✨️第034季 名を呼ぶ練習✨️
名前は
ただの
記号ではない
呼び掛ける度に
互いの輪郭を
二人の世界へ
固定する
小さな合言葉
けれど私は
その合言葉を
上手に
唱える事が
出来ない日がある
「魚住隆也」
文字の並びは
私の中で
何度も反復され
何度も保存されてきた
はずなのに
いざ
声
にしようとすると
胸の奥で
急ブレーキがかかり
音がためらう
呼べば呼ぶほど
隆也の存在が
近づいて
しまう気がして
近づくほどに
私の心の
準備が追いつかない
それは
恋の未熟さ
というより
私の
誠実さの
形なのかもしれない
大切な方の
名を呼ぶ
という行為は
宣言に近い
私はあなたを
ここに
私はあなたの元へ
向かう
私はあなたと
同じ時間を
ともに生きる
そういう宣言に
✨️第033季✨️
で鉄路の風に
頬を撫でられた後
私は
「心に合う速度」
を選び直した
急がず
深く息をすること
次に
呼吸の先にある音
互いの名前
私と隆也のレッスン
歩調を合わせ
私の声が
隆也の声が
私の速度で
追いつくまで
だからこそ私は
逃げないで
練習したい!
と思った
恥ずかしさに
隠れてしまう
のではなく
恥ずかしさを
抱えたまま
ありのままの
自然体で
言葉を外へ出し
名を呼ぶ
練習はきっと
私、大隅綾音と魚住隆也の
絆
を更新する
練習でもある
私と隆也の
これからの
「当たり前」
未来のための
レッスン……
大切な方の
名前を呼び掛ける
短いのに
胸の奥を長く揺らす
紙の上なら
何度でも書ける
けれど声にすると
世界が少し変わる
隆也
あなたの名は
私の呼吸の先
にある
ためらい……
呼び掛ける事は
互いに近づく事
互いに近づく事は
ともに歩む事
私は
心穏やかな
自然体を
今日も目指す
でも
細い声で
「大好きな大隅綾音様!」
「私の大切な魚住隆也!」
その呼び掛けが
未だ見ぬ
未来へ変える
そして私を
一人から
二人へ変える
午前の
図書館は
光が
柔らかい
窓から
落ちる
日差しが
机の木目
を撫で
ページの白を
淡く温める
私はそこに
いつもの席を
見つけた壁際
窓に近い一列
視線が
外へ
逃げられる場所
逃げられる
そう
私はいつも
必要なときに
逃げ道を
確保してから座る
研究も
会話も
心も
逃げ道があると
ようやく
前に進める
「ここ
空いてる?」
声がして
顔を上げると
隆也が
立っていた
手には
分厚い文献と資料
背中には
いつものリュック
「うん!
どうぞ!」
私は少しだけ
椅子を引き
隆也は私の隣に座り
机の上に
文献
資料を置いた
静かに
そっと
周りへの
配慮というより
隆也自身が
静かな
方だから
私と隆也は
しばらく
黙々と
言葉を
交わさず
執筆に専念
沈黙が
苦にならない
相手は少ない
隆也は
その希少な
静けさを
自然に
持っている
けれど今日は
私は
別の理由で
静かだった
名前
呼びたいのに
呼べない
昨日の駅で
私は
「怖い」
と言えた……
あの一言を
言えたなら
今日はきっと
もっと
簡単なはずなのに
なぜか……
意識過剰?
名を
呼ぶほうが
怖い?
私は不思議……
怖い
と言うことは
弱さを見せること……
名を
呼ぶことは
私の
何を見せるのか
それは
私の
「選択肢」
隆也
あなたを
必要としている
という選択!
隆也
あなたの存在を
私の中で
確かなものに
する選択!
言葉に
することで
逃げ道が
狭くなる
だから
怖い……
隆也の
原稿への
ペンの音が
規則的に続く
私は執筆中の
ふりをして
ペン先を揺らした
「綾音!」
隆也が
私に
呼び掛ける
その
呼び方は
私の胸をほどく
隆也が
私の
名前を
呼んでくれると
隆也の
隣に
ここに
いていい!
と思へ
「うん!」
私は
返事をして
微笑む
「この式
綾音の
ノートに似てる」
隆也が
指さした
ページには
短い記号と矢印が
並んでいた
「似てる?」
「うん
綾音は
いつも言葉を
数式みたいに扱う
最小の記号で
最大の意味を運ぶ」
私は
頬が熱くなり
ありがとう!
隆也!
でも
それ以上に
熱くなったのは
そのあと
隆也が
私の名前を
呼び掛けて
くれた後
私は
今日はやけに
意識してしまい
その
「対称」
ができない
いつもなら
自然に返すのに……
私は声を
二音
転がし
りゅう、や……
たった二音
けれど
口に出すまでに
こんなにも
距離があるとは……
「……ねえ」
私が言うと
隆也は顔を上げた
「うん?」
「練習してもいい?」
私の声は
か細く
「何を?」
彼は
急かさない
問いを急がない
私は今一度
深呼吸……
深く
胸の底まで。
✨️第033季✨️
で覚えた呼吸を
ここで実行
「……名を呼ぶ練習
意識しないで……」
言った途端
恥ずかしさが
肩まで駆け上がる
隆也は
驚いたように
目を瞬かせ
それから
ゆっくり
うなずき
「うん
いいよ
何度でも付き合う!」
「……笑わない?」
「笑わない!」
「……逃げない?」
「逃げない!」
その返事が
私の
心の逃げ道を
塞ぐのではなく
むしろ
安全にしてくれた
逃げなくてもいい
場所を作ってくれる
私は
視線を落とし
机の木目が
波みたいに
揺れて見える
「……りゅ……」
最初の音が
喉でつまづく
私は
唇を噛み
もう一度
深呼吸!
「……隆也……!」
二音が
ようやく
外へ出た
声は震え
でも
震えているのに
胸の奥は
静かだった
言えた!
心の中で
ガッツポーズ!
世界が
変わった?
気がして……
隆也は
すぐに
返事を
しなかった
私には
それが怖かった
間違えた?
重かった?
変だった?
私の
不安が
顔を出しかけた時
隆也は
微笑みほんの少しだけ笑った。
「綾音……
今
すごく大切に
呼んでくれた!」
私は
言い訳を
探し
「練習だから……」
でも言い訳は
すぐに薄く
隆也は
声を低くして
私の耳元で
「練習は
綾音と私の
未来のための
誠実だと思う
ありがとう!
私も気を付ける」
誠実
私は
その言葉が好き
言葉の
飾りではなく
骨格みたいな単語
「綾音!」
隆也がもう一度
私の名前を呼ぶ
私は反射で
「うん……」
と返しかけて
やめ
今日は
返事も
練習にしたい
「……隆也?」
私は返した
呼ぶ
というより
返す
それだけで
対話が
対称になる
隆也の呼びかけが
一方通行じゃなくなる
その感覚が
胸を熱くする
「どう?」
隆也が訊く
「……怖い」
私は正直に言った。
「でも
嫌じゃない
嫌じゃない
むしろ
大歓迎!嬉しい」
嬉しいと
認めてくれる事が
また恥ずかしい
隆也は
ペンを取り
私の青いノートに
短い線を一本引いた
「綾音が
私の名前を呼ぶ時
息が一回深くなる」
「……わかる?」
「わかる!
綾音の“速度”が変わる!」
速度
その言葉
私の心に合う速度
私が隆也を
隆也が私を
名を呼ぶ速度
それは
急がず
急がなくていい
私の中で
心の中の準備が
育つまで待つ速度
私と隆也は
改めて
名前を
交互に呼んでみた
小さな声で
二人の
静けさを
壊さない様に
「綾音!」
「隆也!」
「大好きな大隅綾音様!」
「私の大切な魚住隆也!」
自然体で
呼び掛ける事で
意識過剰も薄れ
でもまだ
恥ずかしさは
消えない
でも
恥ずかしさの
質が変わった!
逃げたい
恥ずかしさから
守りたい
恥ずかしさへ
大切なものを
手に持つときの
落としたくない
震えに似ている
柔らかい季節
呼応して
私の声も
柔らかい
柔らかいままでもいいよね?
硬くならなくてもいいよね?
私は
隆也の名前を
自然体で呼べた!
隆也も
呼応して
自然体で呼んでくれた!
今日の私は
昨日より今日
前へ進んだと
そして
次の季へ
入っている気がした
大切な方の
名を呼ぶことは
互いの自身の
世界に置き
二人の
世界が重なる地点を
声で指し示めす
私は
隆也との
その点と点を結ぶ
線を描いた……
「名前」
は日常の
何気ない
生活の
中に紛れ
その重みを
忘れて
しまいがち
けれど
私は
声に
出すまでの
距離の
長さによって
大切な方の名前が
どれほど繊細な
“選択”
なのかを知り
呼び掛ける度に
相手を確かめ
呼び掛けられる度に
自身を確かめ
その往復が
互いの
絆
の呼吸になる
私と隆也のレッスン
急かさず
逃げずに
心穏やかに
自然体で
未だ見ぬ
未来のために
緊張で
震えた声も
恥ずかしさで
詰まった息も
明日への大切な道標
次季
✨️第035季 虹色の傘の下✨️
雨の日の道で
私と隆也は
二人で一本の傘……
傘の内側は
外の世界より狭く
二人の距離は
かなり近い
ゆえに
言葉の
温度も上がる
名前を呼ぶ
練習で得た
“座標”
が雨の音の中で
どう揺れるのか?
傘の下では
私、綾音は
自然体で
「隆也」
と呼ぶ
隆也は
私の名前
「綾音」
と呼ぶ
今度は
雨の音に
負けない
そして
雨がやんだあとも
私、大隅綾音と魚住隆也
二人の
残る余韻として……




