✨️第004季 ふたりの始発駅✨️
光を当てすぎると
どんな写真も
どこか虚像に見えてしまう
人の関係も、
きっとそれと同じなのだ
私、綾音と魚住隆也のあいだには、
まだ
「恋」
という名前は下りてきていない?
でも
「ただのクラスメイト」
と呼ぶには
既にいくつかの出来事が
静かに線を引き始めている
雨の日の傘
桜並木を歩いた帰り道
何度も私と隆也の
振り返る視線は
どれも
スケジュールには決して載らない
小さなの記憶たち
私と隆也の景色が
少しずつ色づき始める
「始発駅」のような時間
それは
目的地も
途中で立ち寄る駅名も分からないまま
ただ同じ車両に
乗り込むことを決めた
二人がそっと並んで
座席に腰を下ろす
瞬間に似ている
静かな私の自室で
私と隆也
並んでノートを開き
板書の雑書きを
それぞれ清書整理する
ふと視線を落としたとき
そこに並ぶ隆也の文字の形が
私の綴りと
「あれ、どこか似ている!」
と気づいてしまう驚きと
くすぐったい尊敬
けれど同時に
小さな勘違い
言葉足らずの沈黙が
心の温度差を生んでしまうことも……
「ちょうどよい距離感」
が少しだけ
近づくほどに怖くなることもあれば
離れたくないと願うあまり
かえって足を止めてしまうことも
私の視界に映る
「始発駅」は
まだ薄明るい夜明けのホームのように
それでも
列車に乗り込むかどうかを決めるのは
結局いつだって
私の小さな一歩
はじまりの心の中のホー厶
朝のキャンパスは、
まだ少し眠たげ
新学期が始まって少し経った頃の
桜の花びらは
ほとんど地面に散り
代わりに若葉が光を受けて
きらりと揺れている
私は
駅前の小さな坂道をのぼりながら
胸の奥でそっと呟く
今日から
私、綾音と隆也の
二人だけの勉強会
きっかけは
ほんの些細な会話
「課題レポート、大丈夫?」
「朝なら集中できる?」
そう微笑む隆也の横顔に
ふと私の口が勝手に動く
「じゃあ、一緒にやろうよ? 朝、私の自室で」
その場の空気に押されただけの
私の提案だったはずなのに
隆也は思いのほか
真剣な目で頷いた
「いいね。始発で来るよ」
その言葉が、
今日の私のタイトルは
『ふたりの始発駅』
大袈裟かもしれないけれど
私には
そんな響きがぴったりに思えた
静かな私の自室
二冊のノート
互いに席に座ると
薄い朝日が机の木目をやわらかく照らす
時計は午前七時少し前
私がノートとペンを並べ終えた頃
息を少し切らせながら
隆也が駆け込んできた
「ごめん、列車一本逃した……」
「大丈夫。始発駅って、乗り換えも多いから」
私の
意味のよく分からないフォローをしながら
私は自分の心拍が早くなっていくのを
誤魔化すように
彼は私の肩を少しだけ距離を空け
席に座った
近すぎず
遠すぎない距離
ペンの音と
ページをめくる微かな音だけが
静かな空間に
連続したリズムを刻んでいく
しばらくして
ふと視線を横に流した。
彼のノートの開いたページが
ちょうど目に入る
書き出しの位置
章番号の囲み方
重要な箇所を二重線でくくる癖
あれ
私のノートと似ている!
驚いて
自分のノートを見下ろす
同じような矢印
同じようなふきだし
まるで
知らないうちに
お互いのページを
写し合っていたみたいに
くすりと微笑ましそうになって
慌てて心の奥でにこり!
ここは私の自室
でも心の中では
ちいさな華が
静かに開いていた
やっぱり
綾音とどこか似ている!
考え方の整理の仕方も
重要だと思うポイントも
このノートを見ただけで
彼を少しだけ理解できたような
気がしてしまうのは
きっと思い過ごし?
それでも
その通り!であって!願う自分がいる
ちいさな勘違いの温度差
休憩しよ!
私と隆也たは同時にペンを置いた
「コーヒーブレイク、何飲む?」
「綾音はブラックだよね」
「……もしかして、私がブラックって、知ってた?」
「この前のレポート締切の日
BLACK缶コーヒー三本並んでたから」
そんな他愛ない会話を交わしながら
私はふと
自分のノートの一ページを指先で押さえた
そこには
今日の目標と
やるべきタスクが細かく
箇条書きされている
「綾音は、ちゃんと目標を決めて進めているんだね。全部」
「うん。決めておかないと、不安で」
「すごいなあ。僕なんか、とりあえず、終わりそうなところまで」
隆也の声は、
純粋な私への感心に満ちていた
だけど
私の胸の中では
その言葉がなぜか別の意味に変換されてしまう
「きっちりしすぎてる」
って、思われた?
一緒にいると
息苦しいって感じる?
ノートにびっしり書き込んだ自分の字が
急に窮屈に見えてくる
私が
「ちょうど良さ」
を求めて書き続けていたはずの記録が
いつの間にか
自分自身を縛る鎖みたいに思えてしまう
その瞬間から
私の言葉は少しだけ少なくなった
タイミングを
考えすぎて逃してしまう
彼が何かを話し始める前に
先回りして頷いてしまう
小さな勘違いは
目には見えない温度差を生む
それはまだ氷点下には程遠いけれど
朝のホームに吹き抜ける風のようにさ
さやかな冷たさを残していく
ページを閉じる前に
私の自宅早朝勉強会から
大学から駅へ向かう海岸通りを並んで歩いた
日はすっかり高く昇り
若葉が潮風に揺れている
さっきまでの静かな自室から
急に賑やかな世界へ押し出されたようで
私はどこか落ち着かない
「さっき……」
隆也が、不意に口を開いた
「ノート、見ちゃってごめん」
「え?」
「綾音の、めちゃくちゃきれいにまとまってて、うっかり見惚れてた」
心臓が、ひとつ跳ねる
「……怒ってないよ!」
「綾音と同じ様に真似がしたいし、近づきたい!
ああいうふうに書けたらなって、ちょっと嫉妬した」
隆也は照れ隠しのように微笑み続け
「僕のノート、
途中からぐちゃぐちゃになるから
綾音の“昨日との違い”まで書いてある
すごいと思った」
昨日との違い
私が自分を追い詰めるみたいに書き続けていた
その欄のことだ
「でも……」
思わず、言葉が零れる
「違いばかり探してると
肝心なところが見えなくなってさしまう
目の前の人の変化とかに……」
自嘲気味にほほえむ私に
隆也は少しだけ立ち止まって
真正面から視線を合わせた
「じゃあ、さ」
「うん?」
「その欄、
今度から“ふたりの違い”って書き替えたら?
綾音ひとりで抱え込むんじゃなくて」
不意の隆也の提案に
私の声がつまる
今日のノートの最後のページが
ふわりとめくれた気がした
「……それ、二人の始発駅っぽいくない?」
「え?」
「初めから
同じ出発地、
同じ時間に出発する
隣同士の席に乗車する二人
みたいな」
隆也のたとえは
少し不器用で
でもまっすぐだった
その不器用さを
私はきっと好きになってしまう?
もうす好きになってしまった?
まだその言葉を
口にすることはできないけれど
「じゃあ、また朝」
「うん。明日も、待ってる!」
そう言って
微笑む私と隆也の足跡には
今日のページが
静かに一枚重ねられ
私のノートの端には
いつもより少し大きめの文字で
新しい見出しが書き込まれている
第004季 ふたりの始発駅
ゆっくり進む列車の中で
夜
部屋に戻った私は
朝のノートをもう一度開いた
タスクの欄の下に
彼の言葉を小さく書き足す
「ふたりの違い」
自分ひとりの
完璧さを目指す代わりに
二人だからこそ見える
景色を記録してみる
それは
これまで私が怖くて避けてきたやり方
けれど
二人の心の始発列車は
すでに動き出している
車窓の外には、
夜の見果てぬ情景が流れていく
まだ行き先の表示は
「未定」
のまま
それでも
同じ方向へ向かう
隆也が隣に座っているだけで
私の空気は少しだけ暖かくなる
ページをめくる手を止めない限り
この物語は続いていくのでしょう
そんな当たり前の真実を
私は
ようやく自分の言葉として
受け取れた気がした
心の中の始発駅を出発
私、綾音と隆也をのせた列車は
思ったよりもゆっくりと進む
窓の外の景色は急には変わらず
同じような街並みや
見慣れたビルの輪郭が続いていく
それでも
時刻表の上では確かに
ひとつひとつの駅を
通過している
朝の勉強会は
その後も何度か続く
同じ自室
同じ環境
ノートには少しずつ
「ふたりの違い」
が書き込まれていく
隆也の苦手な分野と
私の得意な分野
私が
すぐに悩み込んでしまうところを
彼が冗談まじりにほぐしてくれる瞬間
逆に
彼の集中が切れそうなとき
私の一言がささやかなスイッチになる場面
✨️第005 季白い息が触れた朝✨️では、そんな
「ゆっくり進む心の中の列車」
将来のまだ何者でもないけれど
何者かになろうとしている途中にいる
その途中で
私、綾音と隆也、二人の足並みがわずかにずれたり
別々の車両に乗り込んでしまいそうになる瞬間
きっと避けられない時も……
それでも
互いにその時は違ったとしても
必ず次の駅でまた再会し
席を隣にし
同じドアから降りて
同じ心のホームに立つこと
その選択の繰り返しこそが
「色褪せることのない絆」
の正体なのかもしれない
少しだけ
私と隆也の
先の未来を見つめてみたい
不安と期待が入り混じる
決して同じではない夢を
それでも隣り合う場所に並べようとする
ささやかな試行錯誤
この旅路に
隆也、あなたの時間を少しだけ貸して!ね!
列車はまだ
始発駅を出たばかり
私と魚住隆也の季節は
これからようやく
長い物語へと差し込んでいくのだから




