第18話 人付き合いが苦手なだけだったらしいです、本当に
護衛たちは下で各自休むだろう。ルゼルヴェは二階へと上がり、当然のようにフルールの部屋へと入ろうとした。
「フルール様には、私が付いています。旦那様はどうぞ、隣のベッドをお使いください」
そこへ後ろから付いてきていたカームが、静かに進言してくる。
勧めてきたベッドは、カームの使っている物だ。
「カーム、私は彼女の夫だぞ。看病くらいしても良いだろう」
「奥様がお望みにならないことを、メイドとして止めるのは当然のことです。
旦那様はこれまで夫として、奥様に何かをされてきたのですか?」
ぐうの音も出ないことを、カームは毅然としてルゼルヴェに言ってきた。
本邸での進言の際、震えていたとは思えないほど立派な態度だった。
――本当に、フルールに仕えるのだな。
キッと睨見上げるカームのその姿勢は、称賛に値するだろう。
心から仕える者など上に立つ者として、とても価値のあるものだ。
メイドとはいえ第三者から、夫として不合格だと明確に評価された。
今回の件でカームに主として、ルゼルヴェは見放されたのだ。それはおそらく、森での様子からガルドにも当てはまる。
「……怪我人で、病人だ。手を出したりしないし、看病の心得はある」
ルゼルヴェはカームの態度に怒るでもなく、静かにそう言った。
そして、少し気まずそうに続ける。
「だが、料理など私には出来ん。病人食などなおさらだ。ここにいるメイドは、カームだけ。適材適所だ、従え」
フルールと話をしたら、ルゼルヴェは出ていくつもりだった。
そもそもの話が泊まる気も、連れ戻す気もなかった。
だからこそ、目立たない馬車に乗り最小人数で来たのだ。
――それが今、仇となったなわけだが。
仰々しく来ていたら、時間がかかり事態はもっと悪かったかもしれない。
それでもメイドが一人だと、困るのは目覚めた後のフルールの食事だった。
ルゼルヴェも護衛も、携帯食料でも問題はない。国境警備などではよくあることだから。
「……そういうことでしたら、お言葉に甘えて先に休ませていただきます。調理の方は、お任せください。
皆様の分、朝食からご用意いたします。
何かありましたら、隣に控えていますので、お呼びください」
カームはじっと念押しするかのようにルゼルヴェを見てから、静かに一礼すると自室へと戻っていった。
「……」
息をついて、ルゼルヴェもフルールの部屋へと入る。強敵と相対したような気疲れだ。
――メイドに気後れするなど。
「らしくないな」
ポツリと呟いて、ルゼルヴェは腰かけた。
溶けた氷のうの水を捨てて、新しい氷を魔法で作り出すと腫れた足にそっと置く。冷たさに、フルールが僅かに身じろいだ。
その汗ばんだ顔を、側のタオルで拭ってやる。
白い結婚を持ちかけた。同意の元、彼女は喜んで出ていった。
ラフィネに城を追い出されてすぐ、ルゼルヴェは領地の別邸へ向かった。
そこにフルールは居らず、足取りも掴めないから本邸へ戻った。
「何かあれば、向こうが知らせるだろう、か」
カームとガルドが、本邸へ戻ってきた。
二人から話を聞いて、ラフィネに知らせを送り、王都で手に入る白粉を集めた。
正直、会話の糸口くらいにしか思っていない。白粉の危険性は、まだよく分かっていないのだ。
――関係修復などとラフィネが言ったが、まだ書類上の関係でしかない。今さらどうしろというんだ。
そして、少数でこの町へとやって来た。
移動時間が掛かるのは、仕方ないだろう。こんなにも辺鄙なところに、フルールが住んでいるのが悪い。
「安心できる家を用意しなかったのは、私か」
それがどれほど大切か、母とうまくいっていないルゼルヴェなら、分かっていたはずだった。
女は面倒な生き物だ。感情的に生きる母もそう。父の愛を求め、孤独になった母は貴族に向いていない。
社交界で、すり寄ってくるだけの令嬢たちもそうだ。彼女たちは、ルゼルヴェの家柄とラフィネの側近という肩書きに群がっている。
結婚相手に選んだフルールは、馬車の事故で傷物となり社交界でつま弾きにあっていた。物静かで内気な女性。
結婚に価値を見いだせないルゼルヴェに、それは都合がいいと思った。
『好きにして良いのでしょう? あ、領地の邸が問題でしたら、当面は離れでも、馬小屋でも、倉庫でも、雨風が凌げればなんでも構いませんわ。もしくは山小屋でも――』
けれど初夜でのフルールは、ルゼルヴェの予想外の行動を起こす。強かで強気な、変な女だった。
――どちらにしろ、放っておいていいと思っていた。
従順でも、破天荒でも、ルゼルヴェには関係ないと切り捨てた。
離縁が成立するまでの三年間の白い結婚、彼女はそれも快諾したのだから。
無駄なことは元よりしていない。ルゼルヴェが、必要なことを疎かにした結果だった。
『そう言われましても、あのような粗暴者、誰に助力を乞えと言うのですか。
領民を無闇に危険に晒すなど、それこそ貴族の名折れです。
それに私、サントゥール夫人として住んでませんの。ここでは、ただのフルールですわ』
手薄になった家は狙われ、害された。それに嘆かず毅然としているのだから、平民として暮らしながら、フルールの考えは貴族そのものだ。
無力な女性でありながら、森へと一人で身を潜めることを選んでいた。誰がそんなことを予測できただろうか。
『……損得勘定では、ありません。私は人として、誰かが傷つくのも、誰かが悲しむのも嫌なんですの』
ガルドが本邸へ持ち帰った、フルールの情報もそうだ。
白粉が健康被害に繋がるから、サントゥールの使用人たちへと手製の品を手土産に持たせていた。
損得で切り捨て、行動するルゼルヴェとは違う。
フルールは感情的に動き、最終的に人のために繋がっている。
行動原理は自己犠牲が垣間見え歪んでいるが、高潔といっても良いほど善だろう。
フルールはまさにノブレス・オブリージュを全うしていた。
――敵うわけがないか。あちらが貴族として正しい姿だ。
捨て身を厭わずフルールが善行を行うのであれば、少なくとも三年は、ルゼルヴェが庇護しなければならないだろう。なぜなら――。
「私は、彼女の夫だからな」
ルゼルヴェは両の手のひらを合わせ、自身の額に当てると、息を吐いて言い聞かせた。
それ以外の接し方を、ルゼルヴェは知らなかった。




