒られてしまった。

後に聞いたが、辺境の地は統治する者がいないため、何の制度も設けられていないらしく、俺は詐欺にひっかかりそうになっていたらしい。



一方、コロシアムでは試合が始まろうとしていた。

脇に待機する父上が、心配して声をかけてくる。


「ルシャ、本当にコピー体で勝機はあるのか?」


「あります」


「変に意地を張ってそんなことを言っているんじゃないよな?」


「はい。ちゃんと考えてあります」


どうも信用ないらしい。ちゃんと『俺なり』に考えはある。

そして、捜索の方も頼りないらしく、先ほどから現状をしきりに聞いてくる。


「テュイル嬢の捜索の方はどうだ?もう見つかったか?」


「!」


「どうした?」


「いえ、なんでも」


見つかった。

テュイルの気配をはっきりと感じ取れる範囲まで来た俺たちは、空き地のようなところを発見し、その中央でテュイルと、彼女の腕を掴んでいる黒髪の貴族を発見した。

その周りには、10人程の貴族共がうろついている。

父上は顔に出やすいから、相手に知られないためにもテュイルを助け出すまでは内緒だ。

見た感じだと、テュイルはどこも怪我をしていないようだが、表情までは見えないから心配でならない。

どのタイミングで助け出すか。


「あんたには似合わない」


慎重に出るタイミングを考えていた時に、後ろからニールにこう言われ、俺の思考は一瞬止まった。

こいつ今、テュイルが俺に似合わないと言ったのか?


「お前は、何を見て判断した」


俺の問いかけにニールは目を丸くして反応した。なぜこんなことを聞かれるのかわからないらしい。


「え?だから、見かけ。

あんなひ弱な女、自分で逃げ出せないなんて、あんたの足を引っ張るだけだ。

じーっと黙って、何してるわけ」


「テュイルは闘ってくれているさ」


本当は、恐い目に会って泣き出したいだろうに、それを我慢してじっと耐えている。

ここで、貴族たちに動きがあった。テュイルの隣に立っていた黒髪の男が、彼女に向って何やら話しかける。

それを魔法で聞きとる俺達。


「さて、お前さんのナイト様を待ったが、来ないな。

もうすぐ試合開始の時間だぞ。

お前、見捨てられたんじゃないか?」


「最初から、ここには来ないと言ったはずです。

ルシャ様は、試合を放棄して、ノアルド家に泥を塗るようなことをする方じゃありません。

あなたたちの思い通りになんか、絶対いきません!」


テュイルの決意が痛いほど伝わってくる。

だがな、お前を見捨てるような人間じゃないぞ俺は。

俺は、怒っているんだろうか、感心しているんだろうか。よくわからない。


「ルシャ。事を穏便に済ませるために、魔法でテュイルちゃんをこっちに呼び寄せよう。

直に接触したら、テュイルちゃんが危ないし、外で人を殴ったりしたら俺たちの方が捕まっちゃうよ」


ルワンがごちゃごちゃ言ってる最中に、テュイルが奴に殴られた。

俺は、殴られてるのを見過ごすような人間でもないぞ!

そう思ったら、ルワンの制止の声も聞かずに、ずかずかと奴等の前まで歩きだしていた。不安そうに俺に駆け寄ってきたニールを見て、また前に向き直って歩く。


「俺の方があの子に似合わない。

テュイルの戦いを無駄にしてしまいそうだ」


あの男、一発ぶん殴ってやる。

そんでもって、蹴りまくって跪かせて・・・あぁ、もういい!とりあえず殴る。

魔法で変えていた黒い髪もオッドアイにしていた瞳も消して、元の銀髪と紫の瞳で奴等の目の前に立った。


「ルシャ様?」


近くまで行くと、テュイルが赤く腫らした頬のまま驚きの表情で俺を見てきた。

黒髪の貴族は、さっと剣を抜いてテュイルの喉元に剣腹を当てて笑い、周りの連中は俺達を囲んだ。


「ナイト様。これまた堂々と登場したな。

だが、もう試合開始の時間だ。

目の前でフィアンセの死に際をしっかりと見ておけ!」


この台詞と共に、コロシアムでも試合開始の合図が上がった。


「はじめっ!」


ドゴッッッ!!


どちらにも、しばしの静寂があった。

俺は、コロシアムの相手にも、黒髪の貴族にも腹に拳をお見舞いしてやった。

二人してうめき声をあげて倒れこんだ後、呆けた顔をして俺を見る。

何が『見ておけ』だ。


「「立て。試合はこれからだぞ」」


コロシアムでは、歓声が上がったと同時に俺は抜剣し、相手の真上から刀を振り下ろしてかわされた肩を浅く切る。

コピー体だと魔力と威力が半減しているから、攻撃数と早さでものを言わせるしかない。俺は、相手に隙を与えずに走り回った。


「あーらら、殴っちゃった」


広場では、後ろにいるルワンが額に手を当てていた。

たぶん、正当防衛でもないのに俺が先に相手に手を出したことで、俺の立場が不利になったからだろう。

相手もそれをいいことに笑いだした。


「はっはっは!とんだバカナイト様だな!

俺達より先に手を出しやがった!」


お前らは、テュイルに手を出してただろうが。


「先にテュイルに手を出したのは、こいつだよな?」


俺が後ろを振り返って言うと、ルワンが額に当てていた手の隙間から俺を見上げた。


「まぁね。

でも、ルシャに手を上げたことにはならないから、正当防衛ではないし、ルシャにも非があるということに」


それは困ったな。


「ま、誘拐した証拠は俺が集めたし。少しくらい平気さ。

俺もこの人達ムカつくし、仲間割れして怪我してたんです~ってことにしちゃおうよ♪」


「そ、それ、違法・・・」


相手がそう言ったが、俺達は問答無用に一人につき一発ずつ腹に拳をお見舞いしてやった。

もちろんはむかってきたが、テュイルはニールに任せて返りうちだ。

抵抗で魔法を使ったってなぁ・・・俺をなんだと思ってる。


「やれやれ~♪」


「ぎゃー!!」


テュイルを抱えて空を飛ぶニールは、楽しそうにくるくる回って応援し、その合間に相手の叫び声がこだまする。

で、メタメタにした後に、縄で10人全員をまとめた俺は、そいつらをルワンに見張らせてテュイルの側に駆け寄った。

地面に下ろされた彼女は、今までよほど怖かったのか、腰を抜かして立てなくなっている。

だから、手を貸してやろうと思ったんだが、その手をはたかれてしまった。


「一人で立てます!」


「テュイル?」


「大事な決勝戦なのに、どうしていらっしゃったのですか!?

早く試合に行ってください!」


これを聞いて、俺はテュイルの強い意志に再度感心したが、ニールが後ろで不満そうな声を上げた。


「なんだよ、それ。

せっかく助けに来てくれたのに、そんなことした言えねーのかよ。

さいってーの女だな」


その瞬間、テュイルがぎゅっとスカートを握ったのがわかった。たぶん、優しい奴だから、自分でも最低だと思ったんだろうな。

俺は、ニールを黙らせてなるべく優しく声で語りかけた。


「心配するな。試合にはコピー体が出ている」


「コピー体だなんて、力が半減してしまうではないですか!

私なんかのために何をしているんですか!

ノアルド家は誰にも負けてはいけないのに!私なんか無視してしまえばいいのに!

それにっ」


パチッ!


俺は、両手で軽くテュイルの頬を叩いた。


「俺は、ノアルド家が大事だ。

だが、家名を護っているわけじゃなく、家族を守りたい。

だから、何があってもお前のことだって守るぞ。

これから、ずっと一緒にいるのだろう」


これを聞いて、テュイルは目を見開いて何も言わない。その代わりに後ろでルワンがひゅ~と口笛を吹いて冗談を言い、ニールが嫌そうな反応をする。


「俺、女に生まれ変わったら、ルシャのお嫁さんになろ~♪」


「うぇ~。お前がぁ?」


俺もそれは願い下げだな。

せっかくまともな話をしているのに、ふざけた話を聞いて変な汗が・・・ん?手に汗?

テュイルの頬に当てていた手が濡れていると思ったら、テュイルがこっちを見ながらぽろぽろと泣いていた。

泣いているってことは、俺が強く頬を叩きすぎたからか?

貴族に殴られたところに響いたか!

俺は謝りながらすぐに魔法で腫れている頬を冷やした。

だが、テュイルは泣きやまずに、ぐだぐだになりながら声を発した。


「わ、私はっ、こ、こうやって、足手まといにしかなって・・・なっていないですっ。

ルシャ様の・・・お、お役に立ちたいのにっ」


涙が滝のように出てくる。とりあえず、言いたいことはわかった。

何も自分が出来なかったと思って悔しいんだろう。


「この状況を耐えたことは、立派なことだ。泣くんじゃない。

わかったな?」


「はいっ、ごめんなさい・・・」


「謝らなければいけないのは、俺の方だ。

巻き込んで悪かった」


テュイルの頭をポンポンと叩いて俺は立ち上がろうとして、よろめいた。

それは立ちくらみではなく、本体の方で異変が起きたからで、コロシアムにいるコピー体が消えかかり、間近で相手のうるさい声がする。


「これで終いだ。ルシャ=ノアルド」


試合に参加していた俺は、剣を腹に刺されて止まっていた。最悪の失態だ。

コピー体はかろうじて意識があり、耐えてはいるが時間の問題である。

俺は急いでルワンに声をかけた。


「ルワン、時間がない。

『あれ』でケリをつける。

呪文を教えろ」


「時間がないって、コントロール出来なかったら、今ここにいる本体も巻き添えくらうんだよ。

わかってるよね?」


「わかっている。でも、今はこれしかない。

やるぞ」


俺は、試合前に二人で考えた大技を繰り出してケリをつけようと考え、腹に刺さっている剣と相手の腕を掴んで、向こうが動けないようにした。

相手は血相を変えて離れようとしたが、絶対に離してやらん。


「やっと、本気で殺れる」


「くそっ、こいつ!!」


今まで、テュイルが人質にとられていたことで思うようには動けなかったが、今はもう違う。

やっとのことで顔をあげて口角をあげてそう言い、俺は足元に黒い魔法陣を一つ展開させて、ルワンの教えてくる呪文を一字一句間違わずにコロシアムで紡いだ。


『血の契約の下、我、深き闇の使者マグニスの開放を望む』


ポタポタと流れる俺の血を魔法陣が吸い込むように見えた途端、黒い光を発して床から闇の侵食が始まった。

オオォォォォ・・・と、男の声のような地響きのような音を発して黒い霧がコロシアムを包み、相手の視界を完全に遮り、酸素さえも徐々に送られなくなる。


『我、愛しき者たちとの永遠の時を望む。

涙は雨に、悲しさは未来を閉ざし。

心の声は天に届き、氷が愛を記憶する』


氷系の最上級魔法を発動し、雨が降り出したと思ったら、雨のあたった場所から氷の侵食は始まり、シールドで守られている観客のスタンドを除いてコロシアムは凍りつき、相手の体は外から中まで氷漬けにされる。

俺は、相手の剣を握っている手を離させて、距離を取ってまた次の呪文を紡ぐ。


『魔を浄化せし至高の光よ、我の糧となるべく無数の刃となりて力を与えん』


光の刃が相手を囲むように出現し、それが刺さると同時に相手の魔力が俺に送られて、次に繰り出される俺の攻撃力が上がる。


『天より裁きの雷が落ちる時、地を這う炎と交え、我の怒りをその身に刻め。

大地を駆ける神風は、我に加護を授けよ』


俺は、火・雷・風を発動させ、これで天空に魔法陣が六つ。

次の言葉と共に炎の中に雷を落とした。


『六属性を束ねる執行者。

我が名、ルシャ=ノアルド』


攻撃を落とした直後、コロシアム内は大爆発を起こして観客席を護っていたシールドにも多少ヒビが入った。

そして、黒い煙が引いたころに、観衆からコロシアムを震わせる程の歓声が上がった。


おぉぉぉぉぉ!!!


「ルシャ=ノアルドは最強だ!」


「最強の魔法使いだ!」


俺が血だらけで、ふらつきながらも腹に刺さっていた剣を引き抜いて上に掲げると、勝手に最強コールとノアルドコールがコロシアムに響き渡った。


勝っ・・・






「!」


試合はいつの間にか終わっていたようで、俺は今自室のベッドの上にいる。

試合後の記憶がないのは、ジュニアの最終戦以来だが、あの時はコロシアムで目を覚ましたはず。

コロシアムを出れば傷が治癒して、必ず目が覚めるはずなのだが、俺はなぜか家にいる。

俺が記憶を手繰り寄せようとした時、横から声がかかった。


「あ、俺が見舞いに来た時に起きてくれるなんて嬉しいね~。

気分はどう?」


そこには、いつも通りのルワンがいて、椅子を持ってきてベッドの横に座った。


「頭が多少痛いが、問題ない。

やはり本体にも影響が出たのか?

試合は勝った・・・よな?」


「ギリギリ勝ったよ。

風の壁で防御してたけど、少し自分の攻撃食らって数秒相手より遅く倒れたって感じ」


「それは、本当にギリギリだな」


「ダサイ勝ち方~」


「かもな」


「嘘だよ。最悪の状態で、あの技を発動させて少しでも立ってたルシャは格好いいよ。

俺はそんな根性ないしな~。

でもあの技は、ちゃんと余裕のある時に使わないと危ないよ。

制御出来てなくて、少し俺達の方にも攻撃が出てたもん。

だから本体にも影響が出て、あの広場で倒れた」


「悪かった。

全員怪我はなかったか?」


「俺がついていたんだから平気だよ~。

誘拐した奴等もしっかり、国に引き渡しましたよナイト様♪」


「ふっ、そうか。

俺を運んだのもお前だろう。

迷惑掛けすぎたな」


俺が少し笑ってそう言うと、ルワンは気にしなくていいと笑顔で返してくる。

お前は本当にいい奴だな。


「と、じゃあテュイルちゃん達やご両親を呼んでくるかな。

皆、すごく心配していたから」


「あぁ。

ちょっと待て」


「え、何?」


ルワンが去ろうとした時、その袖の下から白い包帯が見えて俺は呼びとめていた。どうして両手首に包帯が巻いてあるんだ。


「お前、その怪我はどうした」


「あーこれ?転んだ拍子にちょっと木箱で擦っちゃった。

ずべ~って両手から。ははっ♪

じゃ、安静にね」


こいつは、そんなに間抜けな奴だっただろうか。でも、俺が問う前にルワンは部屋から出て行ってしまった。

入れ替わりにテュイルが入ってきて、すっかり腫れの引いた顔で「よかったです」と泣き、父上はベッドにダイブするように俺に抱きついてきた。

心配してくれるのは嬉しいが、年齢的に恥ずかしい。


何はともあれ、世界王者から降りずにすんだし、テュイルも無事だった。

よかったよかった・・・。


後日、俺はテュイル・ルワンと共に、ニールにもお礼を言いに辺境の地に来ていた。

相変わらず、ルワンは歓迎されない。


「また来たのかよ!帰れ!!」


「いいじゃないかニール♪

ルシャも一緒だぞ~」


「え!!」


俺はいいらしく、嬉しそうにカーテンを開いて出てきた。


「この前は、助かった。

今日は礼をしに来たんだ」


「こ、こんにちは。

この間は、助けてくださり本当にありがとうございました」


テュイルが俺に続いて礼を言うと、ニールがぷいっとそっぽを向くからルワンが無理やり顔を正面に向かせる。

そして、お礼として用意した衣服や食べ物を渡すと、ニールが驚いたようにおずおずと手を出してきた。


「こ、こんなに沢山・・・いいの?」


「それでは足りないくらいだ。この洋服、似合うと思うぞ」


「ありがとう!!」


心底うれしそうにするニールは、年相応に笑い、その笑顔は可愛らしかった。ルワンが溺愛するのもわかる気がする。

それから、俺はニールとテュイルを二人にさせて、ルワンを少し離れたところに呼んだ。


「何なに?」


「その下手に包帯が巻かれている手首を出せ」


ずっと気になっていたのだ。ルワンは転んで怪我する奴じゃないし、魔法で治癒出来ていないのはおかしい。

それに、俺が怪我をさせたかもしれないと思った。


「下手って・・・。

これでも片手で頑張って巻いたんだけどなぁ」


苦笑いをするルワンの腕を取って、包帯を外した。

予感的中で、俺のせいだった。

両手首には、マグニスの紋が刻まれていて出血が収まらないのか、膿んで腫れている。


「あの時、俺のマグニスも暴走したのか」


マグニスとは、先日の試合で使った最後の大技の闇魔法で呼び寄せた冥界の魔物のことだ。

攻撃魔法の他に、制御のきかなかった魔物が暴れて、ルワンがそれを強制的に押しとどめてこの傷を負ったのだろう。

こいつはどうして言わない。


「俺が未熟だったからだ。本当にすまない」


俺はそう言って治癒魔法を発動した。少しでも痛みがマシになるように。


「そんな深刻にならなくていいよ。

定期的に治癒魔法を当てていればいずれ消えるものだし、あの魔法陣を考えたのは半分俺だしさ。

ルシャのせいじゃないよ」


「治るまで包帯は俺が巻くし、治癒魔法もかける。

片手ではやりずらいだろう」


「一人でできるからいいよ?」


「俺が嫌だ」


「そっか。

って、ルシャ包帯巻くの下手だなぁ!はははっ」


「慎重にやっているんだ、静かにしろ」


そういえば、俺は不器用だった。まぁ、許せ。


「ルシャ、今さらだけどさ。

ニールのこと、驚いた?」


「・・・まぁな」と、俺は包帯を巻きながら答える。

それに対して、ルワンは言いずらそうに口を開いた。


「それだけ?

その・・・、俺の家系が汚れているとか思わないの?」


「規律を守らなかったことは罰すべきことだ。

でも、俺にはわからないが、お前たちの親だって想い合っていたのだろう。

それは汚れではないし、お前もニールも何も悪くない。

俺は、そう思う」


俺はお前に会えてよかったと思っているから、むしろ感謝している・・・とは恥ずかしくて言えないが、ルワンはほっとしたように笑った。


「ルシャには、もう一つ話しておこうかな。

なんと、俺にはハーフの兄さんがいて、実は三兄弟の真ん中なのでした~」


こんな軽い調子で言うものだから、てっきり冗談かと思えばそうじゃないらしい。

ルワンは寂しそうに答えた。


「ははっ。悲しいことに、事実だよ。

俺は、運よく魔法貴族との間に生まれたから、こうして安定した生活が出来ている。

でも、ニールはカラスの獣人との間に生まれたから、辺境の地に飛ばされた。

兄さんは、外見が貴族そのものだったから、辺境の地には飛ばされなかったけど、長男なのにドレーク家を継げなかったから家を出るしかなくて・・・今はどこにいるかわからない。

俺達兄弟は、バラバラになっちゃった」


「兄貴は優しかったのか?」


「うん。とっても優しかった。

頭はいいし、運動もできて、礼儀正しいし。

俺なんかよりずっとドレーク家に相応しい人だったよ。

俺は、いつか兄さんを見つけて、また三人で笑えるようにしたいと思ってる」


「そうか。俺にも力になれることがあったら言え。

何でも協力する」


「この話をしたのは、ルシャが初めてだよ。

言ってよかった」


「そうか」


「・・・協力するって言ってくれてありがとう」


「俺がお前に助けられている方が多いだろ。

よし、巻き終わったぞ」


ルワンの夢らしきものを初めて聞いた俺は、偉いなと思った。

今の会話で、少しでもルワンの気持ちが軽くなっていたら嬉しい。

それから俺達は、ニールとテュイルのところに戻ったのだが、意外にも二人は仲良く話していた。


「俺の方がたくさんルシャさんの技知ってるぜ!

こうやるんだ!よっと♪」


「わ、私の方が知ってます!

いつもルシャ様の試合を見ていますもの!

こ、こうやって」


「できねーじゃん!出来なきゃファンなんて言わねーの!」


「で、出来ます!!」



「なんだか妬けちゃうな~」


二人の様子を見ていたルワンがポツリと呟いた。

義弟が自分以外の野郎を自慢しているのがそんなに嫌なのかコイツは。

それとも何か?テュイルとニールが仲良くしているのが嫌なのか?


でも、どっちも違った。


「ルシャのことを一番知っているのは、この俺だー!!」


こっちかー!


こうしてまた俺は、残り短い日常に戻っていくのだった。

この約二年後―


魔本が姿を現すことも知らず。

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