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神剣の行方  作者: 名波 笙
出会いと新たな旅立ち
2/34

1-1

 伝説の剣士…そんな彼に憧れを抱く冒険者は多い。彼のようになりたくて冒険者になった者も多い。

 しかし、常に危険と隣り合わせであるというのが冒険者というものだ。栄光を掴めるものは極一部である。

 あまりの過酷さに途中で挫折したり、冒険の真っただ中で命を落とす…移動の途中で賊に殺されたなどという話も当然のように聞く。

 夢で生きていけるほど甘くない、という事だろう。


 新米の冒険者であるリデルも、その洗礼を浴びている真っ最中であった。

 

 突然現れた魔獣の群れ。相棒は魔獣の毒にやられて動けない。

 リデルは荒い息の中、剣を構えなおした。

(こんな所で…!)

 相棒を後ろに庇い、剣を振るう。

 それなりの腕を持つ…そう自負していたリデルは、襲いかかってきた数頭の魔獣を何とか捌いた。しかし驚異の生命力をもつ彼らに、疲れ切ったリデルの斬戟がそれほどの効果を発揮するわけもない。

 跳ね飛ばされるだけの魔獣は体を捻り華麗に着地する。

 リデルの顔が歪む。

 そんな彼女に容赦なく魔獣たちが襲いかかってくる。

 反撃を試みるも、疲労で足がふらついた。

「しまっ…!!」

 魔獣の鋭い爪が目前に迫る。リデルは思わず目を閉じた。


【風神の刃よ】


 何者かの声が耳に届く。同時に突風が起こり、魔獣の情けない声が聞こえた。

 恐る恐る目を開ける。

 先程まで牙をむき出してリデル達に恐ろしい目を向けていた魔獣たちが、今では尾を丸めじりじりと後退している。リデルを見てもいない。

 木立が揺れた。人影が現れる。

 同時に魔獣たちが一斉に逃げ出した。あれだけの数があっという間にいなくなる。

 無意識の安堵から、リデルはへたり込んだ。その後ろから先程の声が届く。

「このあたりも物騒になったもんだ」

 森の影が人を吐き出す。

 リデルは振り向き、その姿に呆気にとられた。

 金色の髪、淡い緑の瞳…秀麗な顔立ちもあって、リデルはこの森の守り神がこの場に現れたと一瞬思った。

 違う、そんな筈はない。

「聖霊族!」

 思い直したリデルは思わず叫んでいた。その人物と目が合い、慌てて両手で口を塞ぐ。

 その人は苦笑した。

「残念ながら、俺は人間だよ」

 彼は身を屈めた。

「怪我はない?」

「あ、おれは平気……ヴィーゼ!」

 相棒を振り返る。そこには意識もなくぐったりとした青年が横たわっていた。

 リデルは泣きそうになりながら、相棒の体を揺すった。

「ヴィーゼ?ヴィーゼ!?」

「揺らすな」

 金髪の青年が言った。リデルを引き離し、ヴィーゼの様子を見る。

 浅いが呼吸はある。ただ顔色が悪く、汗びっしょりになっている。彼はヴィーゼを担ぎあげた。

「ここでは何もできない。おいで。村はすぐそこだ」

 リデルは目元を拭った。青年を見上げる。

「アンタは…?」

「…村で薬師をしている」

 そう言ってさっさと歩き出す。成人男子を担いでいるとは思えない軽快さだ。

 リデルは慌てて後を追った。

「ヴィーゼは大丈夫なんだろうな?」

「さぁ?こいつの体力次第ってところか」

「そんな!」

 悲痛な声を上げるリデルに、青年は眉を顰めた。怪訝そうに問いかける。

「お前、こいつとコンビを組んで日が浅いのか?」

「半年くらい…」

「その割には信用ないんだな。よほど弱いとみえる」

「なんだと!」

 リデルは憤然とした。青年を睨みつける。ヴィーゼを担がれていなければ、飛びかかっていたかもしれない。

「ヴィーゼはな!おれなんかと違ってすごく強いんだ!!頭も良くて…!その怪我だって、おれなんかを庇ったから……」

 言葉がだんだん弱くなる。

 項垂れるリデルに、青年は冷ややかな目を向けるだけだった。

 森が開けた。切れ間に小さな集落が広がっている。

 青年の家は森との境目にあった。集落から少し離れているが、不便を感じさせるほどではない。

 村の規模の割に大きな家に、リデルは目を見張った。

 家の前にこれまた目立つ少女がいた。銀色の髪に陽が煌く。

「父さん!」

 少女が駆け寄ってくる。

 リデルは彼女の容姿に目を見張った。が、それ以上に彼女の口から発せられた言葉が気になった。

(…父さん……?)

 どう見ても二十代前半…高く見積もっても三十前後にしか見えない男が、十代後半の少女の父親?

 少女は少女で、父が担ぐ男とその連れに驚いたようだった。

「どうしたの?怪我してるの?」

「毒だ。治療小屋に連れていくから、お母さんを呼んできてくれ」

「わかった」

 少女は頷き、家のほうに駆けていく。母親を呼びながら。

 青年が呆気にとられるばかりのリデルを呼んだ。家の隣に小屋があり、その前に立っている。

 リデルが慌てて近くまで行く。

「開けてくれ」

 両手でヴィーゼを支えているので、戸を開けられなかったらしい。促されるまま、リデルが戸を開ける。

 小屋の中は思いのほか広かった。小さな家と呼んでもいいだろう。

 寝台にテーブル、椅子。壁に並んだ棚にはぎっしりと薬壷や乾燥させた薬草などが並んでいる。

 青年が寝台にヴィーゼを下ろす。

「さて、君はそこに座ってなさい」

 壁際に置かれた椅子を差す。

 素直に言う事を聞くのは癪だったが、出来る事など何もない。仕方なく言われるままに腰かける。

 青年は薬壷の並んだ棚を開いた。幾つか選んで取り出すと、手際よく調合を始める。

 黙って見ていると扉が叩かれた。一人の女性が現れる。

(お母さん?)

 これまた随分若い、綺麗な女の人だった。娘に良く似ていて、青年と同じくらいの年にしか見えない。

 彼女は言った。

「毒にやられた人ですって?」

「ああ。診てやってくれ」

 青年は手を休めないまま答えた。

 女性は横たわったヴィーゼの様子を探る。

「…良くないわね。随分回ってる」

「ギレの毒だ」

「ギレ!?あなた、どこまで薬草取りに行ってたの?」

「すぐそこだ。俺も驚いた」

 全く驚いたようには見えない。淡々と答える。

 女性が眉を顰めた。それから大きく溜息を吐く。

 呪文の詠唱が始まる。長い髪がふわりと舞いあがり、淡い光が彼女を包んだ。

 ヴィーゼが微かに呻く。

 その様子を食い入るように見守るリデルの肩にポンと手が置かれた。

「安心しろ。妻は優秀な癒し手だ」

 そう言ってリデルの前に膝をつく。若葉色の瞳が真直ぐにリデルを見つめてくる。

「手を」

 リデルははっとした。関節が白くなるほど固く握りしめられている。慌ててそれを開く。

 掌は赤く膨れ上がっていた。握りしめてたからではない。魔獣との戦いで負ったらしい。

「全く、無茶をする……」

 青年は微かな苦笑を浮かべる。先程までの意地悪な印象は無い。

 薬を塗られ、包帯を巻かれる。

(…綺麗な人……)

 思わず見惚れてしまってから、慌てて首を左右に振る。

 リデルの治療が住む頃には、ヴィーゼの方も一段落ついていた。

 随分顔色が良くなっている。呼吸も落ち着いてきた。

「しばらくはゆっくり休ませることね」

「ここは自由に使っていい」

 夫婦がそう言って出て行こうとする。

「あ、あの!!」

 声を上げて、彼らを呼び止める。

 振り返った彼らを前に、リデルは顔が真っ赤になった。何だ、この美形夫婦。しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。

「あの…その……ありがとう、ございます……!」

 勢い良く頭を下げる。

 彼らは顔を見合わせた。そして笑う。

「困った時はお互い様」

「後で食事を持ってきてあげるわ。それまで貴方もお休みなさいな、お嬢さん」

 リデルの顔が強張った。髪を短く切り、皮鎧に身を包んだ自分は少年にしか見えない筈だ。この半年、これで充分騙せていた。

 彼らがそれに気付いたかどうかは解らないが、それ以上は何も言わずに出て行った。

 扉が閉まり、リデルは眠る相棒を見つめる。

「ヴィーゼ……」

 小さな小さな声で呼んでみる。返る声がないことを知っていても。

読んで頂いてありがとうございます!

誤字脱字がありましたら、教えて頂けると幸いです。

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