第19話 最初から夫婦ですらなかったではないですか
見慣れた天井、見慣れた部屋。ここは確かに自室だった。
なのに――。
「……」
フルールが首を動かして横を見れば、椅子に座り、腕を組んで目を閉じているルゼルヴェがいた。
――なぜ、旦那様がここに?
背もたれのない丸椅子なのに、背筋がピンと伸びて座っている辺り、彼の性格がよく現れている。
――違う、そうじゃなくて。
フルールは、とても困惑していた。
ぼんやりとした頭で、必死に記憶を辿る。
――そうだ。家に帰れなくて、森で野宿してて……。
いつの間にか帰宅し、フルールは自室のベッドに寝ていてる。見た感じ、部屋は荒らされた様子がなく無事だ。
しかし隣にルゼルヴェがなぜいるのか、どう考えてもフルールには分からなかった。
「……起きたのか」
「ええ、はい。旦那様」
物音で起こしてしまったらしい、ルゼルヴェがフルールを見つめ声をかけてきた。
改めて見たルゼルヴェは、以前のような冷たい印象は受けなかった。どことなく不機嫌には見えるものの。
「水は飲めるか? 食事は?」
「……え、と。大丈夫です」
「……どっちだ」
グラスを手に、ルゼルヴェが訝しげにフルールへと問う。
――どっちも何も、なんで答えなきゃいけないのよ。
フルールも、困惑を通り越して不信感を抱き始めている。
二人の間に、剣呑な空気が徐々に漂っていた。
「旦那様の手を煩わせるほどではありませんわ。先に、ご用件をお伺いします。待ってたんですよね?」
息を吐き出して、フルールは苛立ちを抑え起き上がる。当然のように手を伸ばしてきたルゼルヴェを、フルールは振り払った。
乱れている髪を手で整え、まっすぐにルゼルヴェへと向き直った。
「……」
ルゼルヴェはと言えば、振り払われた手を見つめて固まっている。
――なんなのよ、いったい。
初夜も放棄した夫が、当たり前のようにフルールの私室にいることも、そう。
好きにしていいとルゼルヴェが言ったのに、これでは過干渉ではないか。
それなのに、まるで拒絶するフルールの方が悪いように見える態度はなんなのか。
「私室でする話ではありませんので、用向きは一階でお聞きしま――っ!」
「っおい!」
ベッドから立ち上がろうとして、足首に強烈な痛みを感じてフルールは体勢を崩した。
声すらも上がらず息を詰めたフルールを、慌ててルゼルヴェが支える。
「――フルール!?」
ガタンと倒れたルゼルヴェの椅子の音に、カームが部屋へと飛び込んできた。
「旦那様、フルール様に何を?」
「……私は、何も」
カームがキッと睨み付け、ルゼルヴェを引き離すと、痛みに顔をしかめているフルールの隣に寄り添った。
ルゼルヴェはたじろいぎ、口ごもっている。
「カーム。旦那様は、何も、していないわ。私が怪我を忘れてただけ。ガルドを呼んできて、居るわよね?
下で話がしたいの。お茶の用意も頼めるかしら?」
フルールがふうと息をついて、カームに指示を出した。
カームは少し迷った後、ベッドにフルールを座らせる。ルゼルヴェを無言で一瞥し、部屋を出ていった。
「支えるなら、私が――」
なぜだか分からないが、世話を焼こうとするルゼルヴェに対して、フルールはハッキリと線引きをする。
「旦那様。旦那様は確かに、私の旦那様です。けれど、形だけですわ。
まだお会いして二回目の、初夜もしていません。お手を煩わせる気はありませんと、先程も言いました。
あの日、好きにしていいと言われたのですから、拒否させていただきますわ」
ルゼルヴェになんの心境があったのか、フルールは知らない。知りたくもない。
――今さらそんな、気遣わしげな目をしないでよ。
二人へ預けた品物の用件で来たとしても、それ以外だとしても、相手の優位になるような余地を与えるつもりはフルールにはなかった。
――最初に夫であることを放棄したのは、旦那様なんだから。
始まってすらない関係、それなのに他人というには近すぎる間柄。白い結婚とはよく言ったものだ。
明確に拒絶の意思を示すと、フルールは片足立ちをして、ピョンピョンと飛んで部屋の入口まで行く。
「起きて平気なのか?」
「起きちゃったし、もう寝れないもの。肩、貸してくれる?」
通路に出てすぐに、心配げなガルドと合流した。彼の肩を借りて、フルールは階下へと向かう。
部屋には、呆然と座り込むルゼルヴェだけが取り残された。




