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⭐️色褪せることのない絆⭐️ ✨️EMPATHY 大隅綾音と魚住隆也✨️  作者: 詩野忍


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5/12

✨️第001季 若葉色のはじまり ✨️

春の並木道を歩くたびに

胸の奥で小さな振動が生まれる

冬の冷たさがほんの少し混じった

風の中で

若葉たちはまだ

頼りない影を落としている

それでも

そこには確かに

“始まり”

の色があった

十九歳の春という季節は

いつもより少しだけ世界が明るく見え

少しだけ足音が軽く響く

これといった理由はなくとも

心のどこかで

「今日、何かが変わるかもしれない」

と思えるような

そんな季節である


私はいつもより

数分早く家を出て

同じ通学路を歩くのに

なぜか新しい景色を探してしまう

芽吹いたばかりの葉が

陽を受けて揺れ

地面には

淡い緑色の影が

水たまりのように揺れている

その光景だけで

心がふわりと浮く

十九歳の私には

未来という言葉がまだ現実味を持たず

けれどその曖昧さこそが

どこか心地よかった

そんな中で

胸の奥に芽生えた微かな気配

それが

魚住隆也

という青年に

向けられたものだと

私が認めるには

もう少し時間が必要だった

 春の光というものは

 どうしてこんなにも

 優しいのだろう

 まるで誰かが手のひらで

 そっと世界を包み込んでいるようで

 道端の若葉も、

 古い電柱も

 歩く人々の影さえも

 すべてが

 やわらかく輪郭を溶かしてゆく

 私はその中を歩きながら

 胸に触れた

 小さなざわめきの正体を探していた


 彼──魚住隆也

 名前を知っている

 それだけの距離

 それなのに

 春の空気の中では

 隆也の存在が

 ほかの誰よりも

 くっきりと浮かび

 上がってしまうのだから不思議だ


 その日

 私はたまたま少し早く

 並木道に差し掛かった

 若葉が光を受けて揺れ

 その影が舗道に淡く重なっている

「今日も会う気がする」

 そんな根拠のない予感が

 胸をくすぶらせる

 私は自分の胸の内にそっと触れた

 気のせいかもしれない

 だけど、信じたかった


 その瞬間、

 並木の向こうに淡い灰色の影が見えた

 落ち着いた歩幅

 まっすぐな背筋

 少し前屈みで

 手帳を開いている姿

 心臓が

 一拍遅れて脈を打つ


 隆也の仕草は

 いつ見ても静かだ

 急いでいる風にも見えず

 でも決して緩んでいるわけでもなく

 きちんと

 自分のペースを守っている歩き方


 私はそのペースを知っている

 知ってしまっている


 たった数回のすれ違いで

 私は彼のリズムを記憶していた

 観察癖のせいだと

 言い訳したいけれど

 きっとそれだけじゃない

 誰かを

 “特別”

 と認識してしまう瞬間は

 いつだって

 自分の意思とは関係なく訪れるのだ


 彼は手帳に目を落としながら

 歩いていた

 ページには何が書かれているのだろう

 今日の課題?

 提出物?

 授業の予習?

 あるいは

 ……誰かとの約束?

 推理めいた思考が

 頭をかすめるたび

 胸の奥がそっと締め付けられる


 私は

 歩く速度をほんのわずかに緩めた

 視界に入る彼の姿を見逃したくなかったから

 けれど同時に

 あまり見つめすぎるのも気恥ずかしい

 そんな矛盾した感情が

 春の風に乗って胸の奥をくすぐる

挿絵(By みてみん)

 距離が縮まり、

 私と隆也は

 同じ並木道の中に立っていた

 若葉の影が揺れ

 光が溶け合い

 私と隆也の間に透明な幕が降りる

 すれ違うほんの一瞬──

 彼の視線がふと上がった

 その眼差しが

 私の方へ向けられた


 驚くほど静かで

 穏やかで

 柔らかい


 私は息を呑んだ

 春の光の粒が

 彼の瞳に淡く反射している

 その色は

 まるで若葉のよう

 柔らかいのに、

 どこか芯のある光

 世界が一瞬だけ静まる


 声を出せば

 この瞬間が壊れてしまう気がした

 呼吸をすれば

 その光が逃げてしまう気がした

 だから

 私はただ目をそらせずにいた

 それだけで十分だった


 すれ違う瞬間

 風がふわりと吹き抜ける

 若葉の影が揺れ

 光がきらきら跳ねる

 彼の横を通り過ぎながら、

 私は心の奥で

 そっと祈るように思った

 ――もう少し

 この距離を縮めたい

 でも今はまだ

 このすれ違いだけで十分だ、と


 背中越しに感じる

 春の匂いが消えていく頃

 私は自分の胸に広がるざわめきの名を

 たぶん知っていた

 それでも

 まだ言葉にはしなかった

 若葉がゆっくり

 色を深めるように

 私の心もまた

 時間をかけて

 その色を育てていきたかったから

すれ違いの一瞬が

こんなにも心に残るなんて

十九歳の私は思いもしなかった

隆也の瞳の光が

若葉のように胸に残っている

それは恋と呼ぶにはまだ幼く

けれど興味と呼ぶには

あまりにも温かすぎる感情だった


私は春の並木道を歩きながら

自分の変化に気づき始めていた

誰かを思うという行為が

こんなにも世界を柔らかく彩るなんて

何でもない通学路が

少しだけ

特別な景色に変わってしまうなんて


隆也と交わした視線は

ほんの数秒

けれど、その一瞬が

私の心に小さな灯りをともした

その灯りは

風が吹いても消えない

むしろ

風によって少しずつ強くなるような

不思議な光だった


この光の正体に触れるのは

次の季になる

私はようやく

自分の視線が

“理由”

を持ち始めていることに気づく

理由なき予感が

形を帯びる瞬間が訪れるのだ。


✨️第002季 桜雨の下で✨️

そこでは、

私が初めて

“感情の輪郭”

を見つめる物語が始まる

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