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⭐️色褪せることのない絆⭐️ ✨️EMPATHY 大隅綾音と魚住隆也✨️  作者: 詩野忍


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✨第060季 心の薪をくべる✨

 挿絵(By みてみん)

 りゅうさん

 あなたが退院して

 家に戻ってきてくれた瞬間

 私は初めて知った

 病院の静けさと

 家の静けさは

 当たり前だけれど

 同じ

  “無音”

 でも重さが違う

 病院の無音は

  命の行方を待つための無音

 家の無音は

  命が戻ったあとに

  “追いつく”

  ための無音

 りゅうさん

 あなたは帰ってきてくれた

 けれど

 帰ってきてくれた身体に

 心がすぐ重なるとは限らない 


 門の朝の記憶が

 ふいに胸を締める夜

 救急外来の白い光が

 眠りの縁で蘇る夜

 私はそのたび

 言葉で励ますより先に

 心の薪をくべたいと思う

 火を大きくするためではなく

 消えないようにするために……

 私たちは公務の一線を退き

 暮らしの速度を

  “急がない”

 へ戻していく

 仕事の予定表ではなく

 二人の湯気の立つ時間が

 一日を決める

 灯りを一段落とし

 声の音量を少し下げ

  「押さない」

  「握らない」

 を今度は

 私があなたのために

 回復のために使う

 壊れないように

 あなたの心の配置を整える

 挿絵(By みてみん)

 三女しのぶは

 結婚しても

 蒲郡市栄町の隣りの港町に

 住まいを構えてくれた

  “近い距離”

 が安心になることを

 彼女は知っていてくれた


 そして私達は

 新しい家族を

 迎えることにした

 ラグドールの猫を二頭

 抱きしめれば

 ほどける

 撫でれば

 息が戻る

 人の言葉が

 追いつかない夜に

 ただ静かに

 寄り添う体温が

 家に増える

 今季は

 その体温と

 家族の引力と

 小さな心の中の

 薪の積み重ねで

 明日を温め直す……

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

 ✨第060季 心の薪をくべる✨

 — Kindling the Hearth Within / Ligna Cordis Addere —

 (Ignis parvus sufficit: si servatur. ― 火は小さくていい。ただ守り続ければ。)

 退院の日

 家の玄関を開けた瞬間

 空気が少し甘い。

 私の愛用の石鹸の香り

 三女しのぶの香水の香り

 あなたのお気に入りのコーヒーの香り

 病院の香りとは違う

 いつもの私達の日常の香り

 それだけで私は

 胸の奥のどこかが

 落ち着く感じ

 当たり前だけれども

 りゅうさんは

 まだ歩幅が小さい

 でも

 歩幅の小ささは

 弱さじゃない。

 慎重さ

 という名の誠実かな

 私はあなたの隣で

 いつも

 早歩きをしない

  「大丈夫?」

 と急がせない

 ただ同じ速度で

 同じ床を踏む

 それが

 今は私か

  “支える”

 リビングの灯りは

 一段落とし

 あなたが

 いままで

 していたように

 落としたというより

 迎え入れてみた

 挿絵(By みてみん)

 まぶしさを減らし

 心の輪郭が

 戻る場所を作る

 私はマグカップを出し

 白湯を注ぐ

 熱すぎない温度で

 言葉にしなくても

 体が

  「ここよ」

 と思い出せる温度


 しずくとしほかは

 孫たちを連れて来てくれた

 昔みたいに

 リビングへなだれ込む

 

   「お父さん!」


 その声は

 叫びではなく

 確認

  “ここにいる”

 をもう一度

 私達の世界に

 固定するための声掛け

 挿絵(By みてみん)

 しのぶは

 港町の新居から

 お鍋を抱えて来てくれた


 結婚してから少し

 彼女の表情は

 よかった!

 柔らかくなったかな

 でも

 柔らかさは薄さじゃない

 守る場所を得た人の

 芯の柔らかさ


   「お母さん

    これ

    今日

    潮が優しかったから」


 潮が優しい

 という言い方

 私はその言葉を聞くたび

 胸が少し暖かくなる


 しのぶは

 言葉の端に温度を置く子

 だから

 私達の心がほどけるの

 あなたは

 しのぶの持ってきてくれた

 お料理の香りで

 ほんの少し目を細め


   「……しのぶのお料理の香りだね」


 しのぶは頷く


   「うん

    私の帰ってこれる香りだよ」

 

 帰ってこれる香り――

 その言葉が

 今季の中心にすっーと

 私の胸に刺さった 

 挿絵(By みてみん)

 明日を信じる理由は

 予定ではなく

 香りかもしれない

 娘たちが

 私達の実家に

 帰ってきた瞬間に

 娘たちの

 身体が安心を思い出す香り


 その夜

 あなたは

 ソファに座ったまま

 窓の外を見ていた

 私は隣に座り

 肩を寄せすぎない距離を保つ

 押さない

 握らない

 ただ

 隣に位置を置く


   「門の残響がまだ残ってる」


 あなたがぽつりと言う

  門の音

  朝の挨拶

  生徒様の足音

 そして

  あの日の

  急ブレーキの音

  衝撃 

  強声……

 

 私は

 消す言葉を出さない。

 消そうとする言葉は

 時々

 命の証拠まで

 消してしまいそうだから


   「残ってていいよ」

 挿絵(By みてみん) 

 私はそう言った

  “残っていい”

 は許可

 痛みを悪者にしない許可

 あなたの心が

 あなた自身の速度で

 追いつくための許可

 あなたは

 ゆっくり頷いて

 呼吸を整えた

 整える

 というのは

 線を引くことじゃなく

 今は

 ゆっくり空気を

 入れ替えること

 

 数日後

 私たちは

  ラグドール

 の姉妹二頭を迎えた

 白とグレーの

 ふわりとした毛並み

 青い目の奥に

 何かを裁かない

 静けさがある

 抱き上げると

 体温が手のひらに広がる

 体温は

 説得ではなく

 承認

  “あなたはここにいていい”

 と言葉の代わりに伝える 


 二頭のうち一頭は

 あなたの

 足元にすぐ慣れ

 あなたが動かないように

 気遣うように

 そっと丸くなっている

 もう一頭は

 私の膝へ来て

 喉を鳴らす

 その音が

 医療機器の

 リズムとは違う

 生活の鼓動になる

 生きている

 という合図が

 家の中にも増えた!


 ある夜

 あなたが小さく微笑む

 猫が

 あなたのスリッパを

 前足で抱えて離さない

 あなたは

 困った顔をして

 でも嬉しそうに


   「……押さないのに

    捕まえられた」

 挿絵(By みてみん)

 私は吹き出してしまい

 あなたの

  “押さない”

  “握らない”

 がここでも生きている

 そして

 その生き方に

 私たちは救われる


 退院後の時間は

 前へ進むというより

 戻りながら更新され

 歩ける距離が伸び

 食べられる量が増え

 お互いににこり!の瞬間が増え

 でも同時に

 夜の影が

 長くなる日もある

 影は薄くならない

 薄くならないまま

 ただ

  “馴染む”

 日が来る

 私は

 それを急がない


 しずくとしほかは

 蒲郡には

 頻繁には帰れない

 でも

 短い連絡が来る

 崩れた文面で

  「今日

   お父さんどう?」

  「ねむれてる?」

  “ちゃんと”

 がほどけた文面ほど

 やさしい

 私はその画面を

 猫の頭を撫でながら見て

 家族という引力が

 遠くても

 確かに

 動くのを感じる

 挿絵(By みてみん)

 しのぶは隣町の港町から

 ふいに来てくれる

  「今日は寄れるから」

 理由を整えない

 そのまま来る

 彼女は

  “戻ってこられる先”

 を今度は自分の手で

 小さな家を

 相方様と

 作り始めている

 結婚とは

 離れることではなく

 帰り道を

 増やすことなのかもしれない


 ある午後

 あなたはぽつりと言った


   「先生

    って呼ばれない日が増えたかな」


 私は答える


   「代わりに

    呼ばれてるよ」

   「何に?」

   「おじいちゃん

    とか

    りゅうさん

    とか

    ……家の人って」 


 あなたは少し笑った


   「家の人か……」


 その言い方が

 照れくさそうで

 愛しかった


 私達は

 公務の一線を退いた

 でも

 役目を

 失ったわけじゃなく

 役目が変わっただけ

 命の中心を支える役目

 朝の門の

 守護神の代わりに

 我が家の夜の灯りの

 守護神の役目

 私は今日も

 心の中の薪をくべる

 コーヒーの湯気

 白湯の温度

 灯りの高さ

 猫の喉の鳴る音

 しのぶの

 お料理の香り

 孫の

  「おじいちゃん!」

 の声

 それら全部が

 小さな薪

 火は小さくていい

 でも消えないように

 消えない火があるから

 明日は

  “怖い夜”

 になってしまっても

 戻ってこられる

 そして

 無事にみんなが

 戻ってきてくれたら

 言葉より先に

 温度がある

 挿絵(By みてみん)

 りゅうさん

 あなたが生きて

 戻ってきてくれたことは

 私の中の条文を変えた

 定義で守るのではなく

 温度で守る

 計画で

 固めるのではなく

 帰り道を残す

 押さない

 握らない

 それでも確かに

 火を絶やさない

 それが

 私たちの

  “信じる”の形……

 挿絵(By みてみん)

 心の薪は

 目立たない

 けれど

 目立たないものほど

 さりげなく

 生活の中心を守ってくれる

 退院+還暦+定年退職――

 節目が重なった日

 私は

  「おめでとう」

 と言い切れなかった

 その代わり

 湯気を置き

 花を活け

 灯りを落とした

 猫の背中を撫で

 そして

 あなたの呼吸が

 深くなるのを見守る


 しのぶが

 近くに暮らしてくれることは

 私たちにとって救い

 しのぶには

 結婚しても

 帰ってこられる距離

  “家族という引力”

 がほどよい近さで

 動き続ける距離

 

 彼女は港町で

 自分の家庭を作りながら

 同時に

 私達の家の

 心の火種も守ってくれている

 二頭のラグドールは

 言葉のいらない

 季節の象徴になった

 抱きしめれば

 ほどける

 撫でれば

 息が戻る

  「大丈夫!」

 と言われなくても

  “ここにいていい”

 が伝わる

 その体温が

 これからの

 私達の

 暮らしの支柱になる

 りゅうさん

 あなたの白髪は

 最近増えてかな

 でも私は

 それを

  「老い」

 だとは呼びたくない

 むしろ

 柔らかさが

 増える証だと思いたい

 強く立つためではなく

 折れたところから

 別の強さで

 支え直すための柔らかさ

 次季

 ✨第061季 白髪の柔らかさ✨

 白髪が教えるのは

 終わりではなく

 急がなくていい

 という許可

 押さなくていい

 という優しさ

 握らなくていい

 という信頼

 私は

 その柔らかさを

 あなたと一緒に

 暮らしの中で

 丁寧に

 拾い上げていきましょう

 挿絵(By みてみん)

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