✨第046季 食卓の音楽 ✨️
【Preface】
二人の食卓という
場所は
私にとって
不思議な世界……
そこには毎日
二人の
日常が生まれ
今日をどう扱う?
明日をどう迎える?
互いの
機嫌や
疲労や
希望を
どの温度で
迎える?
私はこれまで
制度や条文や運用の
正しさを
背負う文章を
扱ってきた
だから
「二人の家庭」
という言葉にも
どこかで
形式があるような
気がしてし
つい
家庭は
穏やかであるべき?
食卓は
整っているべき?
夫婦は
仲良くあるべき?
そういう
「べき?」
がいつの間にか
心の隅に積もってしまう
でも
りゅう君は
いつもその
「べき?」
を音に溶かし
難しい理屈で
崩すのではなく
何気ない
二人の生活の
リズムで
ほどいていくの
婚姻届を
出してから
私達の
暮らしは劇的には
変わっていない
玄関先の二人の靴の向きも
洗面の二人のタオルの場所も
二人の共有は
いつもの続きの連続
けれど
私にとって違うのは
「帰る」
という動詞の焦点が
場所から人
りゅう君へ
帰る
の先に必ず
りゅう君がいる
その確かさが
私の日常を強くする
今夜も
食卓の上には
私のお気に入りの白ワイン
私はまだ
ワインを語れるほどの
舌を持っていないけれど
りゅう君が
「これ
あや様に合うと思う」
と言って選んでくれて
お気に入りになった
という事実だけで
グラスの透明が
柔らかく見える
今宵も
小さなスピーカーからはジャズ
複雑なはずなのに
うるさくない
主張するのに
押し付けない
音の間に
ちょうどいい
静寂があって
沈黙があるから
二人の言葉が
ちょうどいい
間合いがある
私は気づく
食卓は
二人の料理を置く場所だけじゃなく
二人の言葉を置く場所でもある
そして音楽は
二人の
置かれた言葉を
ほどよく
雰囲気を壊さずに
混ぜてくれる
そして
二人の笑顔が
今日の私の肩から
見えない鎧を
一枚一枚外してくれる
今夜の二人の食卓の
演奏の始まり
私達の
「これから」
を静かに
鳴らし始める演奏
— Tabletop Music / Musica Mensae —
白ワインの光は
言葉より先に
喉をほどく
ジャズは
正しさの角を削らずに
やさしさへ丸める
フォークが皿に触れる音
グラスが息を吸う音
あなたが
「うん」
と頷く音
食卓は
小さな音符で
家族の譜面を描く
私はまだ
上手に歌えないけれど
あなたの隣なら
拍子を外しても
また戻れる
夜は深く
灯りは低く
それでも確かに
未来が少しだけ
明るい
りゅう君が
グラスに
注いでくれた
私の
お気に入りの
白ワインは
思っていたよりも
淡い色を
透明の中に
ほんの少しだけ
麦わら色が
私はそれを
見つめながら
なぜか
色々な
「余白」
を思い出し
例えば
婚姻届の
白い紙の余白
そこに
これからの
二人の未来が
書き足されていく
のだと想像した
あの瞬間の
呼吸の軽さ
今夜の
グラスの中にも
余白を感ずる
香りが
立ち上がるための空間
りゅう君が
音量を
少しだけ下げ
ジャズが
部屋の背景から食卓へ
一歩近づく感じ
テーブルの上には
派手ではない
私とりゅう君との料理
サラダ
チーズ
パン
オリーブオイル
そして
小さな皿に乗った
アラカルト
りゅう君は
「今日もありがとうね」
私の緊張をふっとほどく
私はいつも
何かを
「ちゃんと」
やりたくなる
料理も
会話も
夫婦も
毎日献立を組んで
栄養を考えて
微笑みをたやさず
りゅう君を支えて
未来を話して……
でも
りゅう君は
「ちゃんと」
てはなく
の代わりに
「二人でゆっくりまったり」
のペースを差し出す
厳密な計画ではなく
二人の温度
「二人で
今宵も乾杯しよっか!」
りゅう君が言う
私はグラスを持ち上げ
指輪が
グラスの縁の
光を拾って一瞬きらめく
まだ慣れない
その輝きが
私の指に
「決意」
を固定するのではなく
「今日も二人並んでここにいる」
と知らせて
くれるみたいで安心する
「Cheers!」
私が言うと
りゅう君は微笑みながら
「Cheers!
……あや様
今日もおつかれさま!」
たったそれだけで
胸の奥に温かいものが……
私は疲れを
私自身
認めるのが下手で
認めた途端に
崩れてしまう気がして
いつも
心の中で保留にする
でも
「おつかれさま!」
と言ってもらえると
私の身体は一気に軽くなる
ワインを口に含むみ
酸味が先に来て
後から少しだけ
甘さが追いかける
「……おいしい」
私は正直に言う
りゅう君は
嬉しそうに頷き
パンを小さくちぎり
「ね
あや様
こういうの好きだと思ったんだ」
私はその
「思った」
という動詞が好き
断定じゃなく
命令でもなく
私の内側に
一度触れてから
そっと差し出す形……
私は
「あなたはこうするべき」
と言われると
正しく応えようとして固くなる
でも
「思った」
と言われると
正しくなくても
大丈夫!
合っても間違っても
大丈夫!
そこに優しさがあるような
BGMのジャズの
サックスが長い息を吐く
その音を聞いた瞬間、
は昼間の自分を思い出し
仕事では
言葉がルールを背負い
文章が
誰かの生活を動かす
だから私は
言葉の一つひとつに
責任を
背負わせる癖がある
夫婦の会話にも
その癖が顔を出してしまう
「これを言ったら
どう受け取られるだろう」
「この言い方は適切だろうか」
「感情は後で整理してから」
そうやって
私の言葉は
いつも私自身の検閲を受けてしまう
でも
二人の食卓の音楽はゆるめる
音が
言葉の前に
流れていると
言葉は
「正しさ」
よりも
「温度」
に近づく
私は気づく
私が怖いと
思っていたのは
間違えることではなく
「間違えたら
一人で直さなきゃ」
と思い込むこと
りゅう君は
その思い込みを
優しく柔らかく
ほどく
直すのは
一人じゃない
とりゅう君は
身体で教えてくれる
「ねえ、りゅう君」
私はグラスを置いて言う
「ん?」
「……私
こういう夜が……
すごく好き」
口に出してから
少し恥ずかしくなる
好き
と言うのは簡単なのに
言った途端に
胸の中が露出する
りゅう君は
目を細め
「私も
……あや様が
安心してるお顔
大好き!」
私はそれを聞き
泣き出しそうに
安心している顔を好き
と言われることは
私にとって
りゅう君の前では
武装解除?
私は頷いて
オリーブを一粒つまむ
塩気が舌に残り
ワインがそれを洗い流す
味が交互に来る
それは
会話と似ている
「ね!
あや様?」
りゅう君が言う
「もし
……子どもができたら
どんな食卓がいい?」
私は
一瞬だけ息を止め
あの夜の
「女の子がほしいね」
を思い出し
胸の奥で
未来が育ったあの夜
でも今夜は
怖さが前に出ない
音楽が
怖さを
背景に置いてくれる
私は怖さを
消せないけれど
怖さだけで
話を止めなくていい
「……にぎやかになるね」
私は言う。
「うん」
りゅう君が頷く。
「でも私
きっと最初は慌てる
泣き声の理由を分析して
最適化しようとして……」
「それ、あや様らしい」
「らしい
で済ませていいの?」
「もちろんいいよ
らしさは
直すもんじゃない」
その言葉に
胸がほどける
私はいつも
改善すべき点を
探してしまう
生活も人間関係も
採点してしまう
でも
「らしさは直すものじゃない」
と言われると
存在が肯定される
私は静かに頷き
ワインを飲む
喉の奥が温かい。
「じゃあ
こども達のために私が歌う!」
りゅう君が言う
「歌?」
「うん
泣き止んでくれなかったら
抱っこして歌ってあげる
……ジャズでもいい?」
「やめて
想像したら可笑しい!」
私はにこり
りゅう君は
照れたみたいに
目を逸らす
この照れ方が
嘘じゃないと分かる
冗談の形を借りて
核心を置く
りゅう君はいつもそう
私達は
食卓の上で未来を並べる
現実の話は
音楽の中でも重い
でも
音楽があると不思議だ
重さが
怖さにはならない
重さは
「二人で持てる重さ」
になる
「ねえ
りゅう君」
私はふと
真面目な声で言う
「うん?」
「私……
あなたと結婚してから
少しずつ
『失敗してもいい』
って思えるようになった」
りゅう君は
黙って聞いてくれる
急がない沈黙。
私は続ける
「失敗したら
私はずっと一人で
直すって思ってた
でも今は
……直すっていうより
一緒に整えていくって思える」
言葉にした途端
涙がにじむ
りゅう君は
手を伸ばして
私の指先に触れた。
握るのではなく
触れる。
その触れ方が
私の中の
「孤独な責任」
をほどいていく
「……あや様」
りゅう君が言う
「うん」
「あや様が
怖いって言ってくれるの
嬉しい」
「嬉しい?」
「そう
怖いって言ってくれのは
お互いを信じてるってこと」
私は
その言葉を
胸の中で反芻する
怖いと言えるのは
お互いを信じてるから
私はいつも
怖さを隠すことで
相手を守ろうとしてきた
でもそれは
相手を遠ざけることでもあった
りゅう君は
怖さを差し出すことを
「信頼」
と呼ぶ
その呼び方が
私の世界の構造を
少し変える
ジャズの曲が変わり
ピアノの音が
少しだけ前に出る
鍵盤の一音一音が
丁寧に置かれていく
私はその音を聞いて
婚姻届に書いた
自分の文字を思い出す
急がず
誤字を恐れすぎず
丁寧に置いたあの文字
あの時の私の手は
未来を
固定するためではなく
未来へ話しかけるために
動いていたのだと思う
「……ねえ
りゅう君」
私は小さく言う
「なーに?」
「私ね
りゅう君
あなたに伝えたい言葉が……ある」
言った瞬間
胸が高鳴る
りゅう君は
少し驚いた顔で
私を見る
でも
逃げない
いつもの声量で
優しく返す
「うん
聞かせて」
私は息を吸う
ワインの香り
チーズの匂い
木の家の温度
そしてジャズの間奏
それら全部が
私の背中を支える
食卓の音楽は
今夜
言葉の入口を
開けてくれる
私はまだ
うまく
言えるか分からない
でも
分からないままでも言っていい
りゅう君が
それを
暖かく優しく
包んでくれる
私は
グラスの水滴を
指でなぞりながら
心の中で一つ決め
今夜も
私の正しさではなく
二人の温度で話そ!
【Epilogue & Next】
二人の食卓は
生活の中心で
心の中心なのかも
私達はそこで
栄養だけでなく
安心をも
摂取しているのかも
ジャズの音は
二人の
言葉の前に流れ
言葉の
呼吸を整えてくれる
二人お飲み物の
白ワインは
酔わせるためではなく
二人の
緊張の結び目を
ゆるめてくれる
ためにあるみたい
私は今夜
未来の話を
「どきどき」
から
「あっけらかーん」
へ少しだけ
移動させられた
気がする……
それは
未来が
確定したからではなく
むしろ逆で
確定しない未来を
二人で
見つめ続ける準備が
少しづつ
整ったのかな?
それでも
私には大きな成長
だって私はずっと
「確定しない」
ものを怖がってきた
けれど
りゅう君は
二人の
確定しないものに
寄り添ってくれて
そして私を
そこへ手を繋いで
連れて行ってくれる
二人で食卓の片付けを
終えたあと
私はふと
胸の中の言葉に触れた
さっき
「伝えたい言葉がある」
と言ってしまった
その続き
言葉にするのは
いつだって少し怖い
言葉は残ってしまう
言葉にしたら取り消せない
言葉にしたら後戻りできない
でも今夜は
もう怖さが
私の敵ではない
怖さは
誠実さの端っこだと
りゅう君が教えてくれたし
次回
✨ 第047季 あなたに伝えたい言葉✨
私は
魚住隆也へ
これまで積み重ねた
「ありがとう」
も言えなかった
「ごめんね」
も
胸の奥で眠っていた
「大好き」
も
どれか一つ
だけじゃ足りない
だから私は
言葉を選ぶ
のではなく
言葉のまま
差し出してみようと思う
食卓の音楽が
フェードアウトに
静寂の中で
私はきっと言う
あなたに
ちゃんと伝えたい!
私が
ここまで来られた理由を
あなたが私にくれた
「二人の帰る場所」
を
そして
これからも
同じ温度で
二人
生きていきたい!
という願いを……




