表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣の行方  作者: 名波 笙
出会いと新たな旅立ち
8/34

1-6

 深い森。濃い緑が山を覆い、薄い霧が人を迷わせる。

 スタットはそんな場所にある小さな村。

 街へ行ったというレオンが帰ってきたのは、陽も暮れた頃だった。沢山の物を籠に背負って。

 薬草だけで仕入れられると思えない量だ。

 ヴィーゼは訝しんだが、詳しい話は一切聞かなかった。自分たちは客人である。ここがどんな場所か、いずれ出ていく自分たちは知らなくてもいい事だ。

 リデルは最初から気にしていない。今日もローズの所に出かけている。

 同じ年頃の友人と、こんなに気さくに付き合う事も少なかったのだろう。ただ楽しそうだ。

 一方ヴィーゼは相変わらず暇である。薪割りも、朝一時間あれば終わる。掃除・食器洗いも三十分あれば終わる。

 そんなこんなで暇を持て余していると、母屋の蔭からひょっこり金色の頭が現れた。

 じっと眺めていると、出たり隠れたり、忙しなく動いている。

 あの大きさならシャインだろう。あの病弱な少年が外に出ているのを、ヴィーゼは初めて見た。建物の影に回り込む。

 シャインは小さな椅子に腰かけていた。大きな籠が一つと、小さな笊が沢山…彼を中心に円を描くように置いてある。中には薬草と思しき草が大量に入っていた。

 小さな少年はせっせとそれを仕分けているのだ。

「お手伝い?」

「!!?」

 少年は飛び上がった。まん丸の目でヴィーゼを見る。

 驚いたのは彼も同じだ。驚かれた事に驚いた。が、固まってしまった少年を前に、彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「すまない」

 少年ははっとする。それからフルフルと首を左右に振った。弱々しい微笑みを浮かべ、作業に戻る。

 ヴィーゼは少し離れた場所にしゃがみ込んだ。

「薬草、分かるんだ?」

 シャインは頷く。籠に手を入れては、それを笊へ種別ごとに分けていく。

「今日は調子がいいの?」

 再び頷いた。

 そうと思えないほど白い顔をしている。普段なかなか光に当たれないせいもあるだろう。金の髪に相まって、幼いながらも儚い美を際立たせている。

「お姉さんと同じ、蒼い目か……」

 ヴィーゼは呟いた。シャインが顔を上げる。それまで忙しく動いていた手が止まる。

「お父さんは緑、お母さんは紫。目の色だけが二人とも違う」

「おじいちゃんに似たんだ」

 彼らがここに来てから初めてシャインが口を開いた。再び作業に戻る。

「お父さんのお父さん。おじいちゃんが青いんだ。おじいちゃんのお父さんも青いんだって」

 のんびりした口調でシャインは言った。手の動きとは大違いだ。

 不意にその手が止まった。シャインが顔を上げる。ヴィーゼを見、にっこりと笑った。

「お父さんの目はね、おばあちゃん似なんだって」

「そうなんだ」

 ヴィーゼは笑い返した。

 そこにレオンが現れる。シャインに向かって小首を傾げる。

「シャイン、終わったか?」

「ま、待って。もうちょっと……」

 籠を引き寄せて、ワタワタと中を探る。

 レオンはそれを覗き込んだ。するとシャインが籠抱えて、中を塞いだ。

「だめっ。ぼくがやるの!」

「わかった、わかった」

 レオンは苦笑する。少し乱暴に息子の頭を撫でた。

「俺は少し出掛けてくるが…終わったら中に戻るんだぞ」

 シャインは頷いた。取られると思ったのか、一心不乱に手を動かしている。

 レオンは僅かにヴィーゼを目に向けた。

「リデルは?」

「ローズさんの所に遊びに行きました」

「…ローズには今日、村を出ないように言ってあるんだけど。あの子の事だからな……」

 溜息交じりに呟いて、どこかに歩いて行ってしまった。

 残されたヴィーゼは、そのままぼんやりとシャインの手の動きを眺める事になった。

 不意に日が翳る。見上げると、黒い雨雲が青い空を覆い始めていた……







 リデルはローズに連れられて森に来ていた。

 森に来てする事といえば、季節の木の実を拾い集める事くらいだ。

 ローズは毎日のようにリデルを誘って、村の外に出ていた。今日も今日で、栗に似た大量の木の実を籠に入れ、満面の笑顔である。

「それはどうやって食うんだ?」

「甘露煮にするんだぁ。レオンが昨日お砂糖と蜂蜜をいっぱい仕入れてくれてきたからね」

 ローズは大事そうに籠を抱える。

 リデルはその様子に小さく笑った。

「そんなに美味いのか?」

「そりゃあもう!食べたことないの?」

 山村に住む者なら、子供の時分必ず口にするものだ。調理法は地方によって様々であるが、甘露煮は祭りの時など特別なおやつとして振舞われる事が多い。

 リデルは曖昧に笑って「ない」と答えた。ローズは小首を傾げて微笑む。

「じゃあ、出来たらお裾分けするね」

「楽しみにしてる」

 約束を交わして。

 不意に陽が翳った。二人は空を見上げる。どんよりとした雲が太陽を隠し、青空を覆い尽くそうとしている。

 ローズが眉を顰める。

「雨が降りそう。早く戻らないと」

 二人は道なき道を走りだした。

 空は見る間に暗くなり、遠くから雷鳴が聞こえた。

 不意にリデルの足が止まった。何もない木立の影へ目を向ける。そのまま動かなくなった。

 ローズはリデルが付いてきていない事に気付き、振り返る。

「リデル、どうしたの?急がないと……」

「先に行って」

 リデルは固い声で答えた。

 ローズの表情が曇る。戻ってリデルの腕を掴む。

「何言ってるの。行きましょう?」

「先に行って!早く!!」

 リデルは怒鳴った。

 同時に草むらから魔獣が飛び出してくる。

 リデルはローズを突き飛ばした。素早く剣を抜き、魔獣をなぎ払う。手に激痛が走る。

 比較的小型の魔獣で助かった。先日のような大きめの魔獣では防ぎきれなかっただろう。

「逃げろ!」

 リデルは声を張り上げた。邪魔な手袋を取る。改めて剣を握り直すと、想像以上の痛みがリデルを襲った。歯を食いしばり、魔獣に向かう。

 奇襲に失敗した魔獣の群れは、低いうなり声を上げながら、ゆっくりと二人に迫っていた。

 ローズは首を左右に振る。

「ダメだよ…リデルを置いてなんていけないよ……」

「庇いながらなんて戦えない!」

 リデルは叫んだが、ローズは動いてくれなかった。絶望的な思いで、リデルは対峙する。

 魔獣たちはじりじりと距離を詰めていた。最初の一撃が弾かれたからか、警戒はしているようだ。

「ローズ、お願い!早く行って、誰か呼んできて!!」

 リデルの声は悲鳴に近かった。それでも尚、ローズは動かない。足が竦んで動けないのだろうか。

 稲光が走る。僅かな間をおいて、雷鳴が轟く。

 水滴が顔に当たった。次から次へと空から堕ちてくる。

 一匹の魔獣がリデルに飛びかかってきた。両手で握った剣を思いっきり振り回し、打ち返す。剣を落としそうなほどの痛みが両手に走る。

 滲んだ涙は雨に紛れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ