「飛翔」
果たして、谷は眼の前に在った。
否、谷ではなく塔。
黒だかりの森を突き刺すように、摂理に反した重力の逆行を非道く陳腐に誇張する。
原生的な直感が、孤狼を一番高い塔へと向かわせた。
「銀狼は待っている。必ず──」
蒼白の悲愴感が、いつしか恍惚の期待感に変わっていた。
紅蓮の焔が舞い散りながら眼光を縁取る。
頂きに到達すると、月光シャワーを浴びた銀狼のシルエット。
「ウム。よく分かったな──」
「一番高い塔の眼下には断崖が拡がっている」
銀狼が眼を細める。
「見よ。屑星で敷き詰めたまやかしの絨毯を」
切迫した黒だかりの鬱積が渦巻く欲望で発光していた。
「実に禍禍しい──」
銀狼はそう呟くと、月を仰いだ。
「黒だかりの森は虚に満ちている──」
「──そうだな。そうかも知れないな」
銀狼の傍らで孤狼が呟く。
「我らは虚の餌食ではない。逆に喰ろうてやるのだ」
「それが虚を食むと云うことなのか──?」
銀狼は孤狼を見遣る共なしに哀憐を注いだ。
「──可哀想な輩だ」
そう云うと、断崖の淵に立った。
孤狼が眼を瞠る。
次の瞬間、銀狼の背中から銀色の翼が生えた。
そして、透明なレールを滑るように天空を舞う。
「お前は一体…… 何者なんだ──?」
「何者でもない。虚を食み、孤を抱く者──」
「──」
「飛翔せよ。虚を食むとはそう云うこと──」
「──」
「虚を食めば孤を抱ける──」
微かな周波数が途絶えると、銀狼の姿が蒼白い月に呑み込まれた。
孤狼の遠吠えが慟哭のように響き渡る──。
そして、慟哭の余韻醒めやらぬ中、孤狼の躰が暗闇に浮かんだ。
孤を抱いた魂の器は、やがて、血に飢えた翅の糧となる──。




