✨第049季 初めて聞いた命の音✨
言葉には
順序がある
私はずっと
そう信じてきた
事実を並べ
理由を添え
誤解の余地を
閉じてから
最後に感情を置く
条文の世界で
生きる私は
言葉を
「証拠」
として扱う癖がある
だから
胸が先に震える
瞬間ほど
言葉は遅れる
けれど
最近は
順序が崩れる
先に
身体が知ってしまう
先に
香りが変わり
疲れやすくなり
眠気が
ふいに強くなる
そして
歩くとき
私の重心が
二つに
なった気がした
怖さではなく慎重さ
慎重さは
愛の顔をしている
守りたいものが
できた人の
自然な
変化に似ている
「新しい生命を宿しました」
私はりゅう君へ
あの夜ようやく言えた
言った瞬間
りゅう君の目が
ゆっくり潤んで
呼吸が
少しだけ深くなり
その
“静けさ”
が私を救う
喜びを騒がず
私に背負わせず
私の怖さを
孤独にしない
あなたはいつも
私の心の結び目を
ほどくのが上手だ
そして今日は
私の検診の日
言葉ではなく
耳で確かめる日
条文ではなく
音で受け取る日
私の中で
始まった季節が
外の世界と繋がる日
りゅう君の隣でなら
私の
「べき」
は少しずつほどけて
その代わりに
覚悟が増えていく
ママとパパになる覚悟
まだ
形になりきらない未来を
二人で両手に持つ覚悟
……私は今朝
鏡の前で小さく言った
「大丈夫
怖いのは
誠実の端っこ」
あなたが
教えてくれた言葉を
今度は
私が私自身に渡す番……
病院へ
向かう朝の空気は
透明だった
冬の名残りの
ような冷たさが
頬の輪郭を
はっきりさせる
私はマフラーを
少しきつく巻き
歩幅を小さくする
急がない
転ばない
無理をしない。
その
「しない」
の選択が
今の私の一番の
誠実だと思う
りゅう君は
私の外側を歩く
人混みを
避けるみたいに
自然に
私を
守ろうと
しているのに
守っていると
感じさせない距離
その距離感が
あなたの優しさ
「寒くない?」
「……うん大丈夫!」
そう答えたあと
私は付け足す
「大丈夫!
って言えるの
最近ちょっと嬉しい」
りゅう君が
小さく微笑む
「言えるの増えたね」
「あなたが
“うん”
って受け取ってくれるから」
「うん」
NICU(新生児集中治療室)が設置された施設の
受付を済ませ
待合室に座る
椅子の硬さが
妙に現実的だ。
ディスプレイの音
空調の風
雑談の会話
いつもの
生活の延長
にあるのに
二人にとっては
今日だけは
別の時間が
流れている
りゅう君は
私の膝の近くに
手を置く
握らない
そっと
優しく柔らかく添える
そうただ
そこにいる
“逃げない”
と
“押さない”
を同時に持った
あなたの手
「緊張してる?」
私は
正直に頷いた
言葉にすると
さらに震えそうで
でも震えは
敵じゃない
誠実の端っこ
名前が呼ばれ
診察室のドアを
開けた瞬間
空気が変わり
精密機器の
静かな待機音
私はいつも
制度の中にいる
側なのに
今日は完全に
“守られる側”
女性医師が
穏やかに言わはる
「今日は赤ちゃんの心拍
聞いてみましょう」
その一言が
私の背骨を
まっすぐにする
聞ける
聞かさせてもらえる!
私は
りゅう君を見た
りゅう君も
私を見た
私達は言葉を
交わさないまま
同じ顔をして
怖いのに
嬉しい
私は
ベッドに横になり
服を少し上げ
ジェルの冷たさが
肌に触れる
「冷たいですからね」
女性医師の
声は柔らかい
私は
「はい」
とだけ答える
余計な言葉を挟むと
感情が溢れそうで
モニターがつく
画面に映る
リアルタイムの
影と光のゆらぎ
私は
見つめるのが怖くて
でも目を
逸らすのも怖い
りゅう君の手が
私の手の甲に
そっと触れた
触れ方が
「大丈夫」
を言っている
「……じゃあ
音
出しますね!」
次の瞬間
ピッ、ピッ、ピッ……
と、機器が鳴り
最初は
それが何なのかが
分からなかった
機器の作動音?
ノイズ?
それとも
私の心?
でもすぐに
気づく
音が
“生きている”
という事の
規則的な拍動
息をしている……
早い
小さい
私の体の奥から
確かに
私達のもとへ届く音
その瞬間
涙がにじむ
私は涙ぐむ
つもりなど
なかったのに
涙は
順序を守らない
言葉より先に
溢れてしまう……
りゅう君が
息を呑む音が……
「……聴こえる……」
とても小さな声
でもそれは
私達にとっての
人生で一番大きな
告白みたいに響く
女性医師が
画面を見ながら
少し首を傾け
そして
静かに
「……
一つ……」
私の涙が止まる
りゅう君の指先が
ほんの少しだけ強くなる
握らないまま
でも確かに
意思が増える
女性医師が続ける
「あら
……もう一つ
いてくれているわ!」
私は息を止め
胸がきゅっと
締め付けられる
怖い
嬉しい
どちらも
同じ熱量で
押し寄せる
そして
女性医師が
確認するように
もう一度言った
「……さらに
もう一つよ!……」
その時
りゅう君
満面の笑み
驚きが
息の形になり
「……え……!!」
私の口から出たのは
それだけ
女性医師が微笑む
「三つ子ちゃんですね」
言葉が
現実を確定させる
三つ
三つの鼓動
三つの未来
私は
頭の中で
数を数えるみたいに
何度も繰り返す
さん
さん
さん
でも
数えても
追いつかない
胸がいっぱいで
私は
りゅう君を見た
りゅう君は
泣いていた
声を出さずに
でも確かに
目が潤んでいる
「……りゅう君」
「うん」
その
“うん”
が私の崩れそうな心を
支える柱に
女性医師が丁寧に
今後の説明を
してくれる
リスクのこと
これからの
通院のこと
生活の注意点
私は頷きながら
半分しか聞けていない
なぜなら
私の耳はまだ
私とりゅう君との
生命の証
あの音の
余韻を聴いているから
ピッ、ピッ、ピッ……
ピッ、ピッ、ピッ……
それは
りゅう君の
ドラムの拍にも
似ている
でも
もっと繊細で
もっと確か
診察室を出たあと
廊下の窓から
光が差していた
私はふらりと
立ち止まり
深呼吸をする
りゅう君が
私の背中に
そっと手を置く
「……あや様」
「……うん……」
「びっくりした……?」
「……うん
びっくりした!」
「でも」
りゅう君は
言葉を探す
いつも器用な
あなたが
今日は少し不器用で
それが愛おしい
「でも
すごく
嬉しい」
私は頷く
頷いた瞬間
涙がまた落ちる
私は
涙を恥ずかしがらない
恥ずかしいのは
誠実の敵じゃない。
ただの揺れ
「怖い?」
りゅう君が
さっきと
同じ質問をする
私は
同じ答えを返す
「……うん
少し……」
りゅう君は
少しだけ微笑み
でも真剣に言う
「うん
怖いの
私がうけとめる」
その言葉が
今日の私の
……
“べき”
の外に出る
……
完璧じゃなくていい
上手にできなくていい
ただ
一緒に持ち
病院の玄関を出る
外の空気が
少しだけ落ち着かせる
自宅から持ち寄った
あたたかいお飲み物を
「……あや様
今飲む?」
その言い方が
なんとなく
パパの言葉かな?
だと思い
私は微笑む
「うん
大丈夫よ
あなたが
確認してくれると安心する」
帰り道
私はふと思い出す
ピアノの黒い艶。
あの夜
二人で音で置かれた
「ここで生きよう」
その言葉が
今
増幅されていく
二人でともに
ここで生きよう
三つの鼓動と一緒に
そして
ヤマハのグランドピアノCFXが
そこに
静かに
佇み
でも今日も
ただの楽器じゃなく
家族の未来を
弾き語るみたいに見える
私は
バッグを置き
ピアノに近づき
天板にそっと触れ
「……今日
聴いてきたよ……」
誰に向かって
言ったのか分からない
ピアノに?
りゅう君に?
それとも
お腹の中に?
りゅう君が
背後で言う
「……あや様……」
「ん?」
「ママになるんだね」
私はにこっ!
泣きながら
「あなたも
パパになるのよ」
りゅう君は
少し照れて
でも逃げずに言う
「うん……なる……」
“なる”
その語が
私の胸の奥の
固い規則を
またひとつ溶かす
覚悟って
気合いじゃない
たぶん
毎日の
小さな選択の積み重ね
歩幅を小さくする
急がない
無理をしない
怖いと言う
怖いのを
許す
そして
“一緒に持つ”
その夜
私達は
食卓ではなく
ソファに並んで座り
特別な
お祝いはせず
でも
温かいスープがある
りゅう君が
淹れてくれた
「今日は
あや様のために」
そう言って
私はその言葉に
息を止めるほど
嬉しくなった
私があなたのために
と思った季節に
あなたも私のために
と返してくれる
等価交換じゃない
義務でもない
ただ
温度の往復
私はカップを
両手で包んで言う
「ねえ
りゅう君……」
「うん?」
「今日の音
……忘れない!」
「うん私も」
「……三つ
だったね」
「うん
……三つの新しい生命……」
言葉にすると
また現実になる
現実になっても
怖い
でも怖いままでもいい
あなたが
そう言ってくれるから
私はお腹に
手を当てる
まだ
膨らみは小さい
でも
確かにある
確かに
ここにいる
私は小さく呟く
「……こんにちは」
りゅう君が
私の隣で
同じように
手を重ねる
握らない
押さない
ただ
そこに置く
そして
囁く
「……よろしくね」
その瞬間
私は思った
これが
私達の契約
条文では
測れないけれど
確かな
生活の契約
音で交わした
未来の約束
今日
私は初めて聞いた
言葉ではなく
音で
条文ではなく
鼓動で
私の
内側にいる生命が
私達のいる
外の世界に向けて
鳴らしてくれた
最初の合図……
そして
その音は
一つではなく
三つの生命
三つの小さなリズム
三つの未来の足音
私は怖い
怖いのに
嬉しい
この矛盾は
私の弱さではなく
愛の容量が
増えた証拠だと
今日やっと理解し
りゅう君は
今日も私に
背負わせなかった
「大丈夫?」
と聞くのではなく
「怖いの
いいよ」
と言って
怖さの隣に
座ってくれた
それは
私にとって
最大の安心
怖さが
孤独にならないこと
怖さが
責められないこと
怖さが
“二人で持つもの”
に変わること
私、綾音と隆也は
ママとパパになります!
覚悟は
まだ完成していない
けれども
完成していなくていい
この家の中で
日々の中で
少しずつ
書き足していけばいい
ピアノの黒い艶が
今宵も灯りを
受けて静かに
息をしている
りゅう君からのプレゼント
あの楽器は
二人の誓いの場所であり
これから
増える家族の居場所でもある
次の季節
私達は
未来が動き出す
“気配”
をもっとはっきりと
感じることになる
入院・通院の予定
生活の組み替え
仕事の調整
育児休暇
未来のBabyの準備
嬉しさだけでは
進めない
現実の中で
それでも私達は
音を失わずに歩きたい
次季
✨第050季 未来への胎動✨
そこでは私は
「ともに守る」
と
「ともに生きていく」
を両立させるために
りゅう君と一緒に
未来の生活を
編み直していく
三つの鼓動が
私達の毎日を
どんなふうに彩り
変えていこか?
私は怖いまま
でも確かに
楽しみにしている
りゅう君も
まだ小さな
でも確かな胎動は
“これから”
の時間が始まった!
ことを告げる合図
その合図を
私たちは二人で
そして
三つの命と一緒に
丁寧に受け取っていく
私、綾音と隆也とともに……




