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新しい国王は、苛立たしげに足を踏み鳴らす。
傍にいた女が酌をしようと酒の入った壷を差し出す。しかしその女さえも張り倒した。他の女たちが一斉に身を竦める。
国王が怒声を上げた。
「まだあの小娘は見つからんのか!!?」
家臣たちも縮こまった。答える者はない。
国王の言う小娘が誰なのか、知らぬものはないというのに。
先代宰相の娘。
何故王が国を逃げ出した十六歳の少女を、血眼になって捜すのか。
理由は簡単。
彼女がこの国の王冠と王錫を持っていってしまったからである。
知らぬものが聞いたら、作り直せばいいだけじゃないかと言うかもしれない。そんな簡単な話なら、国王もここまで荒れたりはしない。
新国王の即位に、その二つは絶対条件なのだ。それは建国から続く歴史と伝統で、王室典範にも記載されている。
傍若無人な王とて、そこは譲れない。
王冠と王錫の宝石…それこそがこの王国建国の由来であり、国民を掌握する権力の象徴であるのだ。
いち早くクーデターに気付いた宰相は、真っ先に王太子を逃がした。そればかりか王冠を持ち出し、王錫の宝石まで抜き取って、自分の娘に渡したのである。
あれから半年。
戴冠式は偽物を用意して誤魔化したものの、いつ国民に真実が流出するか分からない。王太子が挙兵でもすればせっかく握った権力も危うい。
新国王は歯軋りをする。
「あの老いぼれめ!もっと痛めつけてやればよかった…!」
先代宰相の最後は最も悲惨なものだった。それでもまだこの残忍な王は足りないという。
家臣たちはぞっとする。
最初こそ先代国王の善政に不満を漏らし、この新国王の許ならばとクーデターに手を貸した。最近では皆、次は自分の番ではないかと不安を抱いている。
― 不肖ながら、この私がお手伝いいたしましょう ―
何処からともなく声が聞こえた。広間がざわめく。
国王も落ち着きなく、辺りを見渡した。
「何者だ!姿を現せ!!」
「これは失礼……」
柱の陰から黒い人影が現れる。
どうやら魔道士らしい。黒尽くめのローブをまとい、フードを深く被っている。背は曲がり、皺だらけの手には呪いに使うのであろう幾つもの指輪がはまっていた。
「無礼者!どうやってここまで……!」
「国王陛下がお呼びになったのでございます」
「この儂が貴様のような下賤なものを呼ぶわけがなかろう!!」
国王が激高した。
しかし老齢の魔道士は、フードの奥でにたりと笑う。
「いいえ、確かにお呼びになりました。陛下には探し物がおありになる。私ならばそれを確実に見つけ出す事が出来ましょう。かくも賢き陛下は無意識のうちにご存じでございました。そしてやはり意識しないまま、私をお呼びになられたのでございます」
そう言って恭しくお頭を下げる。
国王は口を噤んだ。
確かに、それが魔道士の魔道士たる所以だ。彼らは自分を必要とする人間の所へ、自ら現れるという。
国王が顔を顰める。
「ふん。随分都合の良い話だ。狙いは何だ?」
「狙いなど…そう、強いて言うなれば、成功の暁にはこの城に召抱えて頂ければと……」
「…フン……」
国王は鼻を鳴らした。
いかにもといった胡散臭い魔道士だ。だが見つける自信はあるという。どうも金や権力に弱いらしい。恐らく魔道の一種でここの弱みを見つけ、金をせびりにやってきたというところか。
国王は沈黙した。魔道士を睨むように眺める。
「…良いだろう。やってみるが良い」
「おぉ…ありがたき幸せ」
「但し、見つけ出せなかった時はどうなるか…わかっておるだろうな?」
「無論でございます」
魔道士は大袈裟に感動してみせ、ひれ伏さんばかりに頭を下げる。
「して、どれほどかかる?」
「さほど必要ございませぬ。大まかな位地であれば、調べがついてございます故」
国王の口元が歪んだ。
あらかじめ調べてくるあたり、用意周到である。どうせなら捕らえてくれば良いものを。
そんな内心を押し隠して訊ねる。
「何処だ?」
「ジェランダ王国王都北西、メロウという街がございます。その周辺に……」
国王の眼が家臣に向けられる。数名が頭を下げ、慌ただしい足取りで広間を出て行った。
国王は再び尋ねる。
「周辺といっても、かなりの幅はあるのだろう?」
魔道士は僅かに頷いた。
「勿論、私も参りましょう。お探しのもの、確実に陛下にお届けいたします故」
すぅっと魔道士の姿が柱の陰に消えた。兵士が後ろに回るが、首を左右に振る。
国王は軽く手を振り、それ以上の追跡を止めさせた。出来るものでもないのは知っている。
にんまりと笑う。
あの魔道士が何物かは知らないが、せっかく手伝ってくれるというのだ。利用するだけしてやろう。召抱える必要などない。適当に使って信用しているように見せかけ、最後は始末すればいいだけの話だ。
そんな浅はかな考えが国王の脳裏に浮かんでいた。
それこそが自分の破滅への序章だと気付きもせずに。
魔道士はまだ広間にいた。
姿を見せぬように気を付け、後の会話に耳を傾ける。
会話は自分の処遇へと移っている。家臣は自分たち以上に厚遇を受けるのではないかと危惧しているようだ。本心は保身であるのだろうが。
王は本人が聞いているとは露ほどにも考えず、先程の自分の考えを口にしている。
醜悪な顔に邪悪な笑みを乗せる。
(無知は罪というが、全く愚かな男よ。兄の首を刎ねた時点であの男の怒りを買っているというのに、気付きもしない……まぁよい。その方が好都合というもの。予言の子供を消してくれるというのだからな。尤も、あの男と聖魔族がそれを許すとも思えんが……)
魔道士は少し考え込み、話が内政に完全に移ったことを確認して、今度こそその場から完全に姿を消した。