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還る場所―Silver Sorcere外伝―  作者: 土方あしこし
13/24

其の者、我を最強と称す者

『テュイリール=リアスを返してほしくば、試合を辞退しろ』


「ふざけるなっ」


俺はあのカーテンを見てから、すぐに屋敷を飛び出していた。

どうしてこんなことにテュイルを巻き込む!と頭に血が上りまくり、ズカズカと石の道を進んでいく。

ここはすでにコロシアム内。

すれ違いざまに全員が俺の方をビクビクと見てくるがそんなこと今は関係ない。

対戦相手はどこだ!!

こんなことをするのは、対戦相手しかいないだろうと思う。第三者がやっても何の意味もないことだ。


・・・いや、俺を恨んでいる誰かの仕業か?


・・・


怒鳴り込んで勘違いだったら?


・・・


迷うな俺!

テュイルが危ない目に遭っているかもしれないのに、悠長に考えている暇なんてないんだぞ。

今すぐに犯人をひっつかまえて居場所を吐かせなければ、とてもじゃないが試合に集中など出来ない。

今は対戦相手しか目ぼしい人物がいないじゃないか

ただ、あのカーテンの赤い字が、血ではなかっただけよかったと思う。あれはただの赤いペンキだった。

怪我をしてなければいいんだが。


決勝戦の相手は、辺境の地に住む貴族と平民のハーフ。

俺が武術世界大会に参加する前までは、2年連続で優勝を手にしていた男だ。

そんな男がこんな卑怯な手を使うなんてな。プライドも何もないのかっ。


バンッッ!!


対戦相手の控え室に辿り着いた俺は、勢いよく部屋の扉を開けて、部屋の中を見渡した。

やはりテュイルの姿はない。

だが、対戦相手はすぐに見つかった。奴ときたら普通に椅子に座ってくつろいでいるじゃないか。更に頭に血が上った。


「貴様、テュイルをどこへやった」


俺が来たことに対し、余裕の表情を浮かべていた奴だったが、今の台詞と同時に胸倉を掴んで立たせると、ビビッたような表情に変わった。


「はっ。何のことだ?」


「白を切る気か。

もう一度だけ聞く。テュイルをどこへやった」


ビビッてるくせに隠そうとするんじゃねーよ。

そして、俺の欲しかった答えが返ってきたのは、後ろからだった。


「辺境の地にいるみたいだよ」


聞きなれたこの声に、俺は相手の胸倉を離して後ろに振り返った。


「ルワン」


何でお前がここにいて、そのことを知っている。

決して犯人と疑っているわけじゃない。なぜ、テュイルの連れ去られたことをコイツが知っているんだという疑問が浮かんだ。

そして、それが顔に出ていたらしい。


「今さっき、リシュちゃんから聞いたんだよ。

それでさ、俺、ちょっとばかし顔広いから、不穏な噂聞いちゃった。

今朝、ウェストルダムの首都『ホーマンス』入り口あたりで、黒髪の男が13・4歳くらいの魔法貴族の女の子を担いでいたって」


控え室の扉に寄りかかり、ジトッとした視線をルワンが対戦相手にぶつける。

すると、奴は忌々しそうな表情をすると、すぐに視線をそらした。


「あんたが指示したんだな。まったくもって卑劣」


ため息をつくルワン。場所がわかったなら早く助けに行ってやらなければ。

辺境の地は治安が悪いし、闇市場になんて売られたら・・・。

俺は、さっさと辺境の地に向かおうと、ルワンの横を通って石の引きつめられた廊下に出たのだが、腕を掴まれて止まる。


「なんだ」


「『なんだ』じゃないよ!今から行く気!?

試合を辞退するのか?」


信じられないといった顔をされ、俺は一度首を振った。

試合開始まであと30分もないし、辺境の地に行くまでに一時間はかかるが、辞退はしない。


「辞退などしてやるものか。

俺が出場しなければ、テュイルが己のせいだと思い込むだろうし、なによりノアルド家の名がかかっている。

試合にはコピー体で出る」


「コピー体だと!?」


これには対戦相手が食って掛かってきた。ルワンですらも眉間に皺を寄せている。


「ルシャ、それはいくらなんでも無茶だって。

コピー体は本体の半分の力しか発揮できないんだよ?

もっと冷静になってさ・・・」


「俺はいたって冷静だ」


「テメェ、俺を舐めてんのか!」


この対戦相手からの言葉で何かが、プツっと切れた気がした。

どっちが舐めているだって?

なんか、こう・・・ふっ、笑いがこみ上げてくる。


「っは・・・はははは!!」


俺が高々と笑うものだから、ここにいる全員が天地がひっくり返ったかのように驚いた顔をして一歩さがる。

ルワンなんて大きく口をぽかんと開けて青ざめているじゃないか。

人はキレると笑えるらしい。

が、笑いをぴたっと収めてからこう言い放ってやった。

もちろん、睨み付きで。


「人質をとるような奴には、半分の力で十分だ。

相手にならん」


そして、腕を掴まれていたルワンの手を剥がし、コロシアムの出口まで向かう。


「ル、ル、ルシャ」


「なんだ。まだ止める気か」


「まぁ、その・・・テュイルちゃんなら俺が連れて帰ってくるから、ちゃんと出場しよう?

もしくは、本体が出場してコピーが俺と探しにいくとかして」


「却下だ」


後ろからすぐに追いついてきたルワンが、らしくなく、しどろもどろしながら俺を説得しようとするが、俺は聞くだけ聞いてその提案を受け付けなかった。

ルワンの言うことは正しいと思うが、俺のせいでテュイルは連れて行かれたんだ。俺が行ってやらないでどうする。

きっと泣いているに違いない。暴力を振るわれているかもしれない。

そんな状況を想像しながら黙々と歩き続けていると、突然ルワンが俺を追い越して目の前に飛び出してきた。


「ルシャ。

ニールのところに行こう」




『辺境の地』

そこは、この世界の規律である『純血』を犯す者、すなわちハーフが住まう土地だ。

ウェストルダムとサウジグの境界線上に位置したその小さな街は、治安が悪く、土地環境もあまりよろしくない。

闇市場が存在し、魔法貴族の目やら髪やらが高く売っていたりする。

貴族がここに迷い込めば、身包み全て剥ぎ取られ、殺される可能性大だ。

そんな危険区域にテュイルはいる。

そして、ルワンの言った『ニール』という奴もここに住んでいるらしいし・・・


自分も、ローブを深く被ってそこに立っている。


「家・・・なのか、これが?」


俺達貴族が、辺境の地にくることなど万に一つもなく、初めてこの地の現状を目の当たりにした。

ノアルド亭のような白い煉瓦の家じゃない。

平民の住んでいるような、小さな木製の家でもない。

まず、ドアが布を上から吊り下げているだけの物だし、壁が・・・板かこれは?屋根も同じ板が乗っかっているだけだ。

泥が跳ねて、なんだかまだら模様になっている。


「あんまり物珍しそうに見ちゃダメだよ。

髪色と瞳の色をわざわざばらばらの色にしたのに、貴族だってバレちゃうからね。

三つ編みが切られるの嫌でしょう?」


「嫌だな」


俺はそう言いながら、堂々と歩くルワンの後ろを歩いて行く。

『ニール』とは、この辺境の地を案内してくれる人物らしい。

魔法でテュイルの位置を探ることはできるが、この土地は、複雑な道が多いみたいで、道案内が必要なんだそうだ。

ルワンは、顔が広すぎる。いや、助かるんだが、まさかハーフにも顔見知りがいるとは。


「ここがニールの家だよ」


「ほぉ・・・」


どの家も同じ板でわからん。

俺が周りとこの家を見比べていると、ルワンの板(壁か?)を叩いたノックによって、ドアの代わりと思われる赤い布が上がり、中から12歳くらいの子供が用心深そうに顔をのぞかせた。


「何?」


「ニール!お義兄ちゃんだよー♪」


「!?帰れ!!」


バサッ!




・・・おぃ、まてまてまて。

こいつ今、『お義兄ちゃん』とか言ったか?


「ちょちょ、待って!今日は、お願いがあるんだよ!

それに、会うのは久しぶりだろう!」


必死に閉じられた布を引っ張るルワン。


「お前のお願いなんか知るか!帰れ!!

こっちは会いたくもねーんだよ!」


同じく、内側から布をひっぱっている・・・義弟?まだ声変わりしていないのか、声が高い。

時間の無駄だな。


「なぁ、おい。

力を貸してほしいのは俺なんだ」


壁らしき板の真ん中に、窓らしき四角い枠があったので、そこからひょっこり顔を覗かせると、それはもう壮大に子供は驚いて、ひっぱっていた布を離した。


「わっ!な、なんだお前!

デカッ!!」


デカって・・・。まぁ、身長があるのは認めるが。


「ニール~♪また大きくなって~♪」


「ぎゃー!

気持ちわりーな!触んな!!」


布が開いたことによって、雪崩れ込んだルワンにつかまる義弟。

その義弟をよく観察してみると、瞳は獣人の象徴である赤いもので、背中からは黒いフサフサした羽。肌は浅黒い。

問題は、髪色だ。

それを見て、この子供をルワンが義弟だといった意味がわかった。

俺たちと同じ、銀髪だ。

俺が不思議そうな表情をして観察していると、ルワンが改めて紹介しだした。

義弟をつかまえたまま。


「この子、ニール=ドレーク。

俺の義弟だよ。異母兄弟で・・・この子の母親は、カラスの獣人なんだ。

羽、かわいいだろう?」


「・・・あぁ・・・」


これは、前代未聞だ。魔法貴族からハーフが生まれているなんて。

動揺しすぎて『あぁ』しか言えなかった。

いや、いつもこんな反応か。


「誰がお前の義弟だよ。お前なんか消えてなくなれ!

てゆーか、そこのデカイのもどうせコイツと同じ貴族だろ!さっさと、どっかいけ!!」


「ニールっ!俺は悲しい!

こんなに愛してるのに!」


「な、泣くな!気持ち悪りぃ!」


今まで虐げられてきたせいなのか、ニールはトゲトゲしい物言いしかしない。

そして、いつにもましてルワンのテンションが高い。


「しょうがない・・・。

ルシャ!!帰ろうか」


「おぃ、テュイルは・・・」


やけに自分の名前を強調されたのは気のせいだろうか。とりあえず、窓らしき所から身を乗り出してみると、義弟に指を差された。


「ルシャって?

あ、あんた、ルシャ、ノアルド!?

あの無茶苦茶強い、世界王者の?

そーなの!?」


「・・・まぁ・・・」


ルワンに似て、こいつもテンション高いところがあるじゃないか。

驚いて『まぁ』しか言えなか・・・いや、これもいつもと同じ反応か。


「黒い髪だからわからなかったけど、あんた、最強だよ!

間違いなく、今までのチャンピオンと違う!」


うわぁ~とか言いながら、戦い方が鮮やかだとか、一太刀の威力がすごいとか、試合前に客席を睨みつけるのがサイコー!だとか怒涛の勢いで語りだした義弟なのだが、今はそれを聞いている場合じゃない。(というか、睨んでるつもりはない)

その隣で「なんで俺は世界二位に入っているのに、憧れの対象に入らないんだー」と呟いているルワンにつっこみをいれている場合でもない。

簡潔に、手伝いを頼まなければ。


「ニール、今時間がないんだ」


「あ!そうだよね!今日、試合だから!

あれ?なぁ、ここにいていいの?

もうすぐ始まっちゃうよ?」


「いや、試合には一応、コピー体が出る」


「え!?なんでなんで?

あ!半減した力でも倒せちゃうぞ的な?カッコいい!」


「いや、少し違うというか」


「え?どういうこと??」


「俺が説明するよ、ルシャ!

時間ないんでしょ!?」


「あぁ、すまない」


結局、ルワンに頼りきりか俺は。

それから俺は、少し待つように言われ、家の前で仁王立ちして中の話を黙ってうかがっていた。

辺境の地へは、ルワンの魔法で(魔法使いは、自身の訪れた事のある土地にしか魔法で移動することが出来ない)移動できたから、これまでに15分ほどしかかかっておらず、試合まであとちょうど15分。

ルワンは、1分もしないうちに簡潔に説明をしてくれたようだ。

ニールも、俺に協力する意思を見せてくれているようだし、何より、テュイルが担ぎ込まれたという噂を耳にしていたらしく、場所がだいたいわかるらしい。

よかった・・・。

だがそんな時、中が修羅場と化したため、俺はちらっと中をのぞいた。


「ニール、『あの人』は?」


ルワンが、部屋の中を見回しながら尋ねると、ニールはぷいっと横を向いて、抱きつかれた拍子にできた服のしわを正した。


「知るかよ。最近ここで見てない。

どっか男のところにでもいるんじゃねーの」


「帰ってないのか。

食事は?ちゃんとしてる?」


「うるさいな!わざと心配そうな顔すんなよ!!

俺が餓死しようがお前に関係ないだろ!」


つまり、食べていないようだ。


「ニール、靴を・・・ガラスの破片で足を切る。

サイズを合わせて、持ってきたよ」


カーテン代わりとなっている布の隙間から、改めて部屋を見回してみると、床には緑や透明なガラスの破片が散らばっていた。

その破片の中には、ラベルらしきものがついている物もある。メーカー名を見る限り、酒のようだ。

ニールが飲んでいるようには見えないし・・・親か?

『あの人』というのも、親を指しているんだろうか。

ニールの足も傷だらけだ。


「触るな!情けなんかいらない!!」


ルワンが靴を履かせようとすると、ニールは部屋の隅っこまでいって威嚇するように睨みつけていた。

相当に仲が悪いな、この二人。

だが、ルワンは諦めないで、魔法で無理やり靴を履かせた。


「これから寒くなるし、はきなさい。

これも、食べて。パンを持ってきたから、余ったらまたとっておくといいよ」


今度は、魔法でパンのたくさん入った綺麗な布の袋を出し、寝床であろう毛布の上に静かに置いた。

それと同じ布が部屋の中には結構たくさんあった。

寝床の床一面にひいてあったり、服が入っているであろう棚にかけられてあったり、板と板の隙間から風が入らないよう、その間にはさんであったり。

今、俺が覗いているカーテンも然り。再利用できるように、気を配っているようだ。


「薄汚い金持ちの食べ物なんかいらない!!」


お腹がすいているだろうに、一生懸命首を横に振るニール。

別に、このやり取りは5分もしてないし、時間がなくなってきたわけでもない。

だが、ルワン・・・お前もそんな顔をするのかと。

こいつの悔しそうな、悲しそうな表情を見るのは初めてだった。

だから、つい出しゃばってしまったんだ、俺は。


「俺を手伝う為の報酬としてそのパンを受け取るのはどうだ?」






「お前が義弟の為に用意したパンだったのに、利用して悪かったな。

ああでもしないと食わなそうだったから」


出かける準備をすると言ったニールに部屋から追い出されたルワンと並んで、板に寄り掛かる俺。

ルワンは、いつもの笑顔で返してきた。


「いいんだ。ありがとう。

いつも受け取っていたのは、ニールの母親で、ニール自身が受け取ってくれたのは、これが初めてなんだ。

あんなにお腹をすかせているのに、いつも突き返されて・・・だから助かったよ。本当に」


そう言いながら、二人でちらっと布の隙間から中を覗くと、ニールがぽろぽろ泣きながらパンを食べていた。


「腹が減っては、戦は出来ぬ。だな」


「それ、今言うことかなぁ」


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