✨️第024季 鼓動が教えてくれる✨️
聞こえないはずの
音たち
静かな夜ほど
とかく世界は
喧騒の界隈
部屋の時計の秒針
外を走る車の
タイヤが水たまりを
切る音
遠くの踏切の警報機
どれも昨日までと
同じはずなのに
今夜だけは
その全部の下に
もうひとつ
別のリズムが
流れている
気がする
胸の奥で
暑く高鳴る音
私だけの
「鼓動」
の形
南知多から戻って
放課後の渡り廊下で
隆也と交わした言葉
「前には戻らなくていいんじゃない?」
「放課後にちゃんと話せる二人でいたい!」
あの日の
会話は
もう何度読み返したか
分からないくらい
青いノートのページに
刻まれている
けれど本当の意味で
私を動かしているのは
書かれた文字ではなく
そのときの鼓動の速度
喜びと不安が
同じテンポで交錯する
「好き」
と言うには
まだなぜか
勇気が足りない
でも
「友だちのままでいよう」
と言い切るには
もう遅すぎる!
その間にある
細い境界線を
私の心拍は
行ったり来たりしながら
少しずつ
新しいリズムを
覚えようとしている
鼓動が教えてくれること
それは
言葉より先に
震える本心であり
沈黙の奥で
こっそり決意している
未来の形であり
隆也と共に
どう生きていくか?
を選び直す
小さな勇気の単位
この季は
そんな
「見えない心音」
をそっとページの上に
可視化する試み
季節の境目のような深夜
青いノートの前で
耳を澄ませながら
大隅綾音
としての私が
魚住隆也
との絆を
鼓動という名を
ペンでなぞっていく
心拍の譜面
ベッドの上に
青いノートを
広げると
紙の上に落ちる
私の影が
ほんの少しだけ
昨日より
濃くなっている
気がする
レポートの締切
ゼミの発表
進路説明会
カレンダーを
埋め尽くす
「やらなきゃいけないことリスト」
たちの中で
ただひとつ
どこにも書
き込まれていない
予定がある
それは
私の心拍が
「隆也」
という名前を
ちゃんと
受け入れる日
胸に手を当てると
規則正しいはずの
リズムが
隆也の名前を
思い浮かべるたび
ほんの少しだけ
拍を早めたり
わざと
遅らせたりする
ねえ
私の心よ
あなたはいったい
何をそんなに
確かめようとしているの?
放課後のベンチで
「同じお湯につかった仲」
として
隆也を
見つめ直した
あの日から
私の心臓は
ただ
生命を維持するための
装置ではなく
彼と私の距離を
測り続ける
小さな
メトロノームになった
講義中
教授の声が遠くなる
瞬間がある
隆也の横顔が
ふっと
差し込んでしまう
その時
胸の内側で鳴る
目に見えない
拍子木の音が
私に問いかける
今のあなたは
本当に
「ただの友人」
として
隆也を見ているの?
否定しようとすると
鼓動は速くなる
認めようとすると
今度は
心臓の奥が
じん
と痛む
そのたびに
私は
机の端をそっと握りしめ
「大丈夫?大丈夫!」
と
誰にも聞こえない声で
自分をなだめる
ある深夜
日付が変わる少し前
スマホが
小さく震えた
【綾音 起きてたらでいいんだけど……】
【綾音 今日のレポートお疲れさま!】
【綾音 無理しすぎてない?】
魚住隆也からの
短いメッセが
画面の中で
控えめに
光っている
自室の
明かりを落とし
ベッドに
もぐりこみながら
私はしばらくの間
返事を打てずにいた
画面よりも明るく
胸の内側が
じわりと
熱く発光していく
この光の正体を
私はもう
知っている気がする
でも
名前を付けるには
まだ少し
こわい
【ありがとう!
隆也こそ
ちゃんと眠れてる?】
慎重に選んだ言葉を
送信ボタンに載せた瞬間
心臓が
ひときわ
強く跳ねた
すぐに
返信が届く
【眠れないから
綾音のこと考えてた】
短い文なのに
ページ一杯に広がるほどの
意味を孕んでいて
私は思わず
スマホを伏せ
額を枕に押しつけた
もう
鼓動が
うるさい!
耳のすぐ下で
血流の音が
海鳴りみたいに響く
嬉しい
こわい
信じたい
逃げたい
矛盾する感情が
パズルのピースみたいに
胸の中でぶつかり合い
それでも
ひとつの絵を
描こうとしている
【隆也……それは
睡眠不足のせいだと思う……】
冗談めかして
返してみても
指先の震えまでは
ごまかせない……
しばらくして
【そうかも……
でも
たぶん
それだけじゃない……】
とゆっくり
綴られた返事が届く
画面をにらみながら
私の心拍数は
もう立派な
「運動負荷試験」
のレベルだ
これはもう
医学的に
⭐️恋⭐️
と言ってしまって
いいのではないでしょうか?
そんな
ふざけた観察メモを
脳内ノートの片隅に
書き付けながら
私は小さく息を吐き
スマホを閉じる代わりに
青いノートを開いた
「鼓動が教えてくれる」
ページの上に
今日の
タイトルを書き入れ
ペン先を
紙に置いた瞬間
胸の中のリズムが
少しだけ
落ち着いていくのを感じる
言葉にすることは
心拍の速度を
整える行為だ
見える形に
することでしか
自分の気持ちを
扱えない
未熟さを
私はまだ
少しだけ
恥ずかしく
思いながら
それでも
書かずには
いられない
次の日
大学の廊下で
隆也の
姿を見つけた時
私の心臓は
昨夜の会話を
ちゃんと
覚えていた
視線が合う
ふっと
彼の口元が緩む
その笑顔を
見るために
私は
この場所に
通っている……
のかもしれない
そんな考えが
一瞬頭をよぎり
慌てて首を振る
「おはよう!」
「おはよう!」
いつもの挨拶
いつもの距離
それなのに
その一言の裏側に
昨夜の
メッセの余韻が
薄い水彩のように
滲んでいる
「昨日さ
夜遅くにごめん!」
隆也が
少し照れたように微笑む
「ううん
嬉しかったよ
……ちょっと
ドキドキしたけど」
口から
こぼれた本音に
自分で驚き
言い終わった瞬間
心拍は
一気に加速する
隆也は
目を丸くして
それから
ゆっくりと頷いた
「僕も
同じくらい
ドキドキしてた」
その言葉が
私の胸に
もうひとつの脈拍を
増設してしまう
ひょっとして
隆也となら
かなり
心臓に無理させても
いいかもしれない……
冗談のようで
本気のような
そんな思いが
静かに
胸の内に
根を張っていく
帰り道
春と初夏の間の風が
駅までの坂道を
ゆっくりと登ってくる
夕焼け前の
淡い光のなか
私たちの影が
並んで伸びる
駅のホームに立ち
列車を待つ間
会話は
昨日までと変わらない
講義のこと
新しくできたカフェのこと
些細なニュース
でも
その全部に
鼓動の字幕が
小さくついて回る
……隣にいてほしい
同じ景色を見てほしい
これからも
できれば……
発車ベルが鳴る
ホームに響く
私への見送りの
隆也の振る手を
リズムとして
その上に
私の心拍と
隆也の心拍が
見えない
かさなりの
三重奏を作る
列車が
滑り込んでくる直前
ふいに
隆也が
私の方を向いた
「綾音!」
名前を呼ばれるだけで
心臓は
全力疾走を始める
「もし
これから
大変なことが
あっても
たとえば
進路のことで
悩んだりしても……」
言葉を探すように
隆也は一度
視線を足元に落とし
それから続ける
「今日みたいに
ちゃんと話せる
……そういう
『鼓動が落ち着く場所』
みたいなのを
綾音と
一緒に守っていけたら
いいなって思う……」
鼓動が落ち着く場所
その表現に
胸の奥で
なにかが
静かにほどけていく
「うん
私も
そうなりたい
……なれるといいな
じゃなくて
なるように
隆也と
一緒に頑張りたい!」
言いながら
私は気づく
さっきまで
暴れていた心臓が
隆也の言葉に
触れた途端
不思議と
ゆるやかなテンポに
戻っていることに……
鼓動が教えてくれる
きっと
今の私は
少なくとも
この瞬間だけは
正しい方向を
選べているのだと
電車が到着し
ドアが開く
乗り込む直前
私と隆也
ほんの一瞬だけ
目を合わせて
微笑み
それは
まだ
「好き!」
と言葉にしたいけれど
言葉にしない……
確かに
それに限りなく近い
心の拍動の
交換証明書
みたいだった
車窓に映る
自分の顔は
どこか
昨日までよりも
少しだけ
柔らかく見える
胸の内側で鳴る
熱く高鳴る
音が今日一日を
そっと
肯定してくれているから
もし迷ったら
ノートより先に
鼓動に訊ねてみよう!
そう心に決めて
私は
揺れる車内で
そっと目を閉じた
夜更けの心音図
こうして
「鼓動が教えてくれる」
は想像以上に大変!
だって
鼓動はいつも正直で
嘘をつくことを知らない
その変わり
説明責任を
果たしてくれない
嬉しいのか?
こわいのか?
期待しているのか?
逃げたいのか?
胸の奥で
リズムを
速めたり
遅くしたり
するだけで
その理由までは
教えてくれないから
私は今日もこうして
青いノートの上で
解釈作業に追われ……
それでも
隆也と
交わした言葉や
夜更けのメッセの光
駅のホームでの
ほんの短い会話を
思い出すたび
私の心拍は確かに
「安定する方向」
を選ぼうとしている
不安で
震えるときでさえ
その震えごと
抱きしめてくれる
誰かがいる
魚住隆也
その事実が
鼓動にとっての
一番の安心材料なのだと
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✨第025季「花曇りの午後」✨
光はあるのに
どこか輪郭が
ぼやける季節の変遷
私と隆也の心は
少しずつ
別々の速度で
揺れ始め
深夜の告白
すれ違う視線
返事を待つ時間
「鼓動がおしえてくれる」
勇気だけでは
乗り越えられない
現実の気圧配置が
静かに二人を試し始める
それでも
どんな雲に覆われても
行く先は決して
見失わない!
その願いを胸に
私はまた
新しいページをめくり
ペン先をそっと置き
まだ見ぬ
私・大隅綾音と魚住隆也の鼓動を
静かに耳を澄ませて……




