2話 金原と歩叶の場合
◇◇
side:金原
慣れ親しんだ花紺青の短ランとの別れが間近に迫った頃だった。
本部庁舎に呼び出された俺達の前には3人の子供が立っていた。
1人は、黒髪の比較的長身の少女。
品行方正で凛々しい顔立ちをしているが、何となく、メンヘラそうだなと思った。
その隣にいたのはアニメの世界から飛び出してきたのかと思うほどの鮮やかな銀髪の少女。
その体躯とオドオドした様子から小動物も想起させる。が、何故か胡散臭い。
最後は、見るからに傲慢そうな少女だった。
長く手入れの行き届いた金髪に気の強そうな顔。
毛並みの良いっていうのは人間にも当てはまるのか、良いとこのガキって感じだ。
そいつらは商品棚の物色するように並べられた俺達を観察していた。まるで、旅に出る前に最初の一匹を選ぶ儀式のようだ。
一体何の冗談だ。
校内服では無く態々常服でと指定があって、何事かと思い呼び出されたと思ったらこれか。
俺達は袖に3つの桜が並ぶまで、耐えてここに立っている。しかもこの一年はその並んだ桜を紋所のように振り翳し、王様として君臨した。それが終われば、また下っ端として扱かれることが分かっていたとしてもこんな扱いを受ける謂れは無かった。
クソガキ共が目の前に来たら怒鳴り付けてやるつもりだった。が、悲しいかな、工科学校時代を入れれば7年にも及ぶ教育が思考とは別の回路を持って直立不動を崩させなかった。
「へぇ貴方、良い眼をしてるじゃない」
そう俺の前に立ち顔を覗き込んで来たのは、金髪の生意気そうなガキだった。
挑発的な笑みを隠そうともしない彼女は、面白いおもちゃでも見つけたように俺を指差す。
「決めた。私はコイツにするわ!」
ふざけるな。
俺は奴隷じゃない。
抗議を込めて此処に呼び出した教官達に視線を送る。が、無情にも教官達の表情は能面のようにピクリともしない。
「貴方は私の補佐官になるのよ光栄でしょ?」
俺の心中を他所にそう言って胸を張る少女。
これが傲岸不遜を絵に描いたようなクソガキ、田縁歩叶達との出会いだった。
◇◇
至急至急。
県警本部から北広島管内。魔王種事案と思われる入電あり。場所は青葉2丁目、青葉中央公園周辺。
散歩中全長2m〜2.5mの昆虫にペットの犬が襲われたと通報。通報者は当事者の男性‥‥付近の警察官及び3級以上の対魔官は現急・現調願いたい。どうぞ。
無線機から流れる内容に俺の頭は即座に算盤を弾き始める。
恐らく3級案件。
討伐報酬に危険手当‥次の評価査定への影響、それらと今回のリスクを天秤にかける。
カモだ。
そう思い、後ろのクソガキに声をかけると帰ってきたのは嫌だの一言。しばくぞ。
いや待て。
なにか理由があるのかもしれないぞぉ金原敬一。
もしかして体調不良!?
それはいけない。コイツにはもっともっと怪物共を倒して金を稼いで貰わないと!
慌てて後ろを振り返り確認する。
だが俺の心配は杞憂だった。
ただ単に気乗りしないそれだけだった。
しばきてぇ。舐めとんのかクソガキィ。
誰のおかげで俺がおまんま食えてると思ってんじゃい。お前が働いてくれなきゃ俺は無職と変わらんだろ。
社会の厳しさを教えてやりたい一方で、働きたくないという気持ちも分かる。
出来ることなら俺も働きたくない。
それに、怪物共がキモいのも凄く同意する。
はぁ。
そうは言ってもこの辺にいるのは俺らくらいだろう。ここで出動しないと所轄との関係が悪化するのは目に見えている。
かと言って、クソガキを無理に働かせてヘソ曲げられてもやっかいだしなぁ。
俺がやるしかないか。
なし崩し的に貧乏くじを引くことになった俺は、グローブボックスから拳銃を取り出す。
訓練でも慣れ親しんだ9mmがどれだけ虫型の外骨格に通用するかはわからないが、これでも一応魔法が込められている。
死ぬ気でやれば何とかなるだろう。
「やっぱ行く」
人が覚悟を決めた矢先、クソガキはそう言い始めた。しかもいそいそと脱ぎ捨てていたスニーカーを履き始める。
「あ?急にどうした?‥別に無理なんてするなよ」
「いいから!私が行くって言ってんの!早く車出して!」
そうして急かす様に運転席に蹴りを入れられた俺は困惑しながらもエンジンをかけ、無線で聞いた場所へと向かう。
わけが分からん。
男ばかりの監獄で長いこと過ごしてきた俺にはクソガキの心変わりというか、乙女心は分からない。
現場に着くのにそう時間は掛からなかった。
目撃情報のあっ公園は池を中央にジョギングコースが周りを囲み、その外縁部に遊具や休憩所が設けられていた。俺たちはその外縁部の遊具が密集しているエリアのパーキングに車を止めた。
当てずっぽうで探すにしては広い敷地だ。
まずは無線で詳しい情報を聞こうと提案する俺を無視し、歩叶は車を飛び出していった。
ドッグランかな?
「‥‥‥ぴいいいい!!」
「金原それ僕のやつピ」
漏れ出たストレスに間髪入れずに突っ込むのは、荷室にいたクソナマコのコノコだった。
「お前ぇ、どうなってんだよ!お前のとこの魔法ゴリラだぞ!管理不行き届きだぞ!」
「あのゴリラは金原のゴリラでもあるピ」
「うぴいいいい!!あれ義務教育受けてんのか?受けてるとしたらの教育の敗北だろ」
「公立の中学校なんて留年しようがないんだから、別に行かなくても良いって甘やかしたのは金原だっピ」
そうだった。
討伐のためとか取材の為とか‥あとあれ全部金の為に最低限しか通わせてないの俺だった。
やばい。
今更だけど子供の人権条約に引っかかったりしないかこれ?
「えぇ、私はあくまで彼女の自主性を重んじただけでありまして、辛いのであれば通う必要は無いと多様な選択肢を彼女に提示しただけでありまして」
「今更取り繕っても遅いピ。それよりいいんだっピ?アレ、もう戦い始めてるだっピよ」
嘘だろ。
あいつ消えてまだ3分くらいなんですが?
怪物探知犬かなんかですか?
このままあいつだけで倒しちゃったら。
俺の‥危険手当が出ねぇ!
こうしちゃいられないと俺は、ナマコを小脇に抱えゴリラが消えた方向へと走り出した。
◇◇
遅かった‥もう戦い始めてる。
もうやだあのゴリラ。
バトルジャンキー過ぎるよぉ。
何とか現場に辿り着いた俺は、野次馬達の間を縫って進み今まさに戦場になっている場所を目指していた。
ちょっと通してください。
ごめんなさいねぇ。
あっ…。
野次馬の壁は中々に厚く、少し進むだけでも一苦労である。途中、脇に抱えたコノコを落としてしまったがもはや取りに戻る気力は無かった。
俺は悪く無い。
なんか後ろでぴぃぴぃ聞こえているが、知らない。ちょっとヌメッてるナマコが悪いのである。
完璧な自己弁護をしつつ、警官達によって封鎖されているのが見える最前列に出る。
すると目の前では若い同い年くらいの警官が年嵩の先輩警官に食ってかかるのが目に入った。
「お兄さん、あんまり先輩を困らせたらだめだよ」
査定とかに響いちゃうよ。
長い警察人生なんだからつまんない事で目をつけられたくないでしょう?
そんな善意からの言葉だったが、彼には部外者がしゃしゃり出したように見えたようで、
「あなたは、ここは立ち入り禁止ですよ!民間人の方は離れていてください!」
「いや一応関係者‥というか、あの子の補佐官です」
これでも少しは顔売れてると思ってたんだけど、まぁ主に悪い方で。
そう言うと更に若い警官が激昂しかねないと思ったので、大人しく補佐官の証明になる奴隷章を見せる。
良い大人がこんな厨二タトゥー恥ずかしいわ。
何の拷問ですか?
そんな厨二全開のタトゥーでも正式なものには変わらない。目にした警官は目を丸くし、分かってくれたかと思いきや、直ぐにこちらへと食ってかかってきた。
何で?
「なら尚更だ、どいてくれっ!あんたあの子の補佐官なら女の子1人に戦わせて何も感じないのか!?」
何も感じませんが?
だってあのゴリラだよ?
俺がもう少しマイルドにそう伝えると、それが気に食わなかったようで若い警官は冷血漢を見るような眼差しを向ける。
「‥‥補佐官が人でなしばかりってのは本当だったんだな」
めちゃ言うやん、この人!?
えっ、俺なんかした?
もしかして、この間、ここら辺の討伐単価上げてくれないと見回りサボちゃうよって署長を脅したから?
あーうん。よく考えたら人でなしだわ。
間違いない。
ここは適当に相手に同意して後は笑って誤魔化すのみ。
社会人の鉄則である。
そうして何とか場を切り抜いたかと思った矢先、遠くの怪物が馬鹿でかい悲鳴を上げた。
可哀想に。
めちゃめちゃ怯え切った悲鳴だよ。
そうだよね、そのゴリラ怖いよね。
毎度の事ながら、そんなゴリラと戦う羽目になっている怪物達に同情する。
「‥どうして」
可哀想な被害者に胸を痛める俺に若い警官が
呆然とそう呟いた。
若い警官さん完全に引いちゃってるよ。
そうだよね、あんな悲痛な叫び聞いちゃったらどっちが悪者か分からないよね。
しかし、俺も仕事中ならば彼もまたそうである。
とんでもない衝撃を受ける事態だったとしても、手を休めることを許してくれるほど社会は優しく無いのだ。
尻餅をつく彼に上司と思わしき、先輩警官にが声を張り上げるのを尻目に俺は金の匂いがする方へと進んでいく。
「あんたに、ただの人のあんたに何ができるんだっ!」
傍から見て完全にお荷物なくせに、手当だけは出る俺に腹が立ったのか若い警官は声をあげる。
正味マジで何も無い。
でも、なんかそうしないと怒られんのよ。
あとあいつ1人で戦っただけなら危険手当でないしね。
そんなことを捨て台詞のように言って、ゴリラがトドメを指す前にごっつぁん危険手当を取りに行く俺であった。
◆◆
side:歩叶
飛び散った化物の血が、手の甲から指先へ流れ地面に滴り落ちる。薄黄色の体液に近いそれは、僅かな粘性を持って手に纏わりつく。
煩わしい。
手に残る身を切り裂いた感触も、化物が死ぬ時に見せる刹那の感情も、手につく罪も何て事はない。
時と共に忘れるものだから。
でも、それだけは馴れなかった。
化物を屠り、助けたはずの者たちから向けられる感情。異質なものを見る様な、恐れと嫌悪を覗かせる無遠慮な視線。
あぁ、やっぱりこうなるのか。
どれだけ舞台を整えようと、正義の配役を与えられようと私達の役割は変わらない。
そう言われているようで煩わしい。
立場は違えど前任者達が壊れていったのも頷ける。彼女達だって別に賞賛されるために魔法少女になった訳じゃないだろう。
ナマコ共の話を聞く限りじゃ、心根の善良な者たちばかりだったようだし、純粋に壊れる世界を、人を救うためだったろうに。
戦えば戦うほど救えば救うほど、
それが当たり前になり、そして何れは忌避される。
そしてそれは私達も……。
滴るその感情を振り払う様に手を振る。
そうしていると、1人の手が差し伸べられた。
筋張った無骨なその手には一枚の手拭きが乗せられていた。
「お疲れ様、良くやった歩叶」
そう言った男、私の補佐官である金原敬一は屈託の無い笑みを浮かべていた。指示も聞かず飛び出していった私に、小言の一つも言いたいだろうに。この男はいつだってそうだった。
戦い終わった私に真っ先に歩み寄り、真っ先に言うのはいつだって労いの言葉であり、陽の光のような笑顔。
あぁ。
だめだ、こんなのを知ってしまったら。
こんなものを向けられてしまったら。
私はもう戻れない。
「‥別にあんなん余裕だし、それより疲れた。車に戻りたいんですけど」
悪魔たる矜持が、差し出されたそれを受け取りながらも、憎まれ口を叩かせる。
「はいはい。あとは俺の方でやっとくよ」
「早くしてよね」
金原は生意気な私の態度に馴れたように苦笑する。そして車の鍵を私に握らせる。
手に着いた血など毛ほども気にせずに。
「‥‥ねぇ、コノコ。私ね今すっごい幸せよ」
遠ざかっていく男の背中を見つめながら呟く。
手に着いた汚れをナマコに擦り付けながら。
貰った手拭きを使わず、そのままポケットに忍ばせる。私の男から貰ったものは例え紙屑一つであれ言葉であれ、全て保管している。
下等な化け物の体液で汚すなんてあってはいけない。
「‥‥2人は良いパートナーだぴ」
「そっか。パートナーか。私のパートナー」
何度も何度もその関係性を反芻し咀嚼する。
口にすればするほど脳に甘味が広がり、多幸感に包まれる。
あぁ、あの男はどう思うのだろう。
自分が必死に支えてきた女の正体が、この歪んだ世界を創り上げた元凶だと知ったら。
ここにいる大多数と同じような目を向けるかもしれない。そう思うと胸が張り裂けそうだった。
でも、それを乗り越えたら……。
きっと、後悔が絶望が悍ましさが増すほどに
私達は強く強く結ばれる。
だからその時まで、私の手は血で濡れている。




