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武術世界大会が行われるコロシアムは、どの国の出場者にも平等な環境で戦い合う為に4つの国内には立っておらず、魔法学校の敷地内に立っている。
学校が建てられている島は、教員達や生徒が住んでいるため街も作られ、一つの国と化していた。
そして、他の国とは海と隔てたところに位置しており、巨大な魔法の扉が他国へ渡る唯一の通路となっている。
赤茶髪の少年はその魔法の扉を通り、ノーザンにやってきていた。
腰に下げた絹の布を翻して首都セオドルの路地裏に入り、指示された場所へと向かう。
そして、路地裏の行き止まりにある白い扉の前で立ち止まり、深く息を吐いてから気を引き締め、指示をした相手を待った。
カツン・・・
待ち時間ほんの数十秒、高価そうな黒いブーツを鳴らして目的の人物が現れた。
暗い路地裏の行き止まりとは反対側を向くと、日の光が差し、その人物の顔が逆光ではっきり見えない。
本来は金髪に青い軍服を着ているのだが、今は日の光の所為で全てが真っ黒だ。
赤茶髪の少年・・・アダムはゴクッと喉をならした。
「お前にはルシャ=ノアルドの剣技の型だけを記憶すればいいと言ったはずだぞ」
向き合っている人物が言葉を発するごとに、アダムの体は微かに震えた。ネコに追い詰められたネズミのようだ。
「申し訳ありません」
震えを押し殺したような声で言葉を口にしたが、動揺を隠しきれていない。
その態度が気に入らなかったのか、相手は一層不機嫌な空気をまとい、「謝ればなんでも済むと思っているのか」と言いながらアダムに近づいてきた。
対するアダムは一歩も動けないでいる。
「闇魔法や最上級魔法は体力の消耗が激しく、修行工程が遅れるため5分以上使うなと言ったはずだが?この耳は飾りかっ」
語尾を荒げて少年の耳を片方掴み上げた。
掴まれたほうは顔を歪ませ、苦痛な声をあげる。
「っ、以後このようなことは致しません」
「次から次へとチャンスがあると思うな。
『以後』などないと思い行動しろ。
で、剣技はものにしたのだろうな」
そういうと、耳を掴んでいた手を離し、腰の後ろに回してあった小さなカバンを前に回した。
「はい。すぐにでも実践できます」
アダムは掴まれたせいで乱れた髪を直さずに答えた。
「では、これから一人でこの山へ向かえ。
黒守岩を切り出してこい」
カバンから取り出された地図を渡され、目印の山の位置を把握した。
ここからさほど遠くない。
「アースさんは、城に戻られるのですか」
なんとなく聞いただけなのだが、また相手を不機嫌にさせてしまった。
「そんなことを聞いてどうする。
言っておくが、あの山の奥地から、黒守岩を切り出して無事に帰ってこられた者は、今のところ確認されていない。
こちらはお前が失敗して帰ってこずとも新しい者を探し出せばよいが、お前がいなければあの魔法貴族の子供の将来は保障できなくなることを忘れるな。
心してかかれ」
結局のところ、アダムを失うのは惜しいようだ。
相手は、アダムに山での必需品が入っているカバンとローブを手渡すと、白い扉を開き、光に包まれて消えてしまった。
その場に取り残されたアダムは、受け取ったそのカバンを強く握り締めてから、ローブを羽織って路地裏を後にした。
「師匠との約束を果たすためにも、イヴンだけは絶対に俺が守る」




