✨️第041季 木造の家の息づかい✨️
家が
「完成」
に近づくほど
私は不思議と
完成という
言葉が
似合わなくなるのを感じる
蒲郡市栄町で
両親のいる実家の近く
私が子どもの頃から
見慣れた空の色
三河湾の潮の香り
夕方の海風の温度
それらの中に
私、大隅綾音と魚住隆也の
“これから”
が歩み始める
四百坪という広さは
数字としては
堂々としているのに
むしろ静けさの
器のよう
住友林業のMy Forest BF
木の家は
木材でできているのではなく
木の呼吸の時間でできている
現場の大工さん
その言葉が
ずっと胸の底に
残っている
木は人より
長く呼吸する
だからこそ
人の短い焦りを
受け止めてくれる
私は地方公務員として
Natural Science Museum . GAMAGŌRIという場所で
時間の層と向き合う
りゅう君
は教壇に立ち
若い時間の芽を見つめ
私とりゅう君は
仕事の中で
それぞれ異なる
「時間」
を扱うけれど
この家は
その二つを
一つの温度に調律し
木は香りで暖かく迎えてくれる
まだ誰の生活にも
染まっていない
新しい木の香り
そこに
これからの
私とりゅう君の
朝が入り
夕方が沈み
夜の帷が降り
過ぎ行く時間が
横たわり
いつしか
“我が家の香り”
へ変わっていくことでしょう……
完成間近
そう言いながら
私は思う
家は完成し
私とりゅう君が
住み始め
その日から毎日
少しずつ
「生まれ続け刻む」
二人の
「おかえり」
が壁に吸われ、
「ただいま」
が床に風とともに流れ
微笑みが梁に残る
そんな木造の家の
息づかいは
私とりゅう君の
呼吸の写し絵になり
だから私は
今この瞬間から
家に優しく
話しかけたくなる
どうぞ
よろしく
私達の
“これから”
木は
声を持たない代わりに
香りで返事をする
床は
足音を数え
梁は
微笑みを覚える
釘が止めるのは
板ではなく
二人の季節の散らばり
窓が切り取るのは
景色ではなく
帰る理由
帰る場所は
胸の奥で
鳴っている
私、大隅綾音と魚住隆也
二人の棲家
新築現場に到着
まず私は
深く息を吸う
木の香りが
胸の奥まで届き
人工的な
香りではなく
少し甘くて
少し乾いていて
どこか
お日様の気配が
木々は
山の記憶を
持ったまま
家になるのかな?
りゅう君と一緒に
玄関の
位置を確認
まだ扉はなく
風は自由に
出入りする
家がまだ
“閉じていない”
ということが
私は好き
閉じる前の家は
未来のために息を
大きく
吸っているように
見える
「あや様
ここ玄関?」
「うん
ここから一日の始まりかな?」
「行ってきます!おかえりなさい!だね」
りゅう君の
変わらず
言い方はいつも
片方だけを言わず
DEPとARR
挑戦と休息
正しさと優しさ
二つを並べて
片方を
置き去りにしない
私はそれが
これから
結婚するにあたっての
どちらか一方の意見に
寄りかかって成立する
関係ではなく
互いの言葉を
隣に置いて
尊重しながら
成立する関係
床の一枚板の上を歩く
少しだけ軋む
でも重厚
まだ家具も
カーテンも
生活の重さも
乗っていない
「この音好き!」
「はい!家が返事してるみたい!」
返事
木の家は
確かに
返事をしてくれる
無言で静粛
ではなく
微かな音で
「そこにいる」
と教えてくれる
私はその繊細さに
どこか人間らしさを
感じてしまう
二人で図面を広げ
図面は紙の上で表現
ても今ここに
完璧な線と寸法で
世界を
作ってくれている
線は空気に溶け
香りと光と風の
形に変わる
「ここがリビングで
ここが……」
私は頷きながら
ふいに思う
私とりゅう君は
この
“線”
の中でどれほどの
言葉を交わすのだろう
朝の忙しさの中の
「ごめんね」
夜の眠気の中の
「ありがとう」
些細な誤解の中の
「違うの」
そして仲直りの
「おいでん」
線が幾つもの部屋に
部屋が習慣になり
習慣が人生になる
窓の位置に立ち
外の景色がまだ大きい
蒲郡の空
遠くの山の輪郭
三河湾から来る風
「あや様の
実家が近いって
心強いね」
隆也が言う
「うん
……私子どもみたいかな?」
「頼れる場所があるのは
あや様にとって御両親にとって
強さになると思う」
りゅう君の言葉は
いつも
“許可”をくれる
頑張りすぎなくていい
背伸びしなくていい
私は受け取るたび
なぜか私自身が
少しづつ大人になれる
現場の方が来て
進捗を説明してくださる
柱、梁、断熱、しっくい etc
専門用語が並ぶ
私は仕事柄
科学の言葉には
強いはずなのに
家の言葉は
また別の文法を
持っている
けれどりゅう君は
分からない所を
分からない
ままにせず
「ここ耐震の部分ですよね?」
「この構造だと
揺れが
こう分散されるんですか?」
質問の仕方が丁寧で
相手の方の専門を尊重して
理解しようとする
私はその姿を横で見て
胸が温かくなる
りゅう君となら
分からないことを
恥じなくていい
知らないことを
知らないと言える関係
それは
これからの二人に
欠かせない
暮らしの土台
私は
柱に手を当てる
木の表面は
選び抜かれ磨かれ
洗練され美しい
でも未来を許してくれている気が
いくつもの
傷がつく日が来る
家具をぶつけたり
子どもが走ったり
背比べ
私が急いで
角を曲がって
肘をぶつけたり
私とりゅう君とこれからの未来の
軌跡の証拠
私は
そう思えるように
りゅう君と一緒にいると
完璧でいよう
とする癖がほどける
ほどけてもいい
いつでもどこでも
直せるから
一緒に直すから
「あや様……」
りゅう君が呼ぶ
振り向くと
少し照れた顔で
立っていた
「ここ
キッチン
……君が一番立つ場所かも」
「うん」
「だから
こだわりのスペースかな
ここの窓はいっぱい朝の光が入る」
私は
思わず想像する朝
目覚めの二人
窓から入る光
一日のスタート
「りゅう君
朝弱かったっけ?」
私が微笑み
りゅう君は
軽く肩をすくめ
「必ず起きる
……あや様がいるなら」
その言い方が
あまりに自然で
私は息を止めそうに
“いるなら”
条件ではない前提
りゅう君の
未来には
私が最初から
置かれて
その事実が
優しくて
怖いほど嬉しい
玄関からリビングへ
リビングから2階へ
上へ行くと
2階の空気が
少し違う
音が高くなる
「私とりゅう君の寝室?」
「うん……たぶん……」
“たぶん”
が心地よく
確定していないのに
確かなもの
これからの暮らしは
いつだって
“たぶん”
の連続でできているかな
今日の夕飯は何にする?
たぶんこれ!
明日は早い?
たぶん起きれる!
大丈夫?
……たぶん……
その
“たぶん”
が二人で支え合う
私とりゅう君は
窓辺に立ち
夕方の光が
柱の影を長く伸ばし
影が床に線を引く
「影がきれい」
私が言うと
隆也は小さく頷いて
私の手を握り
「家が完成したら……」
「うん」
「ここで……何回も言うと思う」
「何を?」
私は
分かっているのに
聞く
聞くことで
未来の形を
確かめたい
りゅう君は
私の手を
少し強く握り
「結婚しよう!って」
私は微笑み
おかしくて泣きそうに
「もう結婚するよ!」
「うん
でも……」
りゅう君は
照れたまま続け
「言葉って
繰り返していいと思う
毎朝の二人の日課みたいに」
私は頷く
この家も
きっとそう
完成して
終わりではなく
毎日更新され
二人が選んだ
家具が置かれ
カーテンが揺れ
生活感の香りが漂い
声が壁に馴染んでいく
息づかいは
暮らしが教えてくれる
帰り際
私はもう一度
柱に手を当て
「よろしくね!」
小さくつぶやく
りゅう君も
一緒に
「よろしくお願いします」
「家も
これからの
ともに暮らす家族だものね」
すごく優しい声で
「本当!家族だね」
その瞬間
私は確信する
私とりゅう君の
この家は
木でできていて
そして
私たちの
これからの
“繰り返し”
でできていく
「おはよう」
「いってきます」
「ただいま」
「おかえり」
「おやすみ」
その全部が
この木の中へ
静かに染み込み
やがて
私とりゅう君と未来への
家の息づかいになる……
完成間近の
現場に立ち
私は
“家を建てる”
という言葉の重みを
ようやく身体で理解する
家は
ただの箱ではなく
思い出を保存する
容器でもなく
生き物に近く
呼吸し
音を聞き返し
香りを抱き
季節に反応してくれる
立地は
蒲郡市栄町
実家の近くという土地
私にとって
「戻れる場所」
が二重にある意味
けれどそれ以上に
私とりゅう君が戻る
“新しい場所”
今日
柱に触れた指先は
あの日の指輪の感触を
思い出し
ほんの僅かな誤差を
整えること
違和感に気づくこと
直すことを怖れないこと
相手を責めないこと
より良い形を
一緒に探すこと
家づくりと結婚は
驚くほど似ている
次回
✨️第042季 結婚という名のFORMULA✨️
私とりゅう君
結婚という式に向かう
とともに
日々の扉を
くぐっていく
名字のこと
各種の手続きのこと
招待状や衣装合わせ等々
の決め事
具体的な現実が
優しくも容赦なく
けれど入口に立つ時
人は試されるのではなく
確かめられる
二人の歩幅が
同じ方向へ向いているかを
家が私達の息づかいを
覚えはじめたように
結婚は
私達の未知の世界の
“名前”
を覚えはじめる。
その入口で
りゅう君は
きっとまた言う
普段の声量で
逃げない声で
「結婚しよう!」
私は同じ二音で返す
「はい」
その先へ
未だ見ぬ
次の季を連れていくために……




