✨️第032季 ふたりの位置関係✨️
私、大隅綾音と魚住隆也の
間には
見えない
方眼紙が
敷かれている
歩幅は縦線
視線は横線
指先が
かすめる瞬きは
白紙の上に
落ちる
微小な点に
生まれた
ぬくもりは
その点と点を
細い糸で
結び始めた
距離は
単なる
長さではなく
意味が
流れるための
川幅であり
沈黙が呼吸できる
間であり
これからの
言葉が芽吹く準備
私は
ようやく
理解しつつある
並んで歩くことは
互いの向きを
半歩ずつ
融かし合うこと
寄り添っても
同化しないこと
離れても
見失わないこと
その両方を
同時に叶える
座標を探すように
私と隆也は
少しずつ
地図を
描き替えてゆく
“近づく”
とは
いつだって
勇気の単位で
測られる
けれど
勇気は
声高なもの
ではない
袖口を
ほんの指先で
つまむこと
名前を
一度だけ
確かに呼ぶこと
立ち止まらずに
横に並ぶこと
そうした
小さな決意の
連続こそが
方位磁針の針を
静かに
そろえてくれる
この季に
記すのは
私と隆也の
位置関係が
日々どう揺れ
どう補正され
どのように
“現在形”
へと収束していくのか
その慎ましく
私と隆也にとって
まだ序章の
だが序章ゆえに
最初の一線を
誤らないよう
私は掌の温度で
未来の方角を
何度でも確かめ直す
方眼紙の朝
自室の
カーテンの
端から
差し込む光が
机の上の
青いノートに
細い緯線を描く
私、大隅綾音は
その線に
指を滑らせ
昨夜
書きかけた式を
そっと
消しゴムで
薄める
距離 d は
言葉 w と
沈黙 s の
関数
d=f(w,s)
答えは
出ない
代わりに
私の身体は
熱を帯び
それは
冷めることなく
私の心は
見えない
座標を撫でる
互いの
スマートフォンには
「おはよう!隆也!」
「おはよう!綾音!」
いつもの
一日の始まり
私は
胸の中心に
置き直し
感謝と誓いを……
私と隆也の
世界は
今日も動き出す
海沿いの正対
三河湾の
海岸通り
季節の光は
まだ
“準備中”
潮風は
過ぎ行く季の
名残を
少し含む
私と隆也は
並んで
同じ向きに
身体を傾ける
コートの裾が
拍を取り
靴音が
四分で
重なる
「今日は
歩幅を
合わせられるかな?」
「うん
たぶん昨日より
半拍だけ近い!」
半拍
その僅かな差が
会話の
呼吸孔になる
詰めすぎないこと
離れすぎないこと
その両方を
守るため
私は
少しだけ
膝を緩め
隆也は
少しだけ
歩調を
落としてくる
調整の仕方が
愛
の発音みたいに
だんだん
巧くなる
影は路面で
長くなり
時々
重なりかけて
またほどける
重なるのは
目的地ではなく
ほどけることを
怖れないのが
今の
私と隆也
の強さだに!
と潮騒が
つぶやいて……
目線の交差点
並木の間で
足を止める
私は
木漏れ日の
円を一つ選び
そこに
立ち
隆也を待つ
すると
一歩だけ
先で振り向き
私のいる場所を
確認する
その確認の
動作が
地図の
凡例に似て
私の心を
安心で満たす
「綾音
来てみて!
ここ
風が柔らかい」
「ほんと!
言葉の棘が抜ける」
視線は
細い糸で
私と隆也を結び
樹影の上で
結節をつくる
そこに
仮の星が
生まれ
私と隆也の
眉間を淡く
照らす
瞬きを一回
星は消える
だが
軌跡だけが
残り
次の
交差点の
目印になる
触れない
会話
触れずに
届く
距離がある
その距離は
耳で測るのでも
目で測るのでも
なく
掌の裏側の
温度で測る
袖口の
布目が
風にそよいで
私の感性へ
触れる時
私は
“ここだ!”
と理解する
「綾音!」
隆也が
呼びかける
私は
顔を上げ
名前は
座標の
呼びかけで
見失われないように
地図の端に
立てるフラッグに
風が入るたび
心の方位磁針は
ぶれを止める
触れなければ
芽生えないものと
触れないから
守られるもの
二つが
紙一重なところで
私と隆也は歩く
境界線はやわらかく
絆は
足で確かめられ
確かな堅さをもつ
午後の光が
窓枠で
金色に折れる
私は
青いノートに
小さく
「今日の方位角:海—隆也—私」
と記す
単純な三点測量
だけど
精度は高い
なぜなら
真ん中の点が
いつも同じだから
「隆也
私の発表
緊張した?」
「少し
でも
綾音が
私の目を見ながら
頷くたび
文章が
呼吸をしている事
思い出した」
頷きは
言葉の助走路
視線の拍手
その静かな応援で
私は
言いたいことの
輪郭を
怖れずに
濃くして
ゆける
今日の帰路
黄昏が沈むころ
また明日への
一分ごとに
未来を更新し
私の心拍は
その都度
わずかに
速くなる
「またね!」
「すぐに!」
“すぐ”
に単位はない
けれど
握った手の圧が
時間を温度へ
変換してくれる
私の掌に
押された
見えない
隆也からの
スタンプは
簡単には
消えない
夕風は
約束の形になり
私の頬を撫でる
過ぎ行く
列車の
テールライトが
遠くで
一点に重なる
私は
その点を
胸へ移し替え
目を閉じる
“現在形は続行中”
そう
思えるだけで
心の暗夜は
半分になる
夜の手紙
自室に戻り
青いノートには
主題は
「隆也」
本文は短く
語尾を丸く
しかし
弱くしない
今日は
私の歩幅が
隆也、あなたの
沈黙に
並びました
明日は
あなたの
視線が
私の不安を
追い越す
ことでしょう
書いては消し
消しては書き
インクの
薄い輪郭が
重なって
やがて
心の等高線が
見えてくる
一番高い
場所には
まだ
名前がない
私は
そこを
私と隆也の
“現在地”
と仮に呼ぶ
窓の外で
おぼろ月が
私はそっと
窓を開け
空気を
ゆっくり吸い
胸の奥の
指揮棒が上がり
静かに下りる
それだけで
今日を
締め括れる
半歩の理
完全に
重なることを
私と隆也は
望まない
半歩の
差があるから
こそ
互いの視界に
“私”
が映り続け
互いに
交互に持つ
隆也が
前に出る日は
私は
隆也の影に入り
私が
前に出る日は
隆也が
私の不安を
背後で
受け止める
半歩の理
誤差と補正
誤解は
風のように
突然進
行方向を
変える
言葉の端が
ささくれ
表情の
斜面が崩れて
一瞬だけ
位置がずれる
私は深呼吸で
胸の方位針を
改めて安定させ
隆也は
静かな一言で
地図を更新する
「大丈夫!
同じ場所を見てる!」
同じ場所
未来の一点で
同じを
共有できるかぎり
誤差は
破局にならない
補正は
愛の
平常運転?
位置関係の定義(暫定)
私が
今
手帳に書く
定義はこう
✨️ふたりの位置関係とは
触れずに届く距離であり
話さずに伝わる角度であり
離れても失われない方角のこと✨️
明日になれば
ひょっとして
別の言い回しに
置き換わるかも
定義は
書き換えられる
ためにある
変わらないのは
羅針盤の中心
すなわち
隆也
あなたという
一人定数だけ
再会の夕景
翌日の海
光は
昨日より
一段やわらかい
私は
少し手前で
立ち止まり
隆也が
こちらへ
近づくのを
待つ
「風向きが変わったね!」
「うん
味方になった!」
私は
コートの袖口に
指を
一つ分だけかけ
静寂の中に
音もなく
合うように
私と隆也は
同じ速度を得る
半歩の差は
そのまま
けれど不安は
確かに
狭くなっている
夜更けの地図
一日の終わり
ベッド灯りで
私は
方眼紙に
小さな点を打つ
今日の現在地
線を伸ばすのは
明日でいい
私はペンを置き
指を
絡めるみたいに
胸のに
両手を添え
掌の
ぬくもりが
明日の
座標を
明るくする
目を閉じ
眠りは
柔らかく
夢で逢えたら
隆也と……
“ふたりの位置関係”
という
私は
距離の
物差しを捨て
方角の概念
歩幅
視線
袖口
名前
沈黙
それらはすべて
方角を指すための
矢印であり
誤差を
補正するための
目印であり
近づくことは
重なることと
同義ではなく
半歩の差が
残るから
互いの姿を
見失わずに
いられる
半歩を
許す勇気は
私の掌で生まれ
隆也の掌で育ち
また
私のもとへ
戻ってきてくれる
この季の
ページに
私は日付のない
地図を描き
等高線の代わりに
呼吸
凡例の代わりに
頷き
縮尺の代わりに
掌の温度
地図は完成しない
完成しないから
私と隆也は
明日も
並んで歩く
次の季で
風景は少し変わる
鉄路が運ぶ風
DEPとARRの
狭間に浮かぶ
二つの影
別離は
現在形の
延長線上だと
知るために
私と隆也は
“離れても残る方角”
をもう一度
確かめる
私の頬を撫でる風は
きっと
隆也のコートの
裾を同じ温度で
揺らす
✨️第033季 鉄路の風が頬を撫でる✨️
閉じる扉の向こうに
開く視界の境界を
私と隆也は
風に背を押されながら
同じ一点を
見続けるすべを学ぶ……




