✨第055季 二人の家の中心には✨
中心は、動く / Prelude of a Moving Center
家の中心は
最初から
決まっていた
わけではなく
私が
そう思い知ったのは
三人が二十歳になって
アルバムを閉じた
あとの静けさの中
昔は
中心はベビーベッドの脇
夜の暗さを怖がらないように
私はそこに小さな灯りを置き
息を数えながら眠りを守り
一つ
二つ
三つ
その数は
私にとって祈りの形
確かで
折れないように
支えてくれる
柱だった
成長し
中心は
床に転がる積み木になり
おもちゃの音が
家の空気を整え
娘たちのえがおが
天井の高さを決め
小学校になれば
ランドセルの
置き場所が中心になり
玄関に並ぶ三つの背中が
今日の家の重心
中学
高校
個々の部屋の
机の灯りが中心を
移し参考書の山が
壁を作り
会話が減る代わりに
私は
香りを頼りにしてた
制服の襟に残る
過ぎ行く日常の風
帰宅した瞬間にほどける緊張
娘たちの髪の先に
まだ残る外の世界
そして今
中心はソファの上
私の膝の上の分厚いアルバム
向かいに並ぶ三人
隣で黙って角を支える
りゅうさん
中心とは
物の位置ではなく
中心とは
みんなが自然て
戻ってくることがてきる
力のこと
みんながが疲れて
帰ってきた時
言葉より先に
息が整う場所
みんなの誰かが
泣きそうな夜に
説明より先に
自然に
暖かく
「大丈夫!」
が届く場所
私が
仕事でいつも
探してきた
「形にできるもの」
は家族の真ん中にはなく
ここにあるのは
形より先に
香るもの
そして
支える手
押さない
握らない
ただ
さりげなく
ほっ!と落ち着く
ように支え
りゅうさんは
いつもそうだった
中心を決めない
ただ
中心が壊れないように
隣にいてくれる
そーと
私、綾音
しずく
しほか
しのぶ
のかたわらに……
✨第055季 二人の家の中心には✨
— The Heart of Our Home / Cor Domus Nostrae —
(Domus non locus est: reditus est. ― 家は場所ではなく、帰ってくる先である)
二人の家の中心 / Main Text: The Center We Keep
アルバムを閉じたあと
三人の娘達は
それぞれの
マグカップを持って
ソファの背にもたれ
おしゃべりし疲れた顔をして
でもまだまだ話し足りない目を
リビングには
りゅうさんが淹れた
珈琲の香りと
三人がそれぞれ私と選んだ
香水のほんのりとした余韻が
甘くの
すこしびこうをくすぐる
透明に近く
同じ家で育ったのに
香りの選び方は
三人三様の個性で
それが実は
私は嬉しかった
違いは
離れていくためじゃなく
違いは
戻ってきてくれる時の
私にとって目印になるから……
「ねえ
お母さん……」
しずくが
カップを両手で
包んだまま言う
「私達の
家の中心って
どこだと思う?」
私は
息をひとつ整えた
こういう質問は
昔なら
「定義」
したくなっちゃう
境界を引いて
線を引いて
言い切ってしまってた
でも今は違う
中心は
線で囲ってしまうと
小さくなり
中心は
守ろうとして
固定すると
動けなくなる
「……中心ね……」
私は
少しくすっ!
「そうね
中心って
たぶん
“場所”
じゃなくて……」
しほかが
すぐに反応した
「じゃあ
“人”?」
「近い!」
私は
りゅうさんの
横顔を見た
あなたは
私が
視線を
向けたことに
気づいて
ほんの少しだけ
あいづちを……
いつもそう
大げさに返さなく
それが
私には救われる
「そう
人、私達よね
だけど……
……母は……」
私は
アルバムの背表紙に
指を置き
「中心は
あなた達がいつでも
きがねなく安心して
“戻ってこれる先”
そのものだと思うわ」
しのぶが
静かにうなずき
指でカップの縁を
なぞりながら
あの子らしい
慎重さで言ってくれた
「戻ってくる先って
……家?」
「うん
あなた達の家」
私は少しだけ声を落とした
「家は
帰ってきた瞬間に
息を数えなくても
安心できる場所
説明しなくても
受け入れてもらえる場所よ」
言った途端
胸の奥に
あの夜の記憶が触れた
眠れぬ夜……
りゅうさんとともに
お腹に手を当てて
祈りし夜
一つ
二つ
三つ
息を数えることで
安心をしていた……
その時
りゅうさんが
小さく言っていた
「あや様が
息を数えてた夜
……私も
隣で数えてたんだ」
私は
瞬きを
忘れそうになり
あの頃の私は
たぶん知らなかった
あなたが同じ数を
同じテンポで
同じ祈りとして
数えていたことを
「……言ってくれたっけ」
私が言うと
りゅうさんは
肩をすくめ
「言えば
あや様が
“ちゃんと”
しすぎるからね」
娘達三人が同時に
えっえ!ってにこり!
「出た!
“ちゃんと”!」
「うちのワード!」
「お父さん
分かってる!」
私も一緒ににこり!
でも胸が熱く
“ちゃんと”
は私の鎧だった頃
鎧は守ってくれるけれど
抱きしめられない
でも
家族は
抱きしめないと
続かないから
しほかが
すこし真面目な顔に戻り
「じゃあさ
お父さんは
私達の家の中心って
何だと思う?」
りゅうさんは
困ったように微笑み
あなたは
中心を言葉にするのが
上手い人じゃない
でも
中心を守るのは
いつも彼だった
「そうだなあ……中心って……」
あなたは
しばらく考えてから
なにげなく
「君たちの誰かが
つらく
涙が出たり
落ち込んでたりしそうな時に
みんなで自然に
暖かい手が伸びるところかな……」
私は
思わず息をのむ
それは
あなた自身の
ことだった
誰かが
落ち込みそうな時
言葉より先に
手が伸びる
証拠より先に
命を守る
記録より先に
心を支える
それを
“当たり前”
としてしまう人……
「うわ……
それ
ずるい!」
しずくが
小さく言う
「なんか
私
泣きそうになる……」
しのぶも
目を伏せて
「私も……」
言葉が短いのに
心が長く
揺れているのが分かった
私は
三人の顔をひとりずつ見て
同じ顔の形をしていても
感情の出方は三人とも違う
しずくは
眉が寄ってから声になる
しほかは
笑ってから急に目が真剣になる
しのぶは
指が先に
“助けて”
と言う
「あなた達は……」
私は
なるべく軽く
「中心を
“置いていく”
と思ってるでしょう」
三人は同時に
少し驚いた顔を
図星だった?
私は
三人の娘たちは
これから大人になって
中心から離れていく
のだと感じる時がある
家から出る
あなた達の
新しい世界を作ってゆく
私達親の中心から
卒業していく……
「でも違うの」
私は
ゆっくり
「中心は
誰かがそこに居続けるって
意味じゃなくて
戻ってこれる
“道”
を残すってことなの」
しずくが
ぽつりと言った
「じゃあ
お母さんとお父さんは
……道を残す係?」
「そうよ」
私はうなずいた
「私達は
あなた達の家の中心を
“固定”
するんじゃなくて
“戻れる形”
にして守る係なの
安心でしょ!」
しほかが
少しにこり!
「それ
お母さん
また法務っぽい」
「そう?」
私は肩をすくめ
またやっちゃった!
「でもね
法務の世界では
“帰る先”
を作ることが大事なのよ
争いが起きた時
戻れる規範がないと
人は壊れる
家族も同じ
戻れる先があるから
心配なく安心して
外へ行ける」
その言葉に
りゅうさんが
小さく頷いた
彼はいつも
あなたの言葉を
“現実の温度”
に戻してくれる
「あや様……」
あなたが言う
「中心って
多分
“香り”
も入ってるよね」
私はくすくす!
「入ってる
すごく入ってる」
そして
少し真面目に続け
「香りって
形がないのに
真っ先に帰ってこない?
記憶が戻る前に
胸が反応するから
だから
私は香りを信じるの」
しのぶが
そっと
私の指に触れ
小さな頃から
変わらない
安心の言語のしぐさ
私はその温度に
言葉が
要らなくなる
その瞬間
私は思った
中心って
これだよね!
誰かが
触れてくれてくれる勇気と
自然に触れ返す暖かさ
手を伸ばすことを
恥ずかしいと
思わない空気
「大丈夫?」
と聞く前に
指先が答えてしまう関係。
私は
娘三人に
向かって
「あなた達が
これからいつか
どこかに行ってもね
中心は
いつまでも
あなた達の中に残るから
家はここにあるし
"戻ってこれる先"
はあなた達の心の中に
いつまでも……」
しずくが
眉を寄せ
「……どういう意味?……」
私は
少し考えてから答え
「あなた達が将来
大切な誰かと暮らしたり
一人で暮らしたりしても
疲れた夜に
どうしようもなく
なった時に
自身を取り戻せる場所」
しほかが
すこし照れたように言う
「それって
……お母さんとお父さんみたいに?」
私は
りゅうさんと
目を合わせ
あなたは少し照れ
いつものように
静かに言う
「私達も
実は最初から
できていたわけじゃなくて……」
その一言が
私の背中を温めた
そう
中心は
最初から
置いてあったものじゃなく
何度も揺れて
何度も作り直して
何度も香りを確かめて
ようやく落ち着いたもの
私は
アルバムを
軽くとんとん
「ほら
今日の中心は
このアルバでしょ」
そして
マグカップの香りを吸い込み
「でも
明日はきっと違う
あなた達の
メッセージかもしれないし
困ったっていう
電話かもしれないし
ただ帰ってきて
靴を脱ぐ音かもしれない」
しのぶが
小さく言った
「……帰ってきていい?」
私は
迷わず答える
「もちろん
いつでも!
welcome!」
そして付け加えた
「帰るっていうのは
戻るだけじゃなく
更新することでもあり
あなた達が変わり
私達も変わり
中心は変わりながら続くものよ」
りゅうさんが立ち上がり
空になったカップを
片付けながら言う
「次の季節
書く?」
私はうなずき
「うん
次はね……初雪の話」
しずくが微笑み
「初雪って
また香り?」
私は返し
「初雪には
音があるのよ
香りもあるけど
耳をすませば
静寂の中の雪の音」
しほかが
身を乗り出し
「どんな音?」
しのぶが囁く
「知らせの音……?
……それとも声……?」
私は
胸の奥で
そっと季節をめぐり
中心は
今日ここにあり
けれど季節は
必ず次を
連れてきてくれる
だから私は
言葉を磨いて待ち
家の中心が
またひとつ動く瞬間を
あなたと
三人の娘たちと……
Afterword & Teaser
中心は
静かに移動する
赤ちゃんの寝息の横にあった中心は
ランドセルの列へ移り
机の灯りへ移り
今日
アルバムの上へ
そして私は知る
中心は
「置くもの」
ではなく
「守り続ける仕草」
なのだと……
りゅうさんが
してくれる仕草
押さない
握らない
ただ隣で
さりげなく支え
その小さな支えが
私の
“ちゃんと”
をほどいてくれていた
ほどけた私が
娘の三人の帰り道を
柔らかくすることができる
そうやって
私達の家の中心は
形を変えながら
続いていくのでしょう
でも季節は
いつも突然に
合図を鳴らす
でも
それは
一大事大でもなく
ただ
窓の外の空気が
ある日ふと
「違う香り」
になり
息を吸い
瞬間
胸の奥が
「来たよ!」
と言ってくれているよう
初雪の前には
世界が先に静寂で
音のない予兆が
家の中心に
触れてくる
だから
次の季節
私はその合図を聞く
家の中心が
また少しだけ
位置を変える瞬間を
あなた達が
外の世界で頑張った日
帰ってきたくなる夜
あるいは
帰れない夜にこそ届く
「知らせ」
という名の
白い静けさを
次季予告
✨第056季 初雪の知らせ✨
それは
冷たさではなく
やさしい季節の便り
家の中心に
冬がそっと
触れてくる
私、魚住綾音は
りゅうさんと共に
“戻ってくる先”
を冬仕様に整えながら
初雪が運ぶ
「家族への短い手紙」
を読み解いていく……




