第17話 貴族であり、職人気質であり、理解の範疇を超えてる妻、らしい
「……君は、家に押し入った男どもも把握していたわけか。それが、なぜ森にいる。助けを求めるのが、筋だろう!」
気づいた違和感をルゼルヴェが言葉に出して言えば、フルールはどこ吹く風だった。
「そう言われましても、あのような粗暴者、誰に助力を乞えと言うのですか。
領民を無闇に危険に晒すなど、それこそ貴族の名折れですわ。
それに私、サントゥール夫人として住んでませんの。ここでは、ただのフルールです」
諦めて大人しくルゼルヴェに抱かれてはいるものの、フルールはふうと息を吐いて頬に手を当てている。
ルゼルヴェとのやり取りを、どう切り抜けようか。そう、貴族としてフルールがあしらおうとしているのがよく分かる。
――平民として暮らしながら、貴族を語るのか。
ルゼルヴェの胸の内が、すうっと冷えるのを感じた。それさえも苛立たしく感じながら、ただ早足に護衛が照らす道を進む。
虚勢を張れる間はいい。けれど、いつ容態が悪化しないとも限らないからだ。
「それでも君は、名ばかりとはいえサントゥール侯爵夫人だ。そして私は書類上、君の夫だ」
「そうですね。三年後の離縁まで、軽率でした。次はもう少し、うまくしますわ」
ルゼルヴェに返事をするフルール、その声が少し、柔らかいものへと変わっていた。気を許したからではない。
視線を下げれば、フルールはうとうとしだしていた。
腕の中に収まる華奢な存在。女など取るに足らない、忌まわしいだけだったはずだ。
それがこんなにも、ルゼルヴェの心を乱すのはなぜだろうか。
「違う、そうじゃない。君はもっと、サントゥール家を、私を、利用すべきだ。使うべきなんだ。身を削ることに、一体なんの益がある」
侯爵夫人として暮らしていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
それはフルール自身だけでなく、ルゼルヴェにも言えたことだった。
お互いに言い方を変えていれば、本邸で好きに過ごせていたはずなのだから。
「……損得勘定では、ありません。私は人として、誰かが傷つくのも、誰かが悲しむのも嫌なんですの」
「そう思うならば、君はもっと君自身を大事にするべきではないか」
――ああ、真っ先に傷つけたのは、俺か。
言ってから、ルゼルヴェは押し黙る。その過ちに気づいたからだ。
今回の件でフルールだけを責める権利は、ルゼルヴェには無かった。
ずんと腕に掛かる力が重くなった気がして、再び彼女を見ると浅く寝息をたてていた。その目元に、うっすらと隈が見える。
再会した時にキラキラと見えたのは、肌に何か付けていたのだろう。
目の周りにも光がついている。今はそれが逆に青白さを際立たせていた。
先ほどの煌々とした姿と一変、疲労の色が濃い今の姿に、ズキリと明確な胸の痛みをルゼルヴェは覚えた。
「ガルド、先行して町の医者を家に呼べ。夜半だろうが叩き起こせ、金は弾むと伝えろ」
「はっ」
命じた声は驚くほどに低く、温度の感じない感情の読めないものだった。
ガルドはそれに短く返事をすると、走っていった。
◇◆◇◆◇◆◇
「腫れてはいますが、骨に異常はありませんな。捻挫でしょう。しばらく安静にされれば、よろしいかと思います」
「そうか」
家に着くと、カームと護衛とがあらかた片付けを済ませていた。荒らされた形跡など、どこにも残っていなかった。
しつらえられたフルールの部屋のベッドに彼女を寝かせ、ガルドが呼んだ医者が診察をする。
「あとはその……」
部屋にはフルールと医師を除けば、ルゼルヴェとカームだけ。
医師はチラチラとルゼルヴェを気にかけ、カームへと窺うように視線をさ迷わせている。
――どいつもこいつも、露骨すぎる。
町に着いた時から感じていたが、フルールを始めとした三人は、かなり町に馴染んでいる。
町民からも、愛されているのだろうことが分かるほどだ。
反対に、ルゼルヴェは貴族であり部外者だ。快く思えと言う方が無理がある。
余所者として言って大差はないが、仮にも夫なのだ。メイドよりも、フルールのことで扱いを下にされるのはプライドが傷つく。
「気にせず全て話せ」
「発熱は風邪ですな。それに疲労と栄養失調、過労の傾向がみられます。
しばらくは、静養された方がよろしいかと……」
ルゼルヴェは医師の機微を読み、まだ何かあると、さらり鋭利な視線を向ける。
腕を組んだ上から、苛立ちのまま指をトントンと叩いていた。
「全て話せと言った」
「は、はい。ほとんどの怪我は、擦り傷なので跡にも残りませんが。ただ、その……腕の傷だけは残るかもしれません」
「……腕?」
「ああ、パッチテストの跡ですね。フルール様、またやっちゃいましたか」
縮こまる医師に、助け船を出したのはカームだ。要領を得ずに、ルゼルヴェが訝しげに呟く。
「どういうことだ?」
「どうもこうも、手作り品を作られてるじゃないですか。フルール様は、その安全性の検証をご自身の腕で全て試しているんです。
異常を感じたら、すぐに流せば良いのですけど、うっかりそのままにされることも多くて。
物作りに熱中すると、飲食を疎かにもされますからね」
――それは、どこの職人だ。
瞬時に思った言葉を、ルゼルヴェはなんとか飲み込んだ。
諦めたようにため息を吐いたカームに、逆にルゼルヴェは予想外過ぎて、それ以上何も言えなかった。
「……皆、ご苦労だった。各自交代で休息を取れ、報告は明日、まとめて聞こう」
医者を帰した後に、そう言うのがやっとだった。
医者に見せるまで、やきもきとして気が気ではなかった。
それが最後はやはりと言うか、やはり妻はどこか枠に収まってはくれないのだと、ルゼルヴェは痛感したのだった。




