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神剣の行方  作者: 名波 笙
出会いと新たな旅立ち
7/34

1-5


 スタットから数十キロ。街道沿いにある比較的大きな街。メロウという。

 街の中央にはこのあたり一帯を治める領主の屋敷がある。巨大な御殿のような作りの屋敷で、遠くから見てもそれと良く判る。

 領主はでっぷりと太った人の好い男だった。人が好過ぎて、隠し事も悪巧みも出来ない。

 良く言えば裏表がない。悪く言えば口が軽い。

 この日も、いつものように訊ねてきた客人に、先日あった出来事を普通に喋ってしまった。

「はい。ハーヴェルクからの使者の方、確かに参られましたよ」

「何の為に?」

「宰相のご息女を探しておられるとか。あまり良い印象は受けませんでしたが」

 地方領主の彼をいかにも見下したような態度であったという。

 客人は更に訊ねた。

「それで、何とお答えに?」

「知らぬものは答えようがありません。それに、いくら私でもあの国の内情は存じております」

 領主は子供が虚勢を張るように、鼻息を荒くした。

 ハーヴェルク王国…王弟が謀反を起こし、国王を殺害した。多くの国王派の貴族も捕らえられ、処刑されたという。命からがら王都を逃げ出した有力貴族も多い。

 今はその王弟が新国王となり、暴政を敷いているという。

 宰相は真っ先に捕らえられ処刑された貴族の一人だ。

 客人が黙ってしまったので、領主は不安になったようだ。顔色を窺う。

「フィード殿…私はまたいらぬ事をしてしまったでしょうか?」

「あぁ…すみません。少し考え事を……大丈夫ですよ。ホーディン様は見聞きなさった事をそのままお話して下されば、それで充分です」

 客人が微笑むと、領主はほっとして息を吐く。

 領主も口が軽い事は自覚している。慎まなくてはと思うのだが、どうにも調子が良い性格が邪魔をする。

 悪い人間ではないのだから、それはそれで良いと客人は考える。彼に与える情報はあらかじめ漏洩すると考え、こちらで調節すればいいだけの話だ。

 彼は笑みを深くした。

「ホーディン様には常日頃から並々ならぬご支援を受け、感謝の言葉もございません。ロード様もあまりお言葉にはされませんが、同じ思いでいらっしゃいますよ」

 領主はその言葉に深々と頭を下げた。僅かに涙ぐんでさえいる。

「勿体無いお言葉です」

「ですからお願いします。あの村の事だけはくれぐれも口外なさらないよう…たとえお身内であっても。よろしいですね?」

「ええ、ええ。わかっておりますとも」

 領主は力強く請け負った。

 これだけは十年以上口を滑らせた事はない。

 彼は領主からもう二つ三つ情報を引き出すと、最後にもう一回念を押し屋敷を後にしようとした。来た時同様ローブのフードをすっぽりかぶり、裏口からひっそりと。

 しかし出る間際、執事に呼びとめられた。

 主と違い、細身で神経質そうな老齢の男だ。丁寧に頭を下げる。

「ハーヴェルクからのご使者の事なのですが……」

「何か?」

「百騎ほどの軍勢を連れておいでになりました。騎兵は街の外へ駐留なさいましたが、街のあちこちで彼のご令嬢のことを聞いて回っていたとか。中には異質な魔道士らしき男もいたと」

 執事は淡々と告げた。眉一つ動かさない

「私が申し上げるのも差し出がましいと思いましたが、気にかかる事でございましたので」

「いえ、助かります。あの方は気付かないでしょうから」

 決して馬鹿にしているのではない。そこがいい所なのだ。ちょっと間の抜けた所が可愛い人だと、彼は思っている。

 厳格な執事の口元に微かな笑みが浮かんだ。再び頭を下げる。

「道中お気をつけて」

 彼は微笑み返し、今度こそ屋敷を出た。

 フードの奥で表情が険しくなる。ローブの下の剣を固く握る。


「相変わらず口の巧いヤツ」


 突然の声に驚く事もなく、ゆっくりと振り向く。

 そこには聖霊族の青年が立っていた。呆れたように腰に手を当てている。

「あんなボンクラに頼るなんざ、アンタも堕ちたもんだね。神剣の剣士殿?」

「お前は相変わらず口が悪いな、フリーザッハー」

 聖霊族は礼節を重んじる。こんな口の悪い聖霊族がいると知ったら、人間たちはさぞ幻滅するだろう。

 だが彼に関しては、口煩い聖霊族の長老たちも何も言わなくなっていた。諦めているのだ。

 彼は僅かにフードを上げた。

「用件は?」

「せっかちだなぁ。こっちはわざわざ出向いてやってるんだぜ?」

「阿呆。わざわざ出向かせるほどの用事ってことだろうが。お前らと違って、こっちは時間がないんだ」

 フリーザッハーは溜息をと共に、首を左右に振った。何処までも人を馬鹿にするような態度だ。

 しかし彼は怒る気配も見せない。

 つまらなさそうに、フリーザッハーは用件を伝えた。

「長老衆から伝言。あの男が動き始めたってよ」

「そうか」

 彼は素っ気なく言って、フリーザッハーに背を向けた。

 慌てたのはフリーザッハーの方である。

「おいおい!それだけかよ!?」

「いけないか?」

 僅かに視線だけを向けた彼に、フリーザッハーの方が硬直した。思わず後退りする。

 彼はフードを被りなおした。

「驚く必要性が見つからない。半世紀も戦っているんだ。そろそろ終止符を打ちたいところだな」

 低い声は神剣の剣士と呼ばれ始めた頃そのままだ。立ち去る姿をただ見送る。

 姿が見えなくなって、ようやく息を吐いた。

「だから嫌だっつったのに!」

 人畜無害そうに見えても、神剣を手にする前は賞金首だったのだ。殆どの人間は覚えていないだろうが。


 邪剣士 フィード・ディア


 そう呼ばれていたのは随分昔である。それがいつから救世主としてはを馳せるようになったのか…定かではない。

 フリーザッハーが知るのは、それが本当の名では無かった事だけだ。今は別の名を名乗っている。

「あ!」

 急に彼は大声を上げた。周囲の目を気にせず、慌てて駆け出す。

 大事なもう一つの要件を忘れていたのだ。

 街を出る直前の所で彼を捕まえる。正確には待たれていた。

「アンタの手助けをしろって言われてんだよ!」

「そんな事だろうと思ったから待っててやったんだろ」

 彼は苦笑した。




物凄くシリアスな話ですが、少し笑いも取りたいんです!

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