其の者、愛を誓う者
【ルシャ18歳上=其の者、愛を誓う者=】
「『こんな長ったらしい呪文覚えられるか』って顔だね」
「そんなことは・・・」
ある。
魔法学校の寮にて、ルワンと俺はテーブルの上に敷かれた紙を睨み付けていた。
正確に言うと、その紙にびっしり書かれた様々な魔法陣をだ。
俺たちは、今まさに必殺技を考え出そうとしている。
「やっぱりさ、これくらいやらないと目立たないよ!
連続して世界王者になるならこう、ドバーンと!魔法陣を六個くらい」
「人事だと思って、こんな複雑な魔方陣を作るな。
呪文だって、六個分も覚えられない・・・。
決勝は来週だぞ」
そう決戦は来週の今日。去年負かした元世界王者と頂上決戦を争うのだ。
ついでに、去年はルワンも世界武術大会で二位をとるという快挙を成し遂げたが、今年は準決勝で元世界王者に負け、俺の応援に回っているというわけだ。
ルワンは、紙に新たな魔法陣を書きながら、ちらっと俺のほうを見た。
「ルシャ、暗記に時間かかるもんね」
悪かったな、どうせ頭の回転は遅いさ。
俺はお前と違って一つの呪文を覚えるだけで一週間かかるんだよ。
「あ、もう時間じゃない?」
ルワンが椅子から立ち上がり、壁にかけてある時計を指差した。
針は午前の9時半を指している。
「もうそんなか」
実は、大会一週間前になると学生出場者は鍛錬のために学校から休みをもらえるのだ。
だから俺は、10時からの授業が始まる前に寮をでなければならないため、椅子から立ち上がった。
「はい。カバン諸々と魔法陣の紙ね!
ちゃんと六つ覚えるよーに♪」
ルワンが俺の用意していたカバン二つと机に敷いてあった紙を押し付けてきた。
「はぁ・・・。
努力はするが、期待するな」
ため息をついてから嫌そうに紙を受け取る俺。すると、ルワンがにんまりと笑って肩を叩いてきた。
「期待してるよ。
なにせ、今年から武術大会のダブルスに一緒に出るんだからね!」
「は?
いつどこで俺がお前とダブルスに出場すると言った」
ダブルスは、その名のとおりペアで勝ち抜いていく武術世界大会だ。たしか、控えている試合のさらに一週間後から予選が始まるはず。
「え?言ってないよ。
でも、登録しちゃったからさ!よろしく相棒~♪」
「当たり前かのように話を進めるなお前は。
相談くらいしろ」
「いやぁ、このところルシャは忙しそうだったから、一人で決めてあげようと思って」
「どんな気遣いだ。まぁ、出場はする」
「そうこなくっちゃね!!
ルシャと一緒なら優勝確実だ。ふふふ。あの景品は誰にも渡さない!」
景品目当てかよ・・・俺は、あきれながら実家へと帰った。
で、実家に着いたのはいいが、家に入るとなぜか母上や妹達が普段以上に綺麗に着飾っていて、父上はなぜかそわそわしていた。
「何事です」
部屋に荷物を置きながら母上に尋ねてみた。
しかし、まずいことを聞いたらしく、母上の顔が険しくなった。
「ルシャ、あなた・・・まさか今日の約束を覚えていないの?」
約束、やくそく・・・YAKUSOKU?
何かあったか?
誰かの誕生日じゃないし、出かける約束をした覚えもない。
俺が黙して考えをめぐらせていると、部屋のドアからひょっこりリシュが現れ、意味不明なことを口走った。
「お兄様、そんなんじゃふられちゃいますよ!」
「誰にだ?」
「本当に覚えていないのね!!」
「す、すみません」
怒った母上は、それはもう、凄まじく怖い。だが、素直に謝ると、ため息をつかれてから答えてくれた。
「あなたの婚約者、リアス家のお嬢さんが今日から一週間うちにお泊りになるのよ」
「・・・あぁ」
「『あぁ』じゃないでしょう!?
早く制服から着替えなさい!もういらっしゃる時間なのだから!」
「はい。すみません」
俺はすっかり忘れていたのだが、今日から一週間ほど、婚約者である『テュイリール=リアス』がウェストルダムにある俺の実家に泊まりにくることになっているのだった。
婚約をすれば、向こうの方がこちらに嫁がなければならない。この一週間は、環境になれるための予行練習として設けられた。
リアス家は、一年中冬のイースティックに家があるから、年がら年中暑いウェストルダムに慣れるのは大変だろうな。
あの子華奢だし、卒倒するかもしれん・・・怖いな。
その婚約者が到着したのは、それから10分後だった。馬車が家の前に着き、その中から一人の少女が出てくる。
手には大きなスーツケースを持ち、服装は軽装にしたようだが、イースティックのもののようでここでは暑そうに見える。
俺たちは実に6年ぶりの再会となるのだが、少女は6年前と同じように髪を後ろで一つのお団子にしていて、俺は『背が格段に伸びたなぁ』という印象しかうけなかった。
彼女は、最初に父上と母上に挨拶をした。
「この度はノアルド気のお屋敷にお招きいただき誠にありがとうございます。
ご好意に甘えさせていただきまして、リアス家長女のテュイリール、参りました」
「そんな堅苦しい挨拶は不要ですよ。テュイリール嬢。
イースティックからの遠征でお疲れでしょう?どうぞ中へ。
レーシェ、まずお部屋へ案内して差し上げなさい」
「はいお父様。テュイリール様、どうぞこちらです」
皆、ニコニコして彼女に接し、テュイリールの緊張した顔がほぐれた・・・ように見えたのだが、俺と目が合うと一瞬にして固まってしまった。
そんなに怖いか、俺が。
「久しいな」
そう声をかけただけなのに、彼女は驚いて手にしていたカバンを壮大に落とした。
「申し訳ありません!私っ、あのっ・・・」
カバンを落としたことで取り乱したテュイリールは、顔を真っ赤にしてその場で震えだした。無理もないか。この子はまだ14歳の少女なのだから。
俺はそう思いながら、床に落ちたカバンを拾ってやり、彼女がさらに慌て始めた。
「ル、ルシャ様!申し訳ありません!
お手を煩わせるなど!あの!」
顔をさらに真っ赤にさせておろおろしている・・・おもしろいな。って、可哀想か。
「かまわない。
レーシェ、部屋はどっちだ?俺も一緒にいく」
俺は、彼女のカバンを持ったままレーシェの指差した部屋へと歩いていき、その後ろをレーシェとテュイリールがついて歩いた。
部屋についてから俺は自室にさっさと戻り、レーシェだけがテュイリールの相手をしていた。
「レーシェ様。先程は、見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」
荷物を整理しながら、ぽつりとつぶやいたテュイリールは、レーシェから見てひどくしょげているように見える。
だから、安心させるように笑って答えた。
「いいえ。大丈夫ですよ」
しかし、沈黙が訪れてしまった。なぜかテュイリールは、さらに表情を曇らせて作業の手を止めている。レーシェはその思いつめた表情に、ある感情を察した。
「お兄様も、気にするような方ではありませんわ」
「!よかった・・・」
途端に笑顔になり、頬をピンク色に染める。
レーシェの勘は当たった。あとは、恋愛に疎い兄を心配するだけだ・・・。
テュイリールがうちに来てから二日たった頃から俺は異変をかんじていた。
気のせいだろうか。
テュイリールは、俺のいないところだとてきぱきとした行動をとっているように見える。
そしてひとたび目が合えば固まられる。
たぶん気のせいじゃないな。
「俺を怖がっているのだろうな」
6年前は自然と笑いかけてくれたから、少し寂しい気もする。
今の彼女は、俺が話しかけると必ず縮こまり、顔を赤くする。だが、花を買ってきてやるとすごく喜んだりする。
二日間でわかったのは、花が好きなことだけだ。(大いなる勘違い)
「女はよくわからない・・・」
そうつぶやきながら夜の廊下を歩いている俺。すると、廊下の先に今まさに考えていたテュイリールが立っていた。どうやら、窓から月を眺めているらしい。
彼女のいる方には用がないのだが無視するのもよくない気がする。俺は進路を変更してテュイリールの側へ歩いていった。
「眠れないのか?」
「!!
ル、ルシャ様!!
どうなさったのですか!?」
「いや、どうもしないが」
そういえば彼女、6年前も俺の質問に答えなかったな。根本はかわらないか。
「・・・」
って、沈黙はだめだろ。俺の答えがまずかったか。
「あー、この屋敷の中はもう全部見たか?」
「い、いいえ。まだ全部は拝見しておりません」
『そうか・・・』じゃだめだな。会話が終わる。
「眠れないなら、今案内するぞ?」
「よいのですか!?」
途端に彼女はうれしそうに笑った。
何がそんなに楽しいのかわからないが、緊張が解けたということで良しとしよう。
「どこを見ていない?
父上たちの寝室以外ならどこでも連れて行く」
そう言うと、テュイリールは「明日、あそこにはレーシェ様に連れて行っていただくし・・・」とつぶやき、しばしの沈黙後、恥ずかしそうに二つの場所を挙げた。
「あの、ご迷惑でなければルシャ様のいつも訓練なさる場所とルシャ様のお部屋を見てみたいです」
なぜ二つとも俺関連なんだ。しかも、部屋なんて目ぼしいものは刀しかおいていないのに。
「闘技場に連れて行くのはいいが、部屋は何もおもしろくないぞ」
「ルシャ様のお部屋には、刀がたくさん飾られているとお聞きしました。
刀のことをいろいろと教えていただきたいのです」
あぁ、この子は俺に話を合わせようとしてくれているのか。気の利く子だ。
「じゃあ、俺の部屋から行くか。闘技場は、テュイリールの部屋に近いから、部屋に戻る時に寄ろう」
「はい!あ、あと・・・わたくしのことは『テュイル』と呼んでくださってかまいません。
『テュイリール』では、呼びにくいですもの」
「そうか。『テュイル』・・・だな」
「はぃ」
俺が繰り返して名前をつぶやくと、テュイルは顔を赤くしてふいてしまった。
また何か怖がることをしたか俺は?
まぁ、そのうち慣れてくれるだろう。慣れてくれ。
それから俺たちは、ぎこちない会話をしながら俺の部屋へ到着し、中に入って明かりをつけた。
すると、彼女は壁に飾られた刀を見て瞳を輝かせはじめた。
「わぁ!すごい綺麗です!柄や鞘はこんなに装飾品が付いているものなのですね」
「これは、昨年優勝した時にもらったものだ。装飾品が付きすぎて使えない」
「そうなのですか。
あ!これはルシャ様がいつも大会でご使用なさっている刀ですね?」
壁に飾ってある中で、最も装飾品の付いていない蒼い鞘の刀を彼女が指差し、うれしそうに眺めている。「よく知っているな」と言うと、彼女は「ルシャ様の試合は欠かさず見物していますもの」と、これまた嬉しそうに話した。
刀を見終わると、テュイルは本棚の方に目をやり、どんな本が置いてあるのか物色しはじめ、分厚い本を取り出しては関心していた。
「いつもこのような難しい本をお読みになるのですね」
申し訳ないが、見せ掛けだけの本で読んだことなど一度も無い・・・が、黙っておく。
そして、部屋を一通り見終わりそうになった時、俺はテュイルに言っておくべきことを思い出して、キョトンとしている彼女を一度椅子に座らせた。
「その・・・。
生活環境が変わって、最初は体調管理がうまくできないかもしれない。
少しでも気分がすぐれなくなったら、すぐ俺に言うといい。無理はしないでくれ。
足りないものもすぐに揃えるし、不自由はさせない。
だから、あまり不安がるな」
怖い俺にそんなこと言われても説得力がないのだろうが、いつまでも緊張していてほしくなかった。女の扱い方はよくわからないが、大切にしてやりたいとは思うから。
だが、テュイルは直後に泣いた。
「!?どうした」
「すみま、せん。
ぅ、ルシャ様が、初めてお会いした頃からお変わりないのが嬉しくて・・・」
それはいいことなのか?
成長していないという風にもとれると思うのだが。
「まぁ・・・怖くて泣いているのではないならいいんだ。
謝らなくていい。
だが、俺は12歳のころから変わっていないか?」
「はい。お優しくて、強くて・・・す、す、素敵ですっ」
「・・・そう、か」
恥ずかしそうに言われて、どう反応したらいいのかわからない。俺なんかに素敵なんて言葉つかうものじゃないぞ。
「私、ルシャ様が婚約者で本当によかったです。
ルシャ様のお力になるのなら、なんでも出来る気がします」
涙を手の甲で拭って、ぐっとこぶしを握りながら頼もしいことを言ってくれる。だが、何かをしてもらおうなんて少しも考えていない。
「傍で元気にしていればそれでいい」
「ルシャ様がそれでお元気でいられるなら、そうします」
テュイルが面と向かって俺に笑顔を見せ、俺は一つ頷いてそれに応える。
あ、そういえば、もう一つ気になることがあった。
「この国の服はもう持っているのか?
その服装では暑いだろう」
テュイルは今日もイースティックの服装で、膝下まであるスカートを履いていた。ウェストルダムは気温の高い国の為、膝上スカートが主流になっている。膝下のスカートを履くのは、結婚した女性だけとなっているのだ。
「持っているのですが、これはお気に入りの服なのです。
ルシャ様はやはり短いスカートの方がお好きですか?」
「いや、似合っているからいいんじゃないか?
あまり女に興味がないから、なんとも言えないが」
うーん・・・といいながら首を傾げると、なぜかテュイルが小さく笑った。
「では、浮気の心配はないですね」
「俺は、大勢を相手にするほど器用じゃない。一対一が限度だ」
結構本気で言ったのだが、彼女はそれを聞くとまた笑い、とても楽しそうにしていた。
この晩からテュイルとは随分親しくなれた。そして、一週間後に控えている大会当日、コロシアムまで一緒に行くことを約束した。
一週間後
「リシュ、テュイルを知らないか?」
大会当日、俺が支度を整えてから彼女の部屋を訪れるとそこに姿がなかった。
そして、廊下を歩いてきた妹に問うと「え?見ていません」と言って彼女の部屋の奥の方まで入り、キョロキョロ中を見渡す。
そして、しばらくすると奥から悲鳴じみたリシュの声が聞こえた。
「お兄様!!」
「どうした!」
テュイルが倒れてたのか!?
急いで部屋の奥へ行くと、リシュがぽつんと立って、前方のカーテン指差していた。
『テュイリール=リアスを返してほしくば、試合を辞退しろ』
白いカーテンには、赤い文字でそう記されていた。




