第10話 誰の話をしているでしょう。貴方の妻ですよ
「旦那様、目をかけていただいたこと恩義は忘れておりません。
けれど、暇をいただきたく存じます」
ルゼルヴェに対して、カームがそう語彙を強めて言ってきた。緊張しているのだろう、その手は震えている。
けれどガルドも思いは同じようで、ルゼルヴェが視線を向ければ、彼は黙って頷き返してきた。
「ちょっと待て。アレに、何か……」
行動の読めない妻だ。彼女に何かされたのか、ならば早々に本邸戻ってくれば良いだけだ。
それに二人の様子からして、それはないと分かる。
あの顔は、現状に不平不満が溜まった人間のするものではない。
「フルール様です、旦那様。フルール様は私たちに、とてもよくしてくださいました。
それどころか、侯爵邸に戻るようにと何度も気遣いもいただきました」
――気遣い、だと?
ルゼルヴェの宣言に嬉々として出ていき、護衛も使用人も要らないと突っぱねた。
侯爵夫人なのだから、せめて道中は連れていけと、ルゼルヴェは渋々フルールに承諾させたのだ。
「追い払ったの、間違いではなく?」
疑問はついと、口から出た。本邸に一人で住むようになってから雇った二人。
母の八つ当たりを、見て見ぬふりをしていた使用人ではない。
彼らの前、どうしてもルゼルヴェの気が緩んでしまう。
「今の住まいに着くまでは確かに、少々食い違いがありました。
私共も、貴族のご夫人だと警戒していましたので。
けれど、一緒に住むならとフルール様は気さくに接してくださいました」
ガルドがそう、ルゼルヴェの言葉を否定する。
「旦那様はもったいないです!
フルール様は、料理もお上手で美味しいですし、掃除も手際が良いです。
私たちだけじゃなく、町の人たちとも分け隔てなく接しておられますし。
それに素晴らしいものを、お作りになります」
カームもフルールの良さを熱弁する。
顔を赤らめて言う彼女は、とてもうっとりとしている。
おそらく、フルールとの暮らしを思い出しているのだろう。
――いやまて、料理に掃除だと?
それは夫人のすることではなく、使用人の仕事だろう――そう思って、ああとルゼルヴェは思い出す。
元々一人で出ていくつもりで、住まいは馬小屋でも良いと言った女だ。
別邸を出てから、フルールは新たに人を雇っていないのだと推測した。
「……」
理解不能な行動に、ルゼルヴェは頭痛に襲われ始めた。
ギシっと椅子に背を預け、天井を見上げるとため息をついた。
コトン、とそのルゼルヴェの目の前に籠が置かれた。
「……?」
カームが籠の包みを広げ、中身を取り出すと並べ始めた。
「フルール様がお作りになりました。侯爵邸の皆様へ、とのことです」
「なんだ。これは?」
少し不格好な四角い物体がいくつかと瓶詰めにされたハーブと液体。
そして白い粉の入った瓶、中には植物だろうか、ブツブツと何かが入っているのが見える。
「固形の石鹸と、髪の汚れを落とす粉、髪の艶を出す液体です。
改良を重ねたフルール様の自信作です。町でも人気なんですよ」
満面の笑みでカームが、誇らしげに胸を張って説明した。
「貴族のご夫人の間で、健康を害する化粧品の粗悪品が出回っているそうです。
侯爵邸の皆の健康を、気にされておりました。
こちらは全て、フルール様なりのお気遣いの品になります」
ガルドが、そう補足した。
「粗悪品だと?」
ルゼルヴェは、二人をまじまじと見る。
二人の身なりは、邸を出た時よりも服はくたびれている。
報告は不便だと言うほどだ、どこか田舎の方に住んでいるせいだと予想は出来る。
けれど、二人の容姿は、良いところの出だと言われても問題無いほど、髪も肌も張りがあり艶やかだ。
元々の整った容姿に相まって、美男美女の組み合わせになっている。
「はい。一部の白粉に鉛という健康被害を及ぼすものが使われていると、言われていました。
一年も使用すれば、何かしら身体に支障をきたすだろうと」
――なんだ、それは。
女性関係に疎いルゼルヴェには、突拍子も無い話だ。新手の毒物商法か。
そうであれば、フルールはどこからその話を仕入れたのか。
けれど、二人の容姿を見れば、あながち的外れと蹴ることも出来ないと、ルゼルヴェは思考する。
――ラフィネに話を通しておくか。
愛妻家の彼のことだ、ルゼルヴェよりも見識はあるだろう。
そうでなくとも王太子妃ならば、女性関係の情報を豊富に持っているはずだ。
「ア、……それで、フルールは粗悪品ではない商品を作り、商いでも始める気か?」
アレと言いかけ、カームの鋭い眼差しに押し黙り、ルゼルヴェは言い直した。
フルールが採取がどうのと言っていた、初夜を思い出して確認する。
「いえ、あくまでもご自身のためでした。三年後に離縁する時に、働きながら試行錯誤するのは大変だと。
今のうちに、自分用を作っておきたいのだそうです」
「は……?」
また訳の分からないことを言っていると、ルゼルヴェは意表を突かれたのだった。




