「監視者と出会い」
「ずっと待ってるから」
そんな言葉をくれたのは誰だったか。
睨みつけるようにして液晶を覗き込んでいた京太郎はそんなことを考えた。
それはもうずいぶん昔の出来事のようでもあるし、つい昨日のことのようにも思える。
ひどく暑い夏の日。
地面を焦がすのではないかと思える程強烈な日差しと、
相反して色を濃くする影の合間で揺れる彼女は今にも消えてしまいそうだった。
笑うでもなく怒るでもなく。
透きとおるように透明な視線をただまっすぐこちらに向けていたあの人は。
考えながらも京太郎の視線は24インチの液晶の中の情報を一つも漏らすまいとするかのようにせわしなく動き回る。
政治、ビジネス、宗教、スポーツ、天気、掲示板・・・
ありとあらゆる情報に目を通していく彼の表情は仏頂面のまま少しも変わることはない。
京太郎は学生という身分を卒業してからというものずっとこの作業を続けていた。
趣味というわけではなく、これが彼の仕事なのだ。
毎日液晶の中で作り上げられていく世界の鏡像を観察しては、その日起こった出来事をまとめレポートとして送信する。
そんなことを彼はもう3年以上も続けているのだった。
扱いとしてはアルバイトの域を出ることは無いが、自分のペースで、自分だけで完結するこの仕事を彼は嫌いではなかった。
「ふぅ・・・」
一通り目を通し終わった彼は、咥えていたタバコを灰皿に押し付けた後、軽く伸びをした。
ずっと同じ姿勢で居続けなくてはいけないのがこの仕事の難点で、
そうしていると体も筋肉も固まってしまって、生活の色々なところに支障が出てくる。
チラッと見たデジタル時計は午前3時を示していた。
いつもよりやや遅い時間ではあったが、体を動かす意味も含めて、気分転換のためにコンビニへと出かけることにした。
部屋着に厚手のジャケットを羽織り、3月の未だ寒さを残したままの夜空の下を一人歩く。
人々が寝静まり、町全体が静けさの中に沈むこの時間帯が京太郎は好きだった。
いつから人との関わりを煩わしく思うようになったのかはもはや自分でも覚えていないが、
気がついた時には周りの人を避けるようにしていつも一人で行動するようになっていた。
そんな風に日々を送っていた京太郎には、輝かしい青春の思い出などと呼べるものはただの一つも無かった。
ネットを巡回していると否応無く青春を謳歌している若者の記事が目に入ってしまい、
それを見つける度に妬むでは無いがどことなくやるせない気持ちになるのだった。
自ら人を避けてきたというのに、それに対して不満を述べるというのはどうにも情けない話ではあるが、
思ってしまうものはしょうがない。
そのまま5分ほど歩き続けると目的地のコンビニが見えてきた。
道なりにぽつぽつと灯る街頭と並んで一際強い光を放っており、そこだけが未だ眠っていない場所であることを主張している。
コンビニに近づくにつれて、小さく声が聞こえてくる。
どうやらこの時間、この町最後の砦には先客がいるらしい。
「でさー、そん時高崎君がねー」
「げー、まじかよ」
「うっわ、最悪じゃん」
コンビニの入り口付近で4人の若い男女が地面に腰を下ろして雑談を交わしていた。
4人が4人とも髪を金やら茶色やらに染めていてなんとなく、いかにもな感じである。
自分からあまりにもかけ離れているこういう人種の人たちは苦手ではあったが、
関わりあいを持たなければ特にどうということもない。
京太郎は彼らに視線を向けることなくコンビニの自動ドアをすり抜ける。
ピンポーン
来客を知らせる音声と共にコンビニに入ると、そこにはいつもとまったく代わり映えのしない風景が広がっていた。
自分以外の客は誰も居らず、太った店長らしき男が商品補充のため巨体を左右に揺らしながら店内を闊歩している。
そんないつもの光景になにやら安心感のようなものを覚えた京太郎いつものようにおつまみコーナーへと向かった。
彼にはお酒を飲む習慣は無かったが、おつまみだけは好きで、パソコンと向かい合う際のお供として常備していた。
今日もその貯蓄を絶やさないためにいくつかの乾物を適当にカゴの中へと放り込む。
他に買うべきものは、とざっと店内を物色しながら、そういえばカップラーメンの在庫が少なくなってきていたな、
ということを思い出した京太郎は、こちらも3つ追加でカゴに入れ会計へと向かった。
「・・・987円になります・・・」
その巨体とは似つかわしくない小さく消え入りそうな声で会計を進める男とのやり取りを進めながら、
一体自分は店員からはどんな風に見えているのだろうかなんてことを考える。
毎日のように深夜の時間帯にコンビニに現れては食料を買い込んで帰る男。
・・・きっとニートやら引きこもりやらと思われているに違いない。
というか、一応働いてはいるのでニートと思われていたとしたら心外ではあったが、引きこもりというのであればほぼ正解そのものだ。
仕事の内容上、世間の動きには人一倍詳しい自信があったが、実際に外を出歩くなんてことはほとんどなかった。
「・・・ありがとうございました・・・」
聞き取れるか否かという音量の店員の声を背にしコンビニの出口へと向かう。
店を出ると思うと入り口にいた若者たちのことが思い出されてちょっと嫌だなと思ってしまう。
ああいった人たちに絡まれたり何かをされたということは特に無かったが、災害の種には出来るだけ近づきたくはない。
ガー
自動ドアを出てみると外は静寂そのもので、どうやら先ほどまでの4人組は既にいないようだった。
わずかにホッとして彼らが居た辺りを見てみると、彼らが出したのであろうゴミがわずかに散らかっていた。
しかし、別に聖人君子でもない京太郎はもちろんそのゴミを片付けてやろうだなんて気持ちになることも無く、
家路に着くために体の向きを変えた。
その先に。
「・・・」
一人の少女が立っていた。
自分からわずか3メートルほどの位置に立っていたのだが、
振り返るまで全く存在に気がつかなかったということに少し驚いた。
京太郎はそのまま彼女の横を通り抜けてしまおうと思ったのだが、
なぜか彼女は自分の顔を凝視したまま固まっており、
自分もその視線に射られてかお互いに視線を向けたまま硬直してしまった。
数秒の沈黙。
俺に用があるとも思えないけど・・・何か言った方がいいのか?
京太郎がそう思い始めた時、固まっていた少女は薄く口を開き、
「見つけた」
と、一言呟いた。