✨️第045季 ふたりの寝相地図✨️
私、魚住綾音と隆也
二人の眠りは
私から
「整える手」
をそっと変えて行く
昼の私は
文章を読み
規程を確かめ
誤差を削り精度を上げ
世界の角を
丸くしすぎないように
注意を払う
正確であることは
守るための礼儀で
私自身を守るための
鎧でもある
けれど夜
寝室の灯りを落とし、
ベッドに身を預けると
その鎧は音もなく軽くなる
夫婦になった実感は
婚姻届が受理された
瞬間ではなく
むしろ
こういう
「いつも通り」
の夜に遅れて届く
二人でいる日常の中の
ともに何気なく過ぎ行く空間
その気配
そこには
常に隣に
りゅう君がいてくれている
私は
しばらくは
眠りに入る前の
時間が少し怖かった
会話なら
温度を調整でき
笑顔なら
形を整えられる
けれど
眠りの中では
私の無意識が
私を代表となり
寝返りの向き
手の伸び方
足の距離
私が
「大丈夫!」
と言い切れない
部分ほど
そこにあらわに
なってしまう気がした
それでも
りゅう君は
その怖さを
柔らかく優しく
抱きとめてくれる
私が
「私の寝相ってどうなっているんだろう?」
と口にした時
彼は微笑みながら
あの言い方で返した
「寝相も毎日更新だね」
更新
修正
揺れ
許可
固定
ではないという宣言
婚姻届の
「硬さ」
に慎重に構えていた
私にとって
その言葉は
二人の未来地図
寝相地図は
紙に描かれない
けれど確かに描かれる
二人の就寝の間
私達の体温が
言葉の代わりに
線を書き換えてゆく
肩が近づく線
足先が離れ重なる線
安心すると
伸びる手の線
そのしぐさこそが
正解ではなく
私、綾音とりゅう君
関係性の
「今日の形」
そして私は思う
夫婦とは
完成した地図を
持つことではなく
少しずつ
描き足しながら
二人が必ず
「帰れる中心」
を確かめ合い
私は
きちんと愛してみたい
灯りを落とすと
言葉は小さくなり
呼吸が大きくなる
寝返りは
無意識の返信
手の位置は
信頼の署名
近い肩は
安心の証拠
離れる足は
まだ残る怖さ
地図は
紙ではなく
体温でできている
中心はいつも
あなたの隣
戻る場所を
毎晩
確かめる
朝
私は読む
昨夜の私達が
どんな線で
「夫婦」
を描いたかを……
婚姻届を
提出した日の夜
私達は
大げさなお祝いをせず
派手な乾杯も
特別なディナーもなく
けれど
普通に帰宅し
玄関先
靴を脱いだ瞬間
私は胸の奥で
小さな音を聞く
ここが
私達
二人の居場所
それは住所の話ではなく
二人のぬくもりの
帰る場所
夜更け
二人
寝室に入る前
りゅう君は
リビングの
小さな
スピーカーを手に取り
窓辺の棚に置いた。
「今日、少しだけ……
音
流してもいい?」
私はうなずき
音は
私の頭の中の
雑踏を鎮めてくれる
隆也の選ぶ音は
学生時代によく
二人で聴いた
いつもの……
部屋にジャズが
小さく満ち
サックスが夜の空気を
やわらかくほどき
ベースが床の下に静かな
川を作る
りゅう君は
白ワインを二つのグラスに注ぎ
私の手にそっと
グラスの縁に
触れる冷たさと
白ワインの淡い香りが
私の緊張を和らげ
「乾杯……する?」
「うん
……派手じゃなくていい」
「そうだね
静かな乾杯が
あや様らしい」
私達は
軽くグラスを合わせ
澄んだ音が一回
祝福というより
合図
今日という日を
生活の側へ移す合図
ジャズが鳴る中で
未来の話が
自然にほどけ
私はいつもの癖で
最初は
「段取り」
を考える
名字のこと
手続きのこと
必要な準備
けれどりゅう君は
そっと音の方へ
連れていく
「未来って
計画も大事だけど
……想像も大事ね」
私はグラスを見つめ
ワインの揺れが
私の心の揺れに似ている
「想像
……私は
得意じゃないはずなのに……」
「今夜は
勝手に育ってもいい!」
その言い方が
私を甘やかすのではなく
私を信じる
言い方なのが分かる
私は微笑みながら
「じゃあ
……想像する
二人の未来」
「どんな未来?」
「……例えば
朝
私が髪を結んで
りゅう君がコーヒー淹れて
……それだけで
すごくいい」
「いいね
私
いつもおいしいコーヒー
あや様のために淹るからね」
二人にっこり!
ジャズの間奏に
言葉を休ませ
音が言葉の代わりに
二人の間の空気を整えていく
けれど
その夜の
私の胸の中心にあったのは
別のテーマ
婚姻届の
「硬さ」
制度と二人で記入した書式
受理と二人の名が並ぶ戸籍
私の中の固定観念を
ほんの少し動かした
固定されるのではなく
連動し始める
夫婦とは
そういうものかもしれない
ほどよくグラスを置き
私達は寝室へ移り
音量を落としたジャズが
まだ遠くで
心地良く奏で
ベッドメイキングの中で
私の理性はほどけていく
そして
横になる直前に
私はふいに口にした
「ねえ
りゅう君
……寝相って
どうなってたっけ?
私達」
自分でも意外だった
夫婦の夜に
寝相の話
ロマンチックではない
でも
私にとっては重大だった
眠りの中の配置は
言葉より正直に
関係性を暴かれてた
気がしたから
隆也は
少し考えてから微笑み
「寝相も
……毎日更新だね
いつも違うから」
その一言で
私の胸の奥の硬さが
少し崩れ
「更新……」
「近づいてたり
離れてたり
疲れた日は
反対向いてたり
……でも
朝になったら
また同じところ
私の腕の中に
戻ってくれてたらいい」
戻ってくれてたらいい……
その優しい条件反射が
私をほっ!させてくれる
今夜
いつもの通り自然体で
正しい配置でなくて
私とりゅう君
二人戻れる
そして
灯りをおとし
二人の寝息は
暗闇の中で
少しづつ呼吸し始めた
隆也は少しずつ深く
でも私は
まだ眠れず
天井を見つめ
私は実は怖かった
私は
「眠りの中での私」
をりゅう君に
見せるのが怖く
起きている間の私は
言葉で整えられ
笑顔で角度を調整できる
でも寝相は違う
寝返りは
無意識のままに
返事をしてしまう
私は
りゅう君が遠くに
行ってしまったら
どうしようと
夜の中で考えてしまうタイプ……
けれど
りゅう君は
遠くに行かない
それどころか
私が
その怖さを
抱えていること
そのままごと
見ててくれている
夜中
私は一度だけ
目を覚まし
体のどこかに
温かさがあり
りゅう君の手が
私の手の甲に触れ
握っているわけでもなく
ただ触れていて
そこに
「ここにいる」
と教えてくれる
私は
胸がいっぱいになり
そっと
りゅう君の小指を
私のと絡めた
言葉の代わりの署名
私は
そのまままた眠りに……
朝
目を開ける前に
私は私自身の体の
位置を確かめ
よかった!近い
思っていたより
ずっと近い!
肩が触れ
足元が
少し重なって
私の手は
りゅう君の
腕の上に乗って
私は
小さくうふふふ!
二人の寝相地図は
私の不安より
本当は
私の願いに似ていた
「……あや様
起きてる?」
隆也が囁く
私は目を開けて頷き
「おはよう
りゅう君
……ねえ
今日の私の寝相……
近かった?」
「あや様
おはよう
近かったよ」
「恥ずかしい……」
「あや様の
恥ずかしい
かわいい」
「やめて……」
私は顔を隠し
けれど
その瞬間
私は理解した
恥ずかしい!
という感情は
私が
りゅう君とともにいる
場所にいる
時にだけ出る
私は
素敵な
場所にいる
それは
完璧に整った
場所ではなく
失敗しても戻れる場所
私は
昨夜の寝相の地図を
言葉にしてみた。
最初
私は少し離れていて
足先も
気を使いながら
外側に向けいていた
けれど知らぬ間の夜中
どこかのタイミングで
私は隆也の方へ寄り添っていた
肩を近づけ
足を重ね
手を触れ合っていた
私は言う
「ねえ
……寝相って
関係性だね」
「言葉より正直かも」
「私
言葉にすると……
正確でいようとする」
「あや様……」
「でも寝相は……正確じゃなくて
いいんだね」
りゅう君は
私の髪を撫で
いつもの温度で言う
「気にしなくて大丈夫!
あや様が安心できたら
それが正解で
私はそれで安心」
安心
その言葉が
私の胸の
中心に落ちて
静かに広がった
二人起床し
リビングにはまだ
昨夜のジャズの
余韻が残っている
気がした
昨夜の
白ワインボトルと
洗いたてワイングラスが
ダイニングテーブルの中で
静かに光っていた
未来の話は
まだまだ続き
けれど
私は
確かに実感した
夫婦とは
答えを一度決めて
終わる関係ではなく
日々
一歩一歩
寝返りのたび
呼吸のたび
手が触れるたび
更新される関係
りゅう君が
背中から
私を抱きしめる
「今日も更新
する?」
私は笑って頷き
「うん
……毎日更新
する!」
私、魚住綾音と隆也
二人の寝相地図の中心は
今日もあなたの隣
そして私は
その地図を怖がりながらも
愛せるようになっていく…
私とりゅう
夫婦は
夜ごとに少しずつ
正しい場所へ
寄っていく
寝相地図を
読み終えた朝
私は一つの
確信を抱いた
私達の関係は
言葉だけで
できているのではなく
眠りの配置があるように
日々の暮らしには
「音の配置」
もある
お鍋のふたが鳴る音
私の包丁が
まな板を叩く音
お料理の湯気が
立ち上がる音は
聞こえないのに
私は確かにそれを
「感じる」
二人の食器とお箸が
触れる小さな音
グラスがテーブルに
置かれる音
私とりゅう君の
一緒にはもる歌
私の
「うん」
という返事
それらは
楽譜に書かれない
けれど
私達の一日を
確かに編む
私は
仕事で文章を
扱うからこそ
音を
「情報」
として処理してしまい
急いでいる時
疲れている時
音はただの雑音に
けれど隆也は
音を
「暮らしの心拍」
として聞く
白ワインを片手に
ジャズを聴きながら未
来の話をした昨夜
私は気づいた
音は
私の怖さをほどく
会話が行き詰まっても
ジャズの間奏が
二人の間に
柔らかなゆとりを作り
そのゆとりが
「次の言葉」
を連れてくる
食卓も
きっと同じだ
沈黙が怖い日でも
二人の日常のさりげない
過ぎ行く流れが
私達を
同じ時間へ引き戻す
私達夫婦の生活は
派手な旋律はなく
けれど
毎日更新の
小さなリズムがある
そこに
耳を澄ませられる
ようになった時
私は
「夫婦になった実感」
をもっと
深く受けとめる取れる
次回
✨️第046季 食卓の音楽✨️
朝の支度の音
夜の片付けの音
りゅう君のジャズの選曲
私の小さなつぶやき
それらが
どんなふうに
一つの曲に
なっていくのでしょう
きっと
りゅう君は
微笑みながら
「わぉ!
あや様のごはん
今日もいい音してる!」
私は照れながら
でも
少し誇らしく答える
「うん
……私達
二人の暮らしの
Symphony!」




