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4話 永愛の場合 前編

2人目です。


教室の窓際最奥席。

いわゆる、”主人公席”と呼ばれるそこに座る彼女はいつも物憂げな顔している。


暮部永愛(くれべとあ)

その名前だけが僕が知っている彼女の全てだった。


手を伸ばせば届く筈なのに。

声をかければ話せる筈なのに。

床のタイル一枚分の距離が僕には途方もなく遠い距離に思えた。


休み時間、いつもの様に本を読む振りをして、横目で彼女を盗み見る。


日本人離れした顔立ちは同年代とは思えない程に大人びていた。窓から入り込む風が彼女の髪を揺らす。その度に銀を溶かし込んだような髪に光の粒子が跳ね返る。


教室の喧騒も関係ない。

息を呑む様な神々しさがそこにあった。


「…なに?」


不躾な視線に気付いたのか暮辺は不審そうにこっちを見ていた。


「…ごめん、ちょっと眩しくて」


頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。

それが彼女のことを指しているとは気づかれず、

暮辺さんは”あぁ”と小さく漏らすと、西陽の事を言っていると思ったのか窓を閉めてカーテンを引いた。


「…気づかなくて、ごめんね」


愛想というか感情に薄い彼女にしては珍しい、こちらを気遣った言葉だった。

そのまま手持ち無沙汰になった暮辺さんは机の中から一冊の本を取り出し、読み始める。


初めて読書をしている彼女に僕はどんな本を読んでいるのか好奇心を刺激された。

もしかしたら、そこから何かの話題が生まれるかもなんて淡い期待を抱いてしまう。


…自己肯定感を上げる7つの教え。


自己啓発本だろうか?

背表紙にあるその題名は普段見ている彼女には縁遠いものに思えた。


「気になる?」


視線を背表紙から上げると彼女の色素の薄い瞳が僕を映していた。


2度も続けば言い訳も効かない。

こうなれば自棄だと抑えられない好奇心に身を任せた。


「うん。なんだか珍しい本だなって」


「これ、そんなに珍しいかな?」


「変じゃないよ!…ただ…暮部さんが読まなそうなジャンルというか…タイトルだから」


率直に思った事を言うと、彼女はほんのりと頬を染める。そして本の背に隠れるように顔を沈めた。


「そう言われるとちょっと恥ずかしい」


いつにも増して小さな声でそう呟く暮辺さんの姿は、年相応の女の子の様で新鮮な反応だった。


ふと見える人間味に胸がざわついた。


「全然、変じゃないよ!…そのいいと思う」


「ふふっ…斎藤くんってフォロー下手だね」


小さく笑った彼女の声が、耳に残って離れない。

それを引き出したことに、妙な達成感すら感じていた。


「これ私の大事な人から貰ったものなんだ」


でも、そんな宝物を見つけたような興奮も、背表紙を撫でる彼女の顔を見ているうちに萎んでいく。


きっと彼女にその本を渡した人にとっては、あたりまえの彼女で特別な宝物なんかじゃないと言われた気がした。



◆◇


「うわぁぁぁん!!ごめんなさぁあい!!」


敵前逃亡。

そう言うしかない様相を呈しながら、少女が森を駆け出していく。


「アホ永愛!?背中見せて逃げる奴があるか!」


そう叫びながら彼女を追うのは、補佐官の金原こと俺だった。


背後では殺意をむき出しにした魔王種—人面獣が獣のような四つん這い迫ってくる。人面獣というだけにその頭部は人間にそっくりで、口元を歪めて笑っていた。


その怪物の気性は非常に獰猛かつ残虐で、人を弄び嬲り殺すことで知られている。

捕まったら最後どうなるかは想像に難くない。


「敬ちゃん!だめ足がもつれて、食べられちゃうよぉ!」


最初に逃げ出したくせに、どんどんと走るスピードが落ちてくる永愛。


こいつ俺より身体能力あるくせに、なんでこんな鈍臭いんだよ!


俺は溜息つきながらも、その身体を傍に抱き抱えて走る。

グッと増えた重量に足が鈍くなりそうになるが、手から流れる魔力により無理矢理脚力を上げて誤魔化す。


ぶちぶちと筋繊維が千切れる痛みに耐えながら、

人の身にはあり得ないほどの速度を出していた。


「額は骨が厚いからやめとけって言ったろうが!なんで、わざわざそこに当てんだよ!」


「うえーん、だってだって…ごめんなさぁい!」


永愛は金原のスラックスに納めていたシャツを引っ張って顔押し付けて目を擦りつける。

言葉とは裏腹にあまりにも図々しい行動に、

こいつ実は余裕あるだろとキレたくなる。


「敬ちゃん、柔軟剤変えた?これ嫌い」


「お前やっぱ余裕あるだろ!?そんなに余裕あんなら援護しろ!」


「あっ」


名残惜しそうな声を上げる永愛をシャツから無理矢理引き剥がす。

今度は縦抱きに持ち替えて、片手で抱き留める。


「目が脚を狙え!」


顔に纏わりつく永愛の髪を振り解きながら、声を上げる。


「あんまり耳元で声出さないで!」


抗議の声を上げながらも背後に振り返った永愛は手に持った単発式の小銃を人面獣に向ける。


「と…あ…永愛、可愛いよぉ…食べたい…美味そう。可愛い声で鳴いてねぇ」


人の声帯を模した口から、ねっとりとした声が漏れる。

人面獣の歪んだ笑みが永愛の名を呼ぶたびに、抱えた背中が震えるのが分かった。


「落ち着け永愛。お前ならできる」


俺は耳元で小さく呟いた。

赤子にやるように優しくその背を叩く。


するとぐっと首に絡む腕が締まり、永愛の震えが次第に収まっていく。


「永愛ちゃん。永愛ちゃん。と…あ」


近づく人面獣がいくら名前を呼ぼうと、彼女は震えない。

永愛は深呼吸をし、銃を構え直す。

そこに動揺は見えない。


「…えいっ!」


カチリと引き金を引くと音がしたと同時に、ポンという可愛らしい音が耳元で弾けた。

銃とは思えない音だったが、反動で小さく揺れる永愛の身体からその威力が分かる。


射撃の結果を知らせる様に背後から「ぎゃぁぁぁ!目がぁあ!」という悲鳴が響いた。


人面獣の足音が乱れ、転げ回る様な重い音と地面を叩く振動が伝わってくる。


「…当たった?」


永愛が確かめるように呟く。


「目潰してやったみたいだぞ、アホ永愛」


俺は息を切らしながら、思わず笑いが漏れた。


背後から聞こえる人面獣の叫び声が遠ざかっていく。


やっと息をつけると安心したと同時にアドレナリンで誤魔化されていた足の痛みが一気に蘇る。


ぶちぶちと千切れた筋繊維が悲鳴を上げ、膝が震える。


それでも俺は永愛を下ろさず、道から外れ森の奥へと進んだ。


永愛は俺の肩に顔を押し付けたまま、ぽつりと呟く。

「……ごめんね、敬ちゃん。また迷惑かけて……」

「ガキはな迷惑かけてなんぼなんだよ」


「…敬ちゃんは、どうしてそんな優しくしてくれるの?」


金の為だよ。

じゃなきゃお前みたいなドジっ子魔法少女の面倒なんて見てられるか!

しかし、それをこの場で口に出すほど俺も腐ってはいない。


「それが仕事だからな」


俺はそう誤魔化しながら近くにあった大木の下に永愛を下ろす。


「おい、コノコいるんだろ」


俺が呼ぶとどこからともなくいつものクソナマコが姿を現す。


「呼んだぴ!」


「足が言うこと聞かねえ。魔法でどうにかしてくれ」


俺が呼びつけて早々に命令すると、コノコは心配そうに身体を揺らす。


「できないこともないけど、痛みはどうしようないぴよ?」


「いいからやってくれ」


そう強く言うと、渋々ながらコノコが魔法で足を治す。元々魔力に適性のない俺では無理矢理、自然治癒力を上げるしかできない。

それでも十分だが、治癒の際にかかる負担と痛みはどうしようもなかった。


奥歯を噛み締めながらグッと堪える俺を、永愛が涙目になって見上げる。


お前が泣くなよ!俺が泣きてぇわ!


「あんま見んなよ」


その頭に手をやり顔を下げさせる。

人が強がってんだから察しろよクソガキ。


「終わったぴ」


試しにその場で軽く跳ねるといつもと変わりのない感覚が返ってくる。痛みがないわけでは無いが十分に動ける。


今回は危険手当に傷病賜金も期待できる。

自然と足も軽くなるというものだ。


「俺が囮になってあいつをここまで連れてくるから、永愛はここで待ち伏せして撃て。できるな?」


「でも…それじゃあ敬ちゃんが!」


「これが一番確率が高いだろ。そんなに心配なら外すなよ。さっきみたいにやればできんだよ」


本当に普段のこいつはポンコツだが、火力は担当の中で一番だし、

性格も3人の中ならまだメディア向きで、そっちの方での稼ぎも期待できる。

折角の金蔓がこんなとこで躓かれては俺が困るのだ。


分かったかと念を押すように言うと、

永愛は黙って頷きかえす。


泣き虫の目に確かな覚悟を見た俺も腹を括った。


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