✨第052季 小さな3つの旅人✨
この世界に
降り立ってくれた
三人は
まだ言葉を
持っていない
けれど
言葉がないからこそ
彼女たちは
最初から
「響き」
で自己主張しながら
生きていてくれている
泣き声
息づかい
まぶたの震え
指の握る力
小さな身体が
放つ合図は
法律の条文よりも
正確で
理屈よりも誠実
私は
ママになって
初めて
世界の
「基本単位」
が変わった気がする
時間は分に分かれず
授乳の間隔になり
夜は闇ではなく
見守りの層になる
りゅうさんは
ベッド脇の椅子に
座る姿勢まで変わった
背中を丸め
声を落とし
私と三人の
呼吸を
邪魔しないように
存在の音量を
小さくする
それが
不思議と頼もしい
私はまだ怖い
ちゃんと育てられる?
守れる?
もしも……
けれど
怖さはもう
「敵」
ではなく
怖さは
私が
彼女達を
大切に思っている証拠
そして
旅は
派手に始まらない
旅は
オムツのテープを
留め直す
指先の慎重さや
沐浴の湯温を
確かめる手のひらの熱
眠りに落ちる前の
「ふう」
と短い息に
静かに宿る
小さな三つの旅人
彼女たちは今日も
私達の家の中で
世界へ向かう
これからを
綾音ママとりゅうさんパパも
踏み出しているからね……
✨第052季 小さな3つの旅人✨
— Three Little Travelers / Tres Viatores Parvi —
(Tria Corda in Mundo — Parvae Itinera, Magna Lux)
最初の数日は
ただ
「無事」
を数える日々
母子ともに健康
その一文の
感謝と感激
退院してからも
胸の奥で
何度も
反芻される
私は
何かにつけて
確認してしまう
寝息はある?
手足は温かい?
顔色は?
泣き方は?
けれど三人は
こちらの
心配など
軽やかに
すり抜けて
ちゃんと
生きていていてくれる
泣いて
飲んで
眠って
また泣いてくれる
単純な
繰り返しなのに
そこには
三人
それぞれの
個性が現れる
長女は
泣く前に眉が小さく寄る
まるで
「理由を整えてから」
泣くみたいに
次女は
泣き声が一番大きい
音量で
世界を測っているようで
私は時々
彼女の
勇ましさに救われる
三女は
泣くより先に手が動く
布を掴み
指で空を探り
ママ・パパに
触れたら
安心したかのように
静かになる
私と
同じ日
7月6日
生まれなのに
同じではない
それぞれの個性
その当たり前が
奇跡みたいに思える
りゅうさんは
最初から
「三人を一緒に」
で
「三人をそれぞれに」
夜中
私が授乳のために
起き上がると
彼はすぐに目を開け
眠気の膜を
破る速度が
もうパパの速度
「どの子からいく?」
りゅうさんは
小声で言う
私の体力と
三人の御機嫌と
部屋の空気を
一瞬で読み取り
順番を提案する
私は思わず
いけない!って
くすっ!と……
法務部の私は
順番を決めると
安心し
手順があると
心が落ち着く
でも今の順番は
書面の順番じゃない
私とりゅうさんの
大切な
命の順番
泣き方
顔の赤さ
胸の吸い付き
吐き戻しの気配
そういう
今まで
経験が
なかった事情が
優先事項順位を
塗り替えていく
私は
そこで初めて
「整える」
の意味を
更新する
整えるとは
完璧にすること
ではなく
整えるとは
今日の現実に
柔らかく
合わせ直すこと
ある夜
次女が
どうしても
泣き止まない
抱いても
揺らしても
声をかけても
胸の奥が
ひっかかっている
みたいに泣き続く
私は焦る
胸が熱くなる
「ちゃんとできてない」
と私の古い癖が
顔を出す
その瞬間
りゅう君が
私の手首に
そっと触れ
握らないで
押さないで
ただ
そこに添えてくる
「パパが
交代するよ」
りゅうさんは
声の温度を
変えないで
責めず
慌てず
私は
息を整え
次女をりゅうさんに……
りゅうさんは
次女の
背中に
手のひらでさすり
ゆっくり
呼吸を合わせる
すると
泣き声の波が
少しずつ
ほどけていく
私は
その光景を
見ながら気づき
泣いているのは
次女
だけじゃなく
私の中の
「不安」
も実は泣いていた
私は
自身自に向かって
心の中で第4条を読む
自身を責めない
責めない
は甘やかしじゃなく
責めない
は守るための判断
朝が来
窓の光が
薄く部屋を満たす
世界は少しづつ
柔らかく和らいでいく
夜は問いが増え
朝は3人への
お世話が増える
不思議?
問いより
お世話が
いっぱいの方が
私は幸せに感じる
この子たちの
ために動かす
「手」
があるから
手が動くと
心がついてくる
おむつを替える
服を着せる
ガーゼを畳む
ミルクの量を測る
哺乳瓶の温度を
確かめる
その一つ一つが
彼女たちの
これからの永い旅の
支度のために……
そして旅の支度は
当たり前だけれども
時々
小さな事件を
連れてきてくれる
初めての吐き戻し
初めてのしゃっくり
初めての湿疹
初めての
体温計の数字に
私は胸が
きゅっとなる
私はすぐ
「もしも」
を立ててしまう
最悪を想定し
手順を整え
誤解の余地を
閉じたいために……
でも
りゅうさんが言う
「まず
見てみようよ
聞いてみようよ
触れてみようよ
そして一緒に」
りゅうさんは
私の仕事上の癖を
否定しない
順序を
変えて
条文より先に
現実
結論より先に
観察
怖さより先に
呼吸
私は
その順序を
何度も
りゅうさんから教わる
昼過ぎ
三女が
ふっ!と
にこっ!と
微笑んでくれた
気がした。
気のせいかも?
しれない
でも
私は
確信に近いものを抱く
私が名前を呼ぶ前の
まだ
「音だけ」
の時期の笑顔
その瞬間
胸の奥に
温かい穴があく
そこに
喜びが
落ちてくる
りゅうさんに言うと
彼は目を細めて頷く
「この子たちの
旅が始まってるね」
私は頷く
私達の家の中で
三つの旅人が
毎日少しずつ
世界に慣れていく……
泣くのも旅
眠るのも旅
飲むのも旅
そして
私とりゅうさんが
その旅のみちしるべの
地図を毎日
書き足していく
夜
三人が
同じタイミングで
眠ってくれた時
私はソファに
沈み込み
全身がふわふわして
心だけが起きている
眠れぬ
夜の祈りは
出産で
終わったはずなのに
形を変えて続いている
どうか
今日も
息が続いていきますように
どうか
明日も
体が温かいまま
朝を
迎えられますように
どうか
私が
「ちゃんと」
に溺れそうになったら
あなたが
隣にいて
くれますように
すると
りゅうさんは
私の隣に座り
私の肩に
ブランケットをかける
そして
小さく言う
「うん
ここにいるよ……」
その一言で
私の祈りは
完成する
祈りは
言葉じゃなく
祈りは
隣にいるという
静かなる行為
私は
三人の
小さな寝息を
聞きながら
静かに思う
私達は今
家族という船で
初めての大海原
の航海に……
波は怖い
でも
舵は
私とりゅうさん
二人で握る
そして船の中心には
三つの小さな光がある
それだけで
進める
進めて行こう!
ともに……!
旅は
遠くへ行く
ことだけじゃなく
同じ部屋で
同じ夜を越え
同じ朝を
迎えること
その
繰り返しの中で
三人は少しずつ
「この世界の空気」
を覚えていく
そして私も
少しずつ
「ママという呼吸」
を覚えていく
りゅうさんは
パパという
静けさで
私を支え
私は
ママという
慎重さで
三人を抱く
完璧ではない
でも
完璧である
必要がないことを
三人の寝顔が
教えてくれる
眠れぬ
夜の祈りを
越えた
私達の家には
今
祝福の問い
未来に向けて手渡すための
最初の贈り物を選ぶ
この子たちの名前を
どう命名を?
名前は
呼ぶたびに
心を整える
名前は
迷子になりそうなときの
灯りになる
名前は
私とりゅうさんが
この世界へ差し出す
この子たちへの
最初の
「お約束」
で儀式
三人
それぞれの旅に似合う音を
三人
それぞれの人生に似合う光を
私達は
夜の静けさの中で
またノートを開く
条文ではなく
祈りのように
次回
✨第053季 名前の候補✨
そこで
私、綾音とりゅうさん
小さな旅人たちが
この世界で
綾音ママとりゅうさんパパ
から
最初に受け取る
“音”
を選び取ってもらうための季へ……




