第13話 前世も今世も無力なことに変わりはなくて
サクサクと、草を踏む音が静かに聞こえる。木々の合間から覗く光が、足元を照らしてくれる。
「逃げちゃった……」
というよりも、フルールは見なかったことにした。
男二人にフルールが勝てるとは思わないし、町の人を巻き込むのもまた違うと思った。
今日は朝から町を歩いていたから、フルールが外出しているのは周知の事実だ。
そこへ、わざわざ家に来る町民はいないと願う。
太陽の位置からして今は、ちょうど昼あたり。
フルールは気を紛らわすために森へと足を伸ばして、採取に来ていた。
「帰ったら、居ないかな」
――居たら、どうしよう。
ふるりと身を震わせて、フルールは立ち止まる。
二人が居なくなって二週間と少し、それがこんなにも心細くなるとは。
「……一人でも、生きていけたのになぁ」
前世の治安が羨ましい。
包みから干し肉を取り出して、フルールは噛った。素朴な味がじんわりと口の中に広がる。
「二人が帰ってこなかったら……」
モグモグと干し肉を噛みしめて、物思いにふける。フルールは気の向くままに足を進める。立ち止まるのが怖いためだ。
『奥様のお作りになるものは売れます。最初が肝心なのです。タダであげるなど、絶対にダメですよ』
カームに最初に言われたことが、心に刺さる。
物々交換が板についたが、今から事業としてもやっていけるだろうか。
けれどそうなると、今回のこともある。人を雇う必要があるだろう。
――もろもろ考えると、面倒よね。下働きの方が私にはあってそう。
現在は、容器持ち込みの上での物々交換なのだ。
事業としてなら、容器、人の手配。店舗、製造の配分、個人ですぐにどうこう出来るものではなかった。
「でも、衣食住は課題よね。家は……たぶんもうダメだと思うし」
粗暴そうな見た目だった。扉も蹴破っていた。あれでは、中が無事とは思えない。
金品や製造物は普段から隠してある。物盗りならば、きっと見つからなくて漁っているだろう。
いっそ新しい気持ちで、別の町へ行くのも視野にいれよう。そうフルールは考えて、気づけば森の奥深くへと歩いていた。
「あら、ずいぶん奥まで来てしまったわね」
干し肉と果物が入った包みを片手で持ったフルール。その普段の採取とは程遠いラフな姿で、ポツンと立ち止まる。
見上げた空は、暗くなり始めていた。
◇◆◇◆◇◆◇
逃がした魚は大きいとはこの事かと、ルゼルヴェは頭を抱えていた。
フルールが持たせた各種用品を、使用人に使わせたところ絶賛だった。
さらには、ルゼルヴェ自身がそれを使い驚いた。
香りが飛んで弱まってはいるが、既存品と比べて泡立ちがいい。
使いすぎれば肌荒れがするものだが、フルール作のものは、その心配がないとも聞いた。
これらは民家で作ったという。製造環境を整えれば、利益が見込めるだろうことは明白だ。
「さて、どうなるか……」
「謝るしかないですよねぇ」
ガタゴトと激しく揺れる馬車の中、カームが容赦なくルゼルヴェに言う。
解雇の件に関しては、二人は納得していないが保留とした。
フルールに会って話をしないことには、始まらないからだ。
――カームもガルドも、不服そうだったな。
目立たない装飾の抑えた馬車に、カームとルゼルヴェが乗っている。
ガルドは馬で他にも数名、護衛を連れてきた。
「……それもそうだが、白粉に関しても、だ」
ルゼルヴェは、気まずくて話題を変える。
ガルドからの報告で、ルゼルヴェは王都で販売されているものを全て、使用人に集めさせた。
立派な物を作り上げたフルールが、作り話をしているとも思えないからだ。
品物を見せた上でフルール自身に詳細を聞けたらと、馬車で向かっていた。
健康被害に関しては、王太子ラフィネに報告を上げた。
ルゼルヴェがやるよりも、王太子妃が協力した方が早い。
規模の小さい町ということで、ルゼルヴェたちは外で馬車を降り、馬を休ませた。
日が傾き始め、人を訪ねるには遅い時間だが、そこは夫ということで多めに見てもらいたい。
ガルドとカームを先頭に歩けば、ほどなくして町民が駆け寄ってきた。
「カームちゃんは無事だったのね!」
「アンタは今まで、どこ行ってたんだい!」
カームの姿を見て安堵を浮かべる女性に、別の女性はガルドに目くじらを立てていた。
その様子に、何かがあったのだと分かる。
「アンジュさん、何があったの?」
その異様な空気に、カームが一歩前へと踏み寄り問いかけた。
顔を見合わせた数人の女性たち、そのうちの一人が代表して口を開いた。
「……何がもないよ。アンタらの家に、ガラの悪いのが居着いててさ。
これから男衆を集めようかって、話してたんだ」
聞き終わらぬうちに、ざっと目の色を変えたガルドが、迷いなく駆け出した。
ルゼルヴェも一瞬の躊躇いの後、カームに護衛を一人付け、すぐさまガルドの後を追った。
『ええ、ですので現在。奥様――フルール様は一人でお過ごしです。侯爵夫人が、です』
到底主人に向けるものではない、ガルドの苛立ち交じりの視線を、ルゼルヴェは思い出した。
――蔑ろにし過ぎたツケだとでもいうのか。
母と何も変わらない。安否が分からない以上、ルゼルヴェの方が、より質が悪いかもしれないと自責に苛まれるのだった。




