あんたの再従弟のアーネストが、オレがいないと生きていけないとか言ってきて気持ちが悪いんだけど
婚約が決まり、ひと月。
わたしは婚約者に呼び出されました。
「この、あんたの再従弟のアーネストが、オレがいないと生きていけないとか言ってきて気持ちが悪いんだけど、なんとかしてくれない?」
子爵令息のハンス様は、そう言いながらご自分に絡めてくるアーネストの腕を振り解こうと、必死に藻搔いております。
「つれないことを言わないでくださいな。昨日まではわたくしにいたくご執心で、頼みもしないのに花や装飾品を次々と贈ってくださったではありませんか」
アーネストは輝く金色の長い髪を靡かせ、形のよい唇を尖らせます。
「お、男だなんて、知らなかったんだ。そんな見た目で男だなんて反則だろう。しかも、エリシアの再従弟って、一体どういうつもりなんだ?」
「ハンス様こそ、どういうおつもりなのです? よくもまあ婚約者を呼び付け、ご自分の浮気相手をどうにかしろだなんて言えたものですわね。恥も反省もなく、どの口が言うのですか!!」
アーネストはハンス様の腕を放し、今度は冷たい表情で美しいアメジスト色の瞳を細めます。
目の前の、その地獄絵図みたいな光景をただ黙って見つめているわたし。
全く感情がついていかず、ただ茫然と眺めるしかありません。
容姿端麗で可憐なドレスを纏ったアーネスト。
完璧に美しい令嬢にしか見えませんが、彼は侯爵家の三男で、母の従妹の子。つまり、わたしの再従弟に当たります。
男爵の娘であるわたしとは身分差がありましたが、親戚で歳も近く、彼とは子供のころからずっと仲良くしてきました。
ある日、普通の男の子だった彼が急に女の子のようになり、当初はその変貌に驚きました。
ただ、見た目や口調が変わっても彼の優しさは何も変わりませんでしたから、わたしは彼のその姿を受け入れました。そして、それからはずっと姉妹のような関係を築いてきました。
伝えたことはありませんし、これからも伝えるつもりはありませんが、実は、彼はわたしの初恋の人だったりします。
つまりこれは、初恋の人がわたしの婚約者を奪おうとしている、ということなのでしょうか?
アーネストによれば、ハンス様と彼は既にわたしに隠れて親密な仲になっていたようです。
時間差でやってきた心の痛みは、ハンス様に裏切られたせいなのか、アーネストに裏切られたせいなのか、それともどちらのせいでもあるのか、考えてみても判断がつきません。
……いいえ。
ハンス様に対しては、何の感情もありません。
何故なら、彼はお父様が勝手に選んだ政略結婚のお相手でしかないからです。
お父様が本当に毎日うるさくしつこく絡んできて、仕方なしに彼と婚約したのです。
婚約してまだ僅か、ハンス様がどんな方なのか理解もできておりません。
わたしはアーネストと二人で話をするため、彼を連れて自邸に戻りました。
いつものティータイムのごとく、彼はわたしの部屋のソファーに座ります。
わたしは彼の向かいに座り、ため息をつきました。
「……怒っているのね?」
アーネストが尋ねます。
「怒って……というより、ショックだった。ハンス様を好きになってしまったなら、先に相談して欲しかった。隠れて奪おうとするなんて、アーネストがそんなことをするなんて思わなかったわ」
「あんな男、ほんの少しも好きじゃないわ」
「え?」
「エリシアに相応しくないことを証明してやっただけよ」
「どうして、そんな……」
「どうしてじゃないわ。大体、あんなとんでもない好色な男なんてありえないでしょう!! わたくしどころか、浮気相手が六人もいるのよ。綺麗な女性を見ると、自分のものにしたくてどうしようもなくなる性分みたい。それにしても、あなた本気であんな男、いえ、誰にしたって、男なんかと結婚する気だったの?」
「どういう意味? だって、わたしも適齢期だし、お父様が……」
アーネストは外見に似合わない舌打ちをすると、勢いよく立ち上がりました。
「そう、小父様の差し金なのね、わたくし、小父様に抗議するわ!! エリシアは男性恐怖症なのに、無理矢理男に嫁がせるなんて横暴よ!!」
……男性、恐怖症?
……誰が?
わたしはゆっくりと首を傾げます。
次第にアーネストも、不可解といった表情になります。
「え? だって、エリシアは男なんて見るのも話すのも気持ち悪いし、傍にいるだけでも不快だと思うのでしょう?」
「そんなこと思っていないわ。少し緊張はしてしまうけれど…… 」
「はあああ!?」
アーネストは普段出さないような野太い声を出すと、口を開いたまま固まってしまいました。
暫くして、彼は頭を抱え込みます。
「あの女!!」
「アーネスト、一体どうしたっていうの?」
「エリシア、男と結婚する気があるんだね?」
わたしは彼の勢いに気圧され、黙って頷きます。
「ベラ・エネシーとは、まだ付き合いがあるの?」
彼は険しい表情で更にそう問います。
どういうわけか、口調が女装をしていなかったころに戻っています。
「ええ。この間会った時には、意中の伯爵子息と上手くいきそうだと話していたけれど」
ベラというのはわたしと同じ、やはり男爵家の令嬢で、貴族学校初等部の時からの友人です。
時折わたしの邸を訪れては、一方的に自分の近況を話していきます。
「あんな女の言うことなんて信じた俺が馬鹿だった」
アーネストは再びソファーに座り、両手で自分の顔を覆います。
「アーネスト? どうしたの? あなた、さっきから変よ」
「うん……。変だよ。努力してこんな格好して、口調や仕草にまで気を遣って、何年も何年も……」
「努力?」
彼は顔を上げると、わたしを見つめます。
「俺は君とずっと一緒にいるために、こんな格好をしていたんだ。……ベラから君が男性恐怖症だと聞かされて」
「は? そ、そんなのおかしいわ。だって、アーネストが女性の振る舞いをする前から、わたしたち、仲がよかったじゃない」
「そうだね。けれど子供の頃はよくても、俺を男だと意識して、突然拒絶される日が来るのかと思ったら怖かったんだ」
アーネストはわたしから視線を逸らし、俯きます。
「アーネストを拒絶するわけがないじゃない」
「……確かに。冷静に考えれば、君がそんなことをするはずがないね」
「ベラはどうして、こんな訳の分からない嘘を?」
「君は気づかなかったと思うけれど、彼女は昔から何かにつけて優秀な君と張り合い、いつだって君が不利になる材料を探していた。それに、俺は彼女からしつこく言い寄られても受け入れなかったから、報復の意味もあったのかもしれない。きっと俺のこんな姿を見て、滑稽だと笑っていたんだろう」
「ベラって自分のことばかり話すけど、いつも何が言いたいのかよく分からないことが多かったわ。思い返してみれば、自慢話……だったのかもしれない」
「全く君も人がいいね」
アーネストは呆れたように、微かに笑います。
「心配しないで、アーネスト。男とか女とか関係ないわ。どんなアーネストだって大好きだから、わたしたち、これからもずっと仲良しでいましょう?」
「そういうつもりだったよ。女性同士としてでもいい。歳をとったら、ルームシェアみたいに一緒に生活できたらとか、考えたりして」
「それは楽しそうね」
「駄目だよ。結局君は男と結婚するんだろう?」
アーネストは再びソファーから立ち上がると、わたしの傍に座り、わたしに視線を向けます。
「だから、その男は俺じゃダメかな?」
「アーネスト?」
わたしはアーネストを見つめ返します。
彼は赤くなりながらも、視線を逸らしません。
「……すき。エリシアが、好きだよ。性別を変えてでも一緒にいたいと願ってしまうくらい、大好きだ。俺と結婚してください」
勿論、アーネストのことは好きだけれど、急な展開に混乱して、上手く言葉が出てきません。
「ごめん。好きとか、結婚とか、急に驚いたよね。まだ返事はいい……。君が落ち着いたころ、まともな格好をしてもう一度言うよ」
彼は頬を染めたまま、そう言いました。
数日後、ハンス様から婚約を破棄したいと正式に申し出がありました。
彼のほうも思うところがあったのかもしれませんが、こちらも不服などあろうはずもなく、喜んで承諾しました。
それから、三週間ほどが経ちました。
数年ぶりに見る男装のアーネストは、どこからどう見ても眉目秀麗な男性です。
彼を直視できず、なんだか緊張してしまいます。
「エリシア、改めて言うよ。君のことを誰よりも愛している。俺と結婚してください」
彼は跪き、わたしに指輪を差し出しました。
「はい。わたしもアーネストとずっと一緒にいたいから、よろしくお願いします」
それが自分の心に従い、辿り着いた答えです。
わたしは指輪を受け取りました。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
アーネストがそっとわたしを抱きしめました。
慣れていないので、わたしは彼を抱きしめ返すこともできずに棒立ちです。
アーネストが笑います。
彼の温もりと柔らかな笑い声に、心が温かくなりました。
けれど、心配なこともあります。
「身分差もあるし、ディーゼル侯爵とお父様は許してくれるかしら」
「どっちも大丈夫だよ。侯爵家の財政は現状、実質的に俺が回しているから、父上は俺がやることに反対はしない。エリシアの父上も侯爵家に借金があるし、脅してでも絶対に駄目だなんて言わせないよ」
アーネストはそう言って、悪魔的に美しく微笑みます。
どうやら、彼の新たな一面を見たようです。
その後、噂によると、ハンス様は付き合っていた複数の女性から平手打ちを食らい、メンタルがボロボロになってしまったそうです。
浮気症であることがばれて、そのような大惨事になったらしいのですが、それに関しては自業自得だとしか言いようもありません。
また、父親からは放蕩息子と呆れられ、自由に使えるお金もなくなったようです。
元友人のベラは、性悪であることが社交界に知れ渡り、付き合っていた伯爵令息から振られただけではなく、全ての男性から相手にされなくなりました。
男爵家である彼女の邸の財政も傾いているということですから、ベラはどこかの上級貴族の邸で下働きをすることになるかもしれません。
プロポーズを受け入れてから半年と経たず、わたしたちは結婚しました。
勿論、ディーゼル侯爵とお父様、それから親類全ての祝福を受けて。
わたしたちはお互いを思い合い、幸せに暮らします。
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