閑話 お父さんとお母さんと娘
本編でも良かったんですけど、ちょっと違ったんで
村に来てからリデルは毎日ローズに誘われてあちこちへと出かけている。村からそう離れていないようだが、今日も今日で木イチゴを摘みに行くとか言って、朝も早くから出掛けて行った。
すっかり体調も良くなって暇を持て余していたヴィーゼに声をかけたのは、レオンたちの娘・アルテミシアである。
レオンもそうだが、彼の妻・ルーナも見かけどおりの年齢ではない。
「ひゃくはちじゅう!?」
「声が大きい!」
アルテミシアは人差し指を口元に当てる。彼は慌てて口を噤み、少女は辺りに人がいない事を確かめた。
声を潜める。
「百八十って……」
「母さん、聖魔族だもん。父さんも混血児。六十はとっくに超えて、もうすぐ七十になるんじゃない?」
「聖魔族!何で聖魔族がこんな所に……」
「彼らが聖王国にしかいないと思ったら大間違い。無謀な若者は種族を問わないものよ」
アルテミシアは言った。溜息を吐き、僕とうに体重をかける。
「ま、確かに?母さんの場合はそのセリフ当て嵌められなくもないらしいけど……」
「はぁ。でも通りで…君が強いのも頷ける」
ヴィーゼが苦笑した。彼の手にも練習用の剣が握られている。
実は、先程まで手合わせをしていたのだ。
母親譲りの可憐な顔立ちに、銀糸の髪。蒼い瞳は氷のような輝きを放つ。
何処からどう見ても非の打ちどころのない美少女が、剣豪顔負けの剣技を使うのだ。異様の一言に尽きる。
何とか勝ったものの、嬉しいという感情は湧かなかった。
アルテミシアは肩を竦める。
「聖魔族は闘いの種族だからね。女子供でもそれなりに」
「弟君も?」
「シャイン?あの子はねぇ…今は見かけどおり、かな?」
アルテミシアとは十も年の離れた弟。体が弱く、家からあまり出てこない。
食事の時に僅かに見かけたが、姿は父親似だった。大分ひ弱そうだが。
アルテミシアが髪を掻き上げた。
あどけない顔だちだが、これでもリデルより二つ年上だという。
聖魔族はある程度の年齢まで普通に成長する。その後は殆ど止まったように姿が変わらない。そしてある時を境にゆっくりと老化が始まる。
つまり、青年期が異常に長いのだ。
アルテミシアも時が止まりつつあるのかもしれない。
人間でもひよっ子呼ばわりされる年齢だが、聖魔族にとっては赤ん坊みたいな年齢だということだ。
「将来、君はどうするんだ?ランシールに行くのかい?」
正確な国名は、ランシール聖王国。首都クリスタリアには聖魔族の王が住まう城がある。聖魔族の血をひいているなら、彼らは快く彼女を受け入れるだろう。何しろ、圧倒的に数が少ない種族なのだ。
アルテミシアは首を左右に振った。
「まだわからないけど、多分あたしは行かない」
「お母さんのように外に出るのかい?」
「ううん、そうじゃないの。あたしは他にやるべき事がある。それだけだよ」
「やるべきこと?」
アルテミシアは曖昧に笑って、ヴィーゼに背を向けた。
「どうなるかまだわからないけどね。でもそうだったらいいなって。こう見えてもあたし、父さん似だから」
それきり、彼女は黙ってしまった。空を見上げている。
ヴィーゼは深く訊く事は避け、話題を変えた。
「そういえば、今日はレオンさんの姿を見掛けないけど、お出かけ?」
「父さんなら街に行ったよ。徒歩だし、ここから結構距離があるから…帰りは早くても明日のお昼くらいかな?」
村は山腹にあって、街は麓へ降りて更に歩いた街道沿いにある。
「街へは、何をしに?」
「薬売り。あと、売ったお金で買い出しに。たまに来る行商だけじゃどうしてもね」
地方の小さな村ではよく聞く話だ。レオンの作る薬は評判らしく、街の薬屋の方が高く買い取ってくれるらしい。
ヴィーゼは納得して、それ以上追及しなかった。するような話題でもなかったのである。
アルテミシアが再び木刀を振り上げる。
「所でもう一勝負、お相手してくれるかしら?」
顔には出さないが、先程負けた事が相当悔しかったらしい。にっこり笑って訊ねていても、有無を言わさぬ迫力がある。
何となく断りづらい。
ヴィーゼは苦笑しながら立ち上がった。
懐かしい感覚が蘇る。練兵場で仲間たちと勝負していた頃の感覚だ。楽しいような、それでいてどこか不安を感じさせられるような……
そんな中でわかっている事はただ一つ。
手を抜けばやられる。
ヴィーゼは慎重に木刀を構えた。