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神剣の行方  作者: 名波 笙
出会いと新たな旅立ち
9/34

1-7


「役立たず…」


 微かな声が頭上から聞こえた。同時に空から影が降ってくる。それはリデルと魔獣たちの間に割って入った。

 魔獣たちは新たに表れた珍客に、再び距離を取った。

 リデルは一瞬身を強張らせたが、その後姿にポカンとしてしまう。

 青く長い髪。その間から伸びる、長い耳。

「聖霊族……?」

 今度こそ、正真正銘、本物の。

 彼はリデルを振り返った。冷たい視線に、リデルは思わず身を竦める。

「行けよ」

 低い声が言った。視線はもう魔獣に向けられている。

「ここはオレが引き受ける。アンタたちは村へ帰れ」

「…一人で……?」

「もうすぐレオンも来る。問題ない」

 彼は腰に下げていたレイピアを抜いた。僅かな呪文の詠唱と共に一振りすれば、風が巻き起こり、数匹の魔獣を吹き飛ばした。

(この人強い…!)

 一瞬で判断して、リデルは身を翻した。ローズの腕を取り、無理矢理立ちあがらせる。青年を振り返る。

「ごめんなさい!お願いします!!」

 彼はヒラヒラと手を振った。さっさと行けという意味だ。

 リデルはローズの手を握り、走り出した。




 足音が遠ざかる。それを聞きながら、聖霊族の青年は息を吐く。その口元が綻んでいる。

「ったく…アイツの娘らしいな」

 獲物を横取りされた魔獣が怒りの咆哮を上げた。




 リデルは村までの道を一気に駆け下りた。木々の合間に人家の屋根が見えると、思わずホッとした。

 森を抜け、村の中心まで戻る。

 リデルは息を吐いた。

「ローズ、大丈夫?」

 後ろを振り返る。ローズは青い顔をしていた。

 リデルは顔を覗き込む。

「…ローズ?」

 ローズは我に返った。慌てて両手を振る。

「大丈夫!ごめんね!!」

「ならいいけど…」

 魔獣に襲われたせいだろうと、リデルは思った。ローズは活発といっても、普通の村娘だ。

 リデルは森に目を戻す。

 レオンが来ると駆け付けると言っていた。問題はない筈だ。

 あのまま残っても足手まといにしかならない。そう思ったが、不安は残る。

「あの人、大丈夫だったかな…?」

「平気だよ」

 ローズがポツリと呟いた。その表情はやはり暗く、いつもの笑顔はない。

 リデルが心配そうに見つめていると、彼女はパッと表情を変えた。

「ずぶ濡れだね。早く帰って着替えないと、風邪ひいちゃう!」

「え?あ、うん…」

「じゃあまた明日!」

 ローズは走り去った。無理矢理別れたような印象を受けて、リデルはしばらくその場を動けずにいた。




 ローズは家に走り込む。

 乱暴に扉を閉めて、ようやく息を吐いた。その頭上に影が落ちる。

「あ……っ!」

 高らかな音と共に、ローズはよろめいた。頬を押さえる。

「今日は村から出るなとあれほど言った筈だが?」

「…ごめんなさい……」

 ローズは俯き、弱々しい声で答えた。

 ローズを引っ叩いた少年の後ろで、ローズの祖父母とされる老夫婦が心配そうに見守っている。しかし助けは出さない。

「そんなに閉じ込められた生活を送りたいのか?」

「それは…!」

「自分の身勝手で、何人殺せば気が済む?」

 少年の言葉は冷酷だった。ローズの表情が強張る。

 両手を握り、何も言い返せずただ俯く。

 少年は冷やかな目でローズを見下ろしていた。やがて静かな声で告げる。

「森へ行く事は完全に禁止だ。いいな?」

「…はい……」

 ローズは蚊の鳴くような声で答えた。

 少年がローズの横を通り過ぎる。そして雨の降りしきる外へと出て行った。

 ようやく祖父母が動く。

「大丈夫かい?」

「こんなに腫れて…それに早く着替えないと、風邪をひいてしまうよ」

 ローズは首を左右に振る。

「何もいきなり叩く事はないのに…痛かっただろう?」

「いいんだ。仕方ないよ……」

 ローズは力なく答えた。弱々しく笑う。

「だって本当の事だもの。私はまた自分の勝手で…人を危ない目に遭わせた」

 目を伏せる。今まで我慢してきた体の震えは、濡れたからではない。

「リデルもあの子のように死なせていたかもしれない…私が…私のせいで……」

 我慢してきた涙が零れる。

 ローズの脳裏には凄惨な最後を迎えたある人物が浮かんでいた。彼女に向けられた罵詈雑言と共に。

 祖父母がありきたりな慰めの言葉をかける。だがローズに届く事はなかった。



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