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⭐️色褪せることのない絆⭐️ ✨️EMPATHY 大隅綾音と魚住隆也✨️  作者: 詩野忍


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✨第061季 白髪の柔らかさ✨

 挿絵(By みてみん)

 白くなるということ

 白髪は

 突然現れるものではない

 気づけばそこに在り

 気づく前から

 静かに準備をしている

 りゅうさん

 あなたの髪に増えた白さは

 時間に追いつかれた証ではなく

 時間と和解した証なのだと

 私は思う

 若い頃の私達は

  「耐える」

 ことを強さだと信じていた

  声を張り

  姿勢を正し

  押し返し

  守り抜く

 ことが

 責務であり

 誇りであり

 役割だった

 けれど

 あなたが

 無事に退院してくれて

 この家に戻ってきてくれたあの日から

 白という色が

 私の中で別の意味を持ちはじめた

 白は欠けた色ではなく

 すべてを通過したあとに残る

 一番音の少ない色かな?

 あなたの白髪は

 もう急がなくていい

 という合図

 押さなくていい

 というOKサイン

 握りしめなくても

 そばに在るという信頼

 今季私は

 あなたの白髪に宿った

 その

  「柔らかさ」

 を言葉にして抱きしめたい

 挿絵(By みてみん) 

 ✨第061季 白髪の柔らかさ✨

 — Softness of Silver Hair / Mollitia Canitiei —

 (Non senectus est, sed mansuetudo roboris.

 ― 老いではない。それは、強さが柔らかさへ移ろう徴)


 柔らかさが支える日々

 朝

 あなたは鏡の前で

 少しだけ立ち止まる

 髭を整えながら

 白いものを数えるように

 数えないように

  「増えたかな」

 その声は

 確かめるというより

 報告に近い

  「増えたね」

 私はそう答える

 否定もしないし

 大げさにも言わない

 白髪は

 数える対象ではなく

 触れ合う対象になったから

 あなたは以前より

 動作が静かになった

 早起きはするけれど

 急がない

 新聞を畳む音も

 カップを置く音も

 少し低く

 丸くなった

 それは衰えではない

 世界に対して

 余白を残すようになったということ

 あなたの白髪は

 家の灯りとよく似ている

 明るさを誇らず

 暗さを恐れず

 必要な場所だけを

 きちんと照らす

 ある夜

 あなたはソファで

 ラグドールの姉妹を

 足元に集めながら

 ぽつりと言った

  「若い頃は

   守るという事は

   もっと硬いものだと……」

 私は頷いた

 挿絵(By みてみん)

 守ることは

 壁になることだと

 私も信じていた

 でも今は違う

 守るとは

 逃げ道を残すこと

 戻ってこられる場所を

 消さないこと

 しのぶから

 新しい命を宿したという知らせが

 届いた日のことを

 私は忘れない

 スマホの画面を見たまま

 言葉が出てこなかった私の手を

 あなたはそっと包んだ

 握らない

 押さない

 ただ触れる

 その指先に混じる

 白い毛の感触が、

 なぜだか

 とても心強かった

 白髪は

  「まだ続く」

 ことを主張しない

  「もう終わり」

 とも言わない

 ただ

 今ここに在ることを

 静かに肯定する

 私たちは

 三人の娘たちを育て

 それぞれの巣立ちを見送り

 今

 命がまた巡ってくる

 入口に立っている

 それは

 手放したものが戻るのではなく

 形を変えて

 新しく灯るということ

 あなたの白髪は

 その循環を

 身体で教えてくれている

 若さが

 前へ進む力なら

 白髪は

 留まる

 崩れそうなものを

 引き留めるのではなく

 崩れたあとでも

 大丈夫だと思える力

 ある日

 あなたは孫に

 白髪を……

  「これ

   いっぱい考えた証拠なんだ」

 その言葉に

 私は胸が熱くなった

 白髪は

 生き延びた証ではない

 生き切ろうとした

 誠実の痕跡

 今のあなたは

 強く立たない

 でも

 倒れそうなものの

 そばに座ることができる

 それが

 白髪の柔らかさ

 私は

 その柔らかさに

 毎日

 守られている

 挿絵(By みてみん)

 白い夜の向こうで

 — Interlude: Beyond the Pale Night —

 出産という言葉には

 いつも二つの時間が重なっている

 待つ時間と、越える時間

 しのぶのお腹が丸みを増すにつれて

 私はその二つの時間の境目に立っている気がした

 病院の待合室とは違う

 けれど

 あの無音とどこか似ている

 夜が来るたび

 私は灯りを一段落とす

 あなたと同じように

 強い光は決断を急がせる

 弱い光は呼吸を戻してくれる

  「お母さん

   大丈夫だよ」

 しのぶは

 そう言って微笑む

 その笑顔の奥に

 小さな不安があることを

 私は見逃さない

 不安は消すものではなく

 抱えたまま進むもの

 あなたは

 しのぶの横に座り

 何も言わない

 押さない

 握らない

 ただ

 位置を置く

 その姿を見て

 私は思う

 いつでも

 戻ってこられる場所を

 後ろに残してあげること……

 陣痛が始まった夜

 蒲郡市栄町は静かだった

 波の音が

 いつもより低く

 長く聞こえる

 病院へ向かう車の中で

 しのぶは窓の外を見ていた

 私はその横顔を見ていた

  「今日の海風が心地良いね」

 しのぶが言う

  「私達のもとへいつでも帰ってこれる風……」

 私はそう答える

 それは教えた言葉ではなく

 しのぶが自分で見つけた言葉

 あなたはハンドルを握る。

 握りすぎない

 力を入れすぎない

 それでも確かに前へ進む

 あなたの運転は

 祈りに似ている

 出産に向けての準備

 私達は

 待つ

 白い廊下

 時計の刻み

 足音のこだま

 けれど今回は違う

 私は

 未来を待っている

  「お父さん」

 しのぶが呼ぶ

 声は震えていない

 でも、強くもない

 あなたは頷く

  「ここにいる」

 それだけ

 言葉は

 少ないほど

 深く届くことがある

 時間は、

 直線ではない

 進んで

 戻って

 また進む

 しのぶの呼吸が乱れ

 整い

 また乱れる

 主治医様

 看護師様の声

 機械の音

 それらの隙間に

 命の準備が聞こえる

 私は

 心の中で

 何度も同じ言葉を繰り返す

 戻っておいで

 無事に

 この世界は

 もう

 あなたの居場所を用意している

 挿絵(By みてみん)

 夜明け前

 一番

 白い時間

 その瞬間は、

 叫びではなく

 息だった

 小さな

 けれど確かな

 最初の呼吸

 泣き声は

 世界へのご挨拶

 しのぶは

 泣いていた

 泣きながら

 にっこり

 あなたは

 一歩下がって

 その光景を見る

 前に出ない

 でも消えない

 抱かれた赤ちゃんは

 驚くほど

 静か

 小さな目を閉じ

 小さな拳を握り

 そして

 ゆっくりほどく

 その仕草を見て

 私は思う

 生まれた瞬間から

 この子はもう

  「押さない」

  「握らない」

 を知っている

 しのぶが言う

  「ねえ

   私の子

   あったかい」

 私は頷く

  「それが

   生きているってことよ」

 病室の窓から

 朝の光が差し込む

 白い陽光

 でも冷たくない

  「名前は?」

 私は

 しのぶを見る

 しのぶは

 少し考えてから

 言う

  「帰ってこられる名前にしたい」

 私は

 それ以上聞かない

 名前は

 祈りそのものだから

 家に戻る日

 灯りは

 さらに一段

 落とされる

 猫たちは

 不思議そうに

 新しい匂いを嗅ぐ

 赤ちゃんは

 泣き

 眠り

 また泣く

 そのすべてが

 正しい

 あなたは

 赤ちゃんを抱く

 抱きしめすぎず

 白髪の柔らかさが

 腕に宿る

 私はその光景を見て

 胸の奥で

 何かが静かにほどける

 夜

 家は無音になる

 でもそれは

 空っぽではなく

 みんなの呼吸

 みんなの体温

 みんなの祈り

 みんなの未来

 しのぶは眠っている

 赤ちゃんも眠っている

 あなたは

 私の隣で

 小さく言う

  「しのぶを

   守ってあげられたかなあ」

 私は首を振る

  「守ったんじゃない

   迎え入れてあげたじゃない」

 あなたは

 微笑む

 生命は

 救われることで

 終わらない

 迎え入れられて

 やっと、始まる

 白い夜の向こうで

 新しい朝が

 新しい生命が

 静かに

 息をしている……

 挿絵(By みてみん)

 あなたの白髪は

 終わりを告げない

 速度を落とす合図を

 そっと置くだけ

 りゅうさん

 あなたの歩幅は

 以前より小さくなっかな?

 でも

 小さな歩幅は

 誰かと並ぶための

 いちばん誠実な選択

 次季

 ✨第062季 あなたの歩幅に合わせて✨

 では

 私はさらに一歩

 あなたの隣へ近づく

 先回りしない

 遅れない

 ただ

 同じ道をともに踏む

 白髪が増えても

 道は減らない

 むしろ

 帰り道が増える

 その道の先で

 しのぶの

 無事な出産を

 これからの幸せを

 心から願いながら

 すべての祈りに

 深い感謝を込めて

 白は、

 祈りの色

 柔らかさは

 生き続ける意志

 私達は

 その両方を携えて

 次の季節へ進み

 静かに

 穏やかに

 あなたの歩幅に合わせて……

 ゆっくりいきましょ!

 挿絵(By みてみん)

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