「銀狼」
眠らない街の下卑た電飾が黒だかりの森の欲望をくすぐる。
雑踏と喧噪──。
固く閉ざされたアスファルトから狂った周波数が伝わる。
真っ赤に錆び付いたナイフの風を満身に浴びながら彷徨う。
雑踏と喧噪の隙間から他を威圧する異質な周波数。
はたと面を上げると白銀の狼。
前脚を一本欠いた銀狼が黒だかりの森に紛れ、息を潜めていた。
周囲を見渡したが、黒だかりの森はこの状況が呑めていない。
黒だかりの森は毒々しい発光体にしか反応を示さない。
ひとり歩を停め、銀狼に視線を固定した。
向こうもこちらに気付いたようだ。
銀色の牙を覗かせ、鈍色の眼光を投げて来た。
「──我が見えるのか?」
銀狼は直接頭蓋に響く周波数を発した。
「お前は──?」
発声せず問う。
「──無礼な。お前にお前呼ばわりされる覚えはない」
「一体、何をしているんだ──?」
「──知れたこと。追っているのだ」
「何を──?」
「──黙れ。お前と同じものに決まっておろうが」
銀狼が何かを察知した。
「──来た。獲物だ。捉らえて糧とせよ」
露骨に肌を露出した女が肢体をくねらせ歩いていた。
怪訝な表情を浮かべたまま立ち尽くす。
「だらしない。退いておれ──」
頭蓋に響いた瞬間、地を這う体勢から宙を舞った。
鋭利な爪が女の躰の自由を縛った。
金属質な女の悲鳴。腹の底に滲みる咆哮。
銀色の牙が喉笛を掻き抉り、白い乳房を薙ぎ貫く。
深紅の海が漆黒のアスファルトに拡がる。
肉を食む音と骨を砕く音とが鼓膜を呪縛する。
為す術もなく呆然と立ち尽くす。
銀狼が眼光を向ける。
うっすらと慈悲の光すら見える。
「──どうした? まるで乳飲み子だな」
何も応えない。否、応えられない。
銀狼が嘲笑うようにひとり悦に浸る。
やがて、すっかり喰らい尽くすと、欠けていた前脚が再生された。
それを柘榴の舌で満足げに舐め取ると、銀狼はその場から消えた。
『虚を食め。そして、孤を抱け──』
去り際に頭蓋の内側に呪文がこびり付く。
雑踏と喧噪とが爛れたシーンを掻き消す。




