第4話 すれ違う視線
大規模討伐前日。
ギルド本部の装備区画は、
いつも以上に騒がしかった。
武器の調整音。
防具を運ぶ足音。
緊張した空気が満ちている。
佐倉忠臣は、
自分の剣を研ぎながら、
ぼんやりと考え込んでいた。
(八雲しずく……)
昨日、
初めて交わした会話。
たった数言。
それなのに、
妙に頭から離れない。
思い出すたび、
胸が少しだけ温かくなる。
「忠臣、
集中しろ」
久我颯真が苦笑する。
「刃が甘くなるぞ」
「分かってる」
忠臣は剣に視線を落とす。
だが、
心は別の場所にあった。
――あの時。
しずくが、
何か言った気がした。
聞き間違いだと、
自分に言い聞かせた。
けれど。
(カイト……?)
その名は、
自分の前世の名前だ。
誰にも話していない。
偶然にしては、
できすぎている。
だが、
そんなはずはない。
彼女が異世界の聖女だなんて、
ありえない。
忠臣は、
大きく息を吐いた。
(考えるな)
過去は過去だ。
今は任務に集中する。
一方。
白銀の誓いの休憩区画。
八雲しずくは、
包帯や回復薬の確認をしていた。
手が、
わずかに震えている。
(昨日の人……
佐倉忠臣)
名前を思い出すだけで、
心臓が跳ねる。
どうしてなのか、
分からない。
ただ、
近くにいると落ち着かない。
それと同時に、
安心する。
矛盾した感情。
「しずく、
顔赤いぞ?」
望月さくらがからかう。
「ち、違うよ」
「怪しいなぁ」
しずくは誤魔化すように、
箱を持って立ち上がった。
「少し、
外の空気吸ってくる」
廊下へ出る。
静かな通路。
曲がり角で、
誰かとぶつかりそうになる。
「すみません!」
同時に声が重なった。
顔を上げる。
「あ……」
忠臣だった。
一瞬、
時が止まったように感じる。
「昨日は、
ありがとうございました」
しずくが言う。
「え?」
「声をかけてくれて」
忠臣は首を振る。
「こちらこそ。
変な感じでしたよね」
沈黙。
何か話さなければと、
思うのに言葉が出ない。
「明日、
よろしくお願いします」
忠臣が言う。
「はい。
必ず、
生きて帰りましょう」
その言葉に、
忠臣の胸が強く鳴った。
勇者だった頃、
何度も交わした約束。
(……フィオナ)
頭を振る。
目の前にいるのは、
八雲しずくだ。
別人だ。
なのに。
「八雲さん」
「はい?」
「無茶は、
しないでください」
しずくは、
少し驚いた顔をした後、
微笑んだ。
「佐倉さんも」
二人は、
それ以上言葉を交わさなかった。
だが、
胸の奥に残った温度は、
確かだった。
すれ違うたび、
惹かれていく。
その理由を、
まだ知らないまま。




