✨第037季 春眠のまどろみ✨
春は
世界の角を丸くする
冬の間
私は心を守るために
言葉を選び
距離を測り
沈黙に名前を
つけていた
曖昧は危険で
無防備は未熟で
眠りは
世界から目を逸らすこと
だとそう思い込んでいた
目を閉じる間に
何かが
失われる気がして
私は眠りをいつも
「最後の逃げ道」
にしていた
でも
隆也の隣では
その前提が
ゆっくりほどけ
隆也
あなたは私を急がせない
無理に起こさない
確かめるような視線で
不安の輪郭を濃くしない
私が黙る時も
私が言葉を探す隣りも
同じ速度で
呼吸を合わせる
それは
私にとって
「Authorization」
今は
守らなくてもいい
整えなくてもいい
説明しなくても
ここにいていい
春眠は
怠けではなく
逃避ではなく
信頼の姿勢
無防備をさらすことは
負けではない
私は
隆也の肩に額を預け
目を閉じ
今までの私の
世界から逃げる
ためではなく
新しく世界を
隆也
あなたと一緒に
歩むために……
春の眠りは
二人の関係が
「壊れない」
と確かめるための
静かなセレモニー
春眠の譜
まぶたを閉じると
世界は遠のくのではなく
隆也
あなたに近づく
言葉の前の沈黙が
呼吸の器になり
雨の名残が
光の縁を柔らげ
眠りは
逃げ道ではなく
居場所の確認
起こさない手
急がせない声
その優しさが
私を
隆也と
「ふたり」
にする
春は
目覚めの季節じゃなく
Authorization
の季
春の午後
少し白い光を含くみ
雨上がりの
空気がまだ
湿っていて
ガラスの外側に
残った雫が
細い線を
引きながら
落ちていく
私はその線を眺め
心の中で勝手に
「境界」
と呼ぶ癖を
今日からはやめ
私はもう怯えていない
早朝の
私の自室の机の上には
青いノート
ページを開けば
今まで書き記した
言葉が並ぶ
並べたのは私
それらは
私の防御だった
けれど今日からは
その防御を少しづつ
外していく
隆也が
隣で論文の執筆している
原稿のページを
進める音が
規則正しく
静かに
紙は柔らかいのに
音は意外と芯がある
私の胸の奥に
その芯がすっと通っていく
「綾音
大丈夫?」
隆也の声は
同じ空間の空気を共有する
自然な問いかけ
私は小さく頷き
言葉にすると
私はいつもなら慎重になる
でも
今日は自然に
「うん
……でも
隆也が隣にいるから大丈夫!」
隆也は
少しだけ口元をゆるめ
「春だものね」
それだけ
理由を並べない
分析もしない
私の中の言葉が
勝手に走り出す前に
季節という一語で
抱きとめてくれた
私は
隆也の
その抱きとめ方が
好き!
だと思った
隆也は
私の思考を止めないように
そして
私の思考が
二人で共有できる
場所を作ってくれる
私は
椅子の背に
深く体重を預け
肩の力を抜き
私の春眠は
疲労ではなく
隆也への
安心という
許しに似ている
まぶたが重くなるのは
意識が負けるからではなく
意識が
もう戦わなくていいと
知ったから
青いノートに手を置き
私はその手触りを
何気に確かめるように撫でて
それから
青いノートをそっと閉じた
閉じる音が
思ったより静かに響き
「とん」
小さな音なのに
確かな区切り
このまででいい
今日はこのままででいい
私は
自身に
言い聞かせるより先に
音で納得していた
隆也の肩は
私のすぐ近くに
私は迷った。
この距離を
今
越えたい
でも迷いは
躊躇ではなく
丁寧さの端っこ
だと隆也が
言ってくれた
言葉を思い出す
私はその丁寧さを
今日も胸に持っている
だからこそ
私は静かに
身体を少し
隆也へ委ねる
私の額が
隆也の肩に触れ
隆也の服装からの
隆也の温度が
じわりと伝わる
隆也は驚かない
肩の角度を
ほんのわずか変えて
私の額が
落ち着く場所を作ってくれて
その動きが
どれほどの配慮を
含んでいるかを
私は知っている
大げさにしない配慮
愛情を主張しない愛情
言葉の外側で
静かに
私を守る手つき
目を閉じる
完全な眠りではない
まどろみ
夢の入口に立つだけ
けれど
その入口に立つことが
私には以前は
とても難しかった
眠ってしまったら
隆也を見れない
眠ってしまったら
隆也と歩調が遅れる
眠ってしまったら
チャンスを逃し
取り返しがつかないかも
私はいつも
そういう計算をして
計算は正確だったけれど
正確さは時に
私を孤独にし
世界を失わない代わりに
誰かの手を得ることを
諦めていたのかもしれない
隆也の呼吸が
一定の間隔で続く
吸う
吐く
吸う
吐く
当たり前の
そのリズムは
私の不安を説得せず
ただ
不安が座ってくれる
場所を用意してくれる
不安は消えない
けれど
無理に消さなくてもいい
ここに置いておける
逃げ道がない
という事実は
以前の私にとって
恐怖
でも
逃げなくていい相手
隆也がいる
一遇は
恐怖の意味を変え
逃げ道がないのではない
逃げる必要がないのだ
と
私は
その一遇を
えへ!
眠りで確かめて
みたかった
言葉ではなく
理屈ではなく
目を閉じるという
最も無防備な状態で
「綾音!」
今日も隆也が
私の名前を呼び掛けてくれる
意識せず自然体で
声は低く
柔らかい
私は返事をしない
返事をしなくてもいいよ
と隆也が知っているから
私はただ
ほんの少しだけ口元を緩め
微笑み
というより
私の心の
安心が形を持っただけ
私と隆也の
原稿の執筆しなから擦れる音が
静寂の中に続く
参考文献のめくる音
資料を探す音
直向きに書き進むペンの音
無音ではない
静けさは
音が小さくなることで成立する
私は
その小さな音の海に
沈むように身を預け
まぶたの裏に
淡い光が滲む
私は思う
私にって
春眠は
世界から離れる
ことではなく
世界の
「角」
を取りに行く
ことなのかも
尖った情報
尖った判断
尖った恐れ
それらが
丸くなる場所が
私にっての
まどろみ
そして
その丸さの中心に
隆也の呼吸がある
私の頭の中で、
青いノートのページが
勝手にめくれる
書きかけの言葉
書き直した跡
消しきれないペン跡
そこに並ぶのは
私が慎重に積み重ねてきた
「私の世界」
でも
隆也と並ぶことで
その世界は
閉じた箱ではなくなる
私はようやく気づく
私の文章は
いつの間にか
「隆也いつか読んでもらえる」
前提で呼吸し
隆也の存在が
私の言葉の背骨になっている
私は
少しだけ体を動かし
隆也の腕に指先で触れ
触れたのは一瞬
確認だけ
隆也は
その触れ方に合わせ
手を握り返さない
引き寄せない
ただ
逃げない
逃げないことが
何よりの返事になる
隆也の隣りで
眠ってしまっても
私はここにいる
起きていなくても
私は関係の中にいる
その確信が
私の胸の奥に
ゆっくり積もる
春眠は
甘さではなく
甘さだけなら
崩れてしまう
春眠は
私と隆也
秩序の中の安寧
壊れないと
知っているから緩め
緩めるためには
支えが要る
私は今
その支えを
隆也の隣で
手に入れている
どれくらいの
時間が過ぎたのか
分からない。
けれど
まどろみから
目覚める時
私は驚くほど軽く
目を開けると
隆也がこちらを見つめ
見つめていたというより
暖かい視線
私の様子をさりげない視線
焦らせない視線
私は
少しだけ照れて
でも照れさを
隠さなかった
「綾音……寝ちゃった?」
「少し
春の分だけ……」
隆也はそう言っ
微笑んだ
私は
その言い方が好き
眠りを失敗に
怠惰にせず
季節の一部として扱う
私は思わず言葉が
「ねえ隆也
私
多分
隆也……あなたの隣だと
眠るのが怖くないの」
隆也は
すぐに答えない
その沈黙は
私を置き去りにしない沈黙だ
と私はもう知っている
やがて隆也は
小さく頷き
「そう
怖くない眠りは
綾音と私の
信頼の形!
ありがとう!綾音!」
信頼
その言葉は重いはずなのに
今日は軽やかに
私の胸に落ちた
重さではなく
密度として
私は
青いノートをもう一度開き
何かを書こうとして
やめ
書くより先に
胸の内に置いておきたい
感覚がある
私は
隆也の肩に
もう一度だけ
額を預け
眠るため
ではなく
ここに戻るために
隆也の呼吸が
私の呼吸と重なり
二人の心に伝わり
音にならない音が
確かにそこにあって
私と隆也を
「二人一緒」
にする
春は
まだ続く
そして
私のまどろみは
きっと
次の季
へ繋がっていき
私は
少しずつ本当の
「好き」
呼吸を覚えていき
言葉が
生まれるより先に
呼吸が
答えを知っている気がした……
✨️第037季 春眠のまどろみ✨️
は静かな日々の続きの季
けれど
静かな日々の続き
だからこそが
私と隆也
二人の関係にとって
大切な証明
何も起きなくても
壊れない
沈黙が続いても
置き去りにしない
目を閉じても
失われない
それは
恋
とは別の場所で育つ
大切な道の
絆の芽
私、綾音にとって
「眠り」
は長い間の
私の逃げ道
逃げ道は
いつも一人でしか
通れない
けれど
隆也の隣での春眠は
逃げ道ではなく
「帰り道」
になり
戻る場所があるから
目を閉じられる
起きた時に
私と隆也
同じ景色があるからこそ
安心して委ねる
次季は
まどろみの余韻を抱いたまま
視線が動き出し
眠りの静けさの中で
整った輪郭は
今度は
「目線」
という交差点
見つめることは
時に眠るより勇気が……
隆也の目は
逃げ道を塞ぐ
のではなく
本音を照らして
くれるから
次季
✨️第038季 目線の交差点✨️
私、綾音は
隆也の視線の中で
言葉より先に
心が揺れる瞬間を知り
そして
その揺れを
「逃げ道」
にしないため
私と隆也は
二人だけの
新しい合図を探し始める……




