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神剣の行方  作者: 名波 笙
出会いと新たな旅立ち
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1-2


 ヴィーゼがリデルと出合ったのは、ほんの半年前。

 しかしヴィーゼはそれのはるか以前から彼女を知っていた。決して相容れぬ世界の住人として。

 半年前、思い出したくもない忌まわしい事件から彼女と共に旅をするようになった。

 リデルが男のように振舞うようになったのもこの時からだ。長かった髪を切り、裾を引くドレスから木綿のズボンに履き替えて。

 もともと活発な性格だった少女は、ある程度剣を使えた。それをヴィーゼが鍛えた。

 それが彼女の望みだったから。


 だが、それもここまでだったか。


 魔獣に不意打ちを喰らい、リデルを護る為に剣より先に素手が出た。魔獣の牙が猛毒だという事はよく知っていた筈なのに。

 遠のく意識の中孤軍奮闘する彼女の姿を見た。

(逃げなさい…せめて貴女だけでも……)

 声になったかどうかは判らない。精一杯叫んだつもりだった。

 そこで意識は途切れた。




 ヴィーゼは目を開けた。

 見知らぬ天井が見えた。辺りを見回すが暗くてよく見えない。ゆっくりと体を起こす。

「気が付いたかね?」

 訊き慣れぬ声に反射的に腰に手を当てた。しかし、そこにある筈のものがない。身を強張らせた。叫ぼうとして上手く声が出せない事に気付く。

 声の主は困ったような笑みを浮かべた。ゆっくりとした動作で人差し指を口元に当てる。そしてもう片方の手でヴィーゼが座るベッドの脇を差した。

 見れば、リデルが体を伏せ、小さな寝息を立てている。肩には毛布が掛けられていた。

「さっきまで起きていたのだがね。腹が膨れたら、流石に眠くなったらしい」

 ヴィーゼの頭がようやく正常に回り始める。

 魔獣から助けてくれた人物、だろうか。そんなに悪い人間には見えない。

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「貴方は?助けて下さったのですか?」

「そういう事になるね」

 彼はそう言って、木彫りのカップに水を注いだ。ヴィーゼに渡す。

 ヴィーゼは有り難くそれを受け取ると、ゆっくりと飲む。カラカラの口内が潤され、声が出やすくなる。

「お名前を伺っても?」

「レオン・シャロム。ここはスタットという、地図にも載っていないような小さな村。俺はここで薬師をしている」

 ヴィーゼが知りたい事を大体答えると、彼はヴィーゼの額に手を当てた。

「まだ少し熱っぽいか。ま、この程度なら数日休めば引くだろう」

 そう言って机の上に置かれた膳を取る。布巾が掛けられているが、それが食べ物である事は一目瞭然だ。

「食べなさい。それくらいの元気はあるだろう?」

 ヴィーゼは躊躇った。疑っているわけではない。正直有り難い。

 しかし、これだけの恩を受けても返せるものが何もない。生憎路銀もそう多く持ち合わせてなかった

 レオンはそれを悟ったかのように言葉を続けた。

「客人をもてなすくらいの余裕はある。今は自分の体の事を考えるんだ。施しを受けるのが嫌なら、元気になって労働で返してくれればいい」

「は、はい」

 ヴィーゼは納得するよりほかなかった。

 布巾を取る。パンと具だくさんのスープ、薄く切った肉が数切れ。良く煮込んだスープからは未だ微かな湯気が上っている。

 スープを慎重に口に運ぶと、五臓六腑に沁みわたった。腹が減っていたことを実感する。

 レオンと名乗った青年は何かを調合していた。小さなすり鉢が見える。

 食べ物を口に運びながら、様子を眺めていると、不意にレオンが言った。

「随分と心配していたよ」

「え?」

「そこのお嬢さん」

 危うく膳をひっくり返しそうになった。慌てて押さえる。

 目の端に映ったのだろう。レオンは小さく笑った。

「名を聞かないままなのでね。君は確か…ヴィーゼと呼んでいたか……」

「はい。ヴィーゼ・クラウスと申します。この子はリデル」

「君は随分と礼儀正しいんだな」

 ぎくりとする。何かを探られているようだ。口を閉ざしてしまう。

 レオンは煎じた何かを紙に包んだ。

「気を悪くしたなら許してくれ。俺はこの村を護る役目も負っているのでね」

「あ……いえ。こちらこそ失礼しました」

 当然だ。ここでよそ者は自分たちの方なのだから。彼らが警戒するのはごく自然な流れで。

 レオンがヴィーゼに包みを渡した。

「熱冷ましだ。食事が済んだら飲んでおくといい」

 ベッドの脇にも小さな台があり、水差しとカップが置かれている。薬もそこに並べられた。

 窓が風に煽られ、大きな音を立てている。

「…風が強いですね」

「ああ。多分、嵐になる」

 レオンの視線が一瞬きつくなった。それは目の錯覚かとも思えるほど、僅かな時。

 次の瞬間にはもう穏やかな笑みを浮かべていた。

「夜には過ぎてしまうだろう。何かあったら、隣の家に来なさい」

「はい」

「それからその子、そこに横なれる場所を作ったから、起きたら移動させて」

 のぞいてみると、足元の方に白い塊がある。簡易ベッドのようだ。

 リデルは今ヴィーゼのかけている毛布をしっかり握りしめている。動かせる状況にない。

「何から何まで、ありがとうございます」

「…俺も若い頃は君たちと同じ冒険者だったからね。何だかんだ言っても放っておけないだけさ」

 レオンはひらひらと手を振った。扉を開けると、外から強い風が吹き込む。雨も降ってきたようだ。

 彼の姿が闇に消え、扉が閉じられた。

 ヴィーゼは感歎の息を吐く。彼はレオンの行動をつぶさに観察していた。

 まるで隙がない。足音すらほとんど立てていなかった。

 薬の調合の手際も良かった。なまじ知識がある分、腕の良し悪しは解るつもりだ。レオンは一級品と呼んでいい。

 しかし、まるで年齢が分からない。外見は自分とそう変わらないようだが、接する態度が子供をあやすようで、何とも言えない。

 リデルが小さく呻いた。僅かに身じろぎするが、起きる気配はない。

「私が気を失ってる間、失礼な事をしてなければいいんだが……」

 現実に返り、一抹の不安を覚えた。






嵐が来ようとしている。




 レオンは暗い空を見上げた。


「結界が破られるか…だが貴様は屈しない。けっして……」


 風に混ざって笑い声が聞こえた気がした。

 それは狂気を孕んだ恐ろしい笑い声だった……




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