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⭐️色褪せることのない絆⭐️ ✨️EMPATHY 大隅綾音と魚住隆也✨️  作者: 詩野忍


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26/60

✨️第022季 同じ空を見上げて✨️

 挿絵(By みてみん)

 約束の朝だ!

 海へ向かう支度

 日曜日の朝

 目が覚めるより先に

 胸の鼓動だけが

 先に起き上がっている

 カーテンの隙間から差し込む光は

 いつもの春よりも

 すこしだけ

  「遠く」

 から来ているように

 感じられて

 今日は

 ただの休日ではなく

  「約束のかたち」

 をした一日なのだ

 寝ぼけた頭よりも早く

 身体が理解している?


 クローゼットの扉を開けて

 いつもの服たちを前に

 立ち尽くす

 大学へ行く日とも違う

 誰かと会うだけの日とも違う

 南知多温泉郷「源氏香」

 和紙のお手紙に書かれていた

 その文字を思い出すたび

 胸の奥で小さな波紋が広がり

 鏡の前で

 何度も髪を結び直し

  「特別な日」

 らしさをどこまで

 表に出していいのか?

 分からなくて

 少しだけ巻いた前髪も

 控えめに選んだピアスも

  「やりすぎかもしれない……」

 と

  「これくらいなら……」

 に揺れながら

 それでも最後には

 今日の私を

 そっと

 肯定してあげることに


 蒲郡駅へ向かう道で

 ふと空を見上げ

 薄く霞んだ春の青

 この同じ空の下で

 今ごろ隆也も

 きっとあれこれ悩みながら

 支度をしているのかな?

 と思うと

 足取りが自然と速くなり

 

 私と隆也

 名鉄の車両に乗り込み

 窓際の席に腰を下ろすと

 レールの振動が

 緊張と期待とを

 ゆっくりと

 かき混ぜてくて

 やがて街並みが

 後ろへと流れ

 遠くに海の気配が

 立ち上ってくる

 私はバッグの中にある

 隆也からの

 和紙のお手紙の

 重さを確かめながら

 今日一日をまだ見ぬ

  「詩」

 のように思い描き

 私と隆也

 ふたりで選ぶ浴衣

 ふぐの昼食

 そして

 同じ湯気の向こうで

 見上げる空

  「風待ちの枝」

 にとまった小さな鳥が

 そっと翼をひろげてみる

 その最初の一振り

 今日という日は

 きっと

 私と隆也

 そんな一日になるのだと

 私は信じながら

 ともに並び

 列車に揺られている……


 挿絵(By みてみん)

 名古屋へ走る

 列車の窓を

 春の光が斜めに

 滑っていく

 車内に差し込む

 そのひと筋の明るさの中で

 私の指先は

 ひざの上で

 そっと丸まり

 ほどけ

 また丸まって

 まるで海の

 波の引き満ちのよう

 静かに揺れている


 待ち合わせの

 名古屋駅に着いた時

 改札の向こうで

 手を振る

 隆也を見つけるまでに

 きっと

 三秒もかかっていないはずなのに

 私の中では

 ひとつの季節が

 まるごと入れ替わって

 しまったような気がして


 白いシャツに

 落ち着いた色のジャケット

 いつもの大学とは少し違う

  「日曜日の魚住隆也」

 がそこに立っていて

 私の方へ歩いてくる

 そのわずかな距離が

 ずっと長くて

 ずっと

 愛おしい道のりに

 思えたの……

  「綾音

   おはよう!」

 交わされたのは

 それだけの言葉

 けれど

 その一音一音の奥に

 あの和紙のお手紙も

 青いノートに書いた

 私の返事も

 全部折り

 たたまれていることを

 私、綾音と隆也

 何も言わずに知っている


 河和へ向かう

 名鉄の車両に

 乗り込むと

 並んだ座席の窓から

 やがて

 町並みが途切れ、

 低い丘と

 遠くの海の線がのぞく


   「知多の海だよ」


 隆也が指さした先に広がる

 海の青

 私は

 返事ができなくて

 ただ頷きながら

 その指先と

 窓のガラスの間に挟まれた

 透明な空気に

 私自身の鼓動を

 預けるような気持ちで

 そっと景色を見つめて

 挿絵(By みてみん)

 河和駅に着き

 送迎バスに揺られ

  「源氏香」

 の門をくぐる

 柔らかな畳の香りと

 どこか遠くから流れてくる、

 お香のような

 静かな香り


 案内された

 浴衣のコーナーには

 いくつもの柄が

 色とりどりに

 並んで

 淡い藤色

 水色に

 小さな花が踊るもの

 落ち着いた細い縞模様


   「綾音には

    これが似合いそう!」

 

 隆也がそう言って

 手に取ったのは

 薄桃色の地に

 やわらかな若葉の柄が

 散る浴衣でした


 胸の奥で

 何かがそっと

 音を立ててほどける


 若葉色の始まり

 そんな

 第一季のタイトルを

 ふと思い出しながら

 私はその浴衣を

 両手で受け取り


   「じゃあ

    これにするね」

 

 そう答えた声が

 私でも驚くほど自然で

 少しだけ

 誇らしくもあり

 着替えを済ませ

 帯を整え

 鏡の前で深呼吸をひとつ

 薄桃色の

 布地に包まれた私は

 大学の講義室にいる私とも

 夜の自室で青いノートをひらく私とも

 少し違う

   「今日という季節の私」

 でした

 挿絵(By みてみん)

 廊下に出ると

 藍色の浴衣に

 身を包んだ隆也が

 少し照て待っている

  

   「綾音

    似合ってる!」

 

 短くその言葉は

 和紙のお手紙よりも

 ずっと近い距離で

 まっすぐに私の胸へと届く


 昼食用の

 お部屋では

 ふぐのフルコースが

 静かに並べら

 ていねいに引かれた薄造りの皿は、

 まるで冬からこぼれ落ちた

 透明な雪片のようで

 それを春の光の中でいただく不思議さに

 私は小さく息をのみ


   「おいしい?」

 

 そう問う隆也の声は

 いつも図書館で

 論文の解釈を

 確かめるときと同じ

 けれどどこか、

 私の表情そのものを

 味わうような

 やわらかい響きを

 帯びている


   「うん

    とっても!」

 

 私は箸を置き

 ふたりの間に

 漂う湯気の向こうで

 微笑み

 ふぐちりの鍋から

 立ち上る白い湯気

 それは

 これまで

 ふたりが何度も

 くぐり抜けてきた

 春の霧や

 雨上がりの

 白い息とは違う

  「これから」

 を温めるための

 蒸気のように

 感じられる


 食後

 少し休んでから

 お湯へ向かい

 私と隆也

 いったんお別れ

 私はひとり

 かすかな緊張とともに

 浴衣をほどき

 お湯の湯気の中で

 輪郭を失っていく

 私自身の身体は

 昨日までの

  「風待ちの枝」

 にしがみついていた

 心細い小鳥ではなく

 静かに羽を休めながら

 新しい空へ

 向かう準備をしている

 ひとつの生命のように思えます


 露天のお風呂に

 身を沈め

 空が近い

 春と夏の間の

 どこかあいまいな青が

 湯面に反射して

 揺れている

 お湯の温かさが

 これまで張りつめていた

 胸の奥の氷を

 ゆっくりと

 溶かしていく

 このすぐ

 向こう側で

 仕切りひとつ

 隔てた場所で

 隆也も

 同じ湯気に包まれている

 その事実を思うだけで

 頬が自然と

 ゆるみ


 私は

 空を見上げ

 指先でそっと

 湯面をなぞりながら

 今日という日が

 単なる遠出でも

 ただの温泉旅行でもなく


  「同じ空を見上げる」


 という

 ひとつの儀式のような

 意味を帯びていることを

 静かに理解していく

 挿絵(By みてみん)

 お湯から上がり

 再び浴衣に袖を通してから

 合流した休憩処では、

 ソファに並んで腰かけ

 冷たい麦茶を

 分け合い

 窓の向こうには

 海と空の境界が

 ぼんやりと

 重なり合い


   「綾音ほら……」

 

 隆也が窓の外を指さす

 そこには

 小さく飛ぶ海の鳥の

 影があり


   「さっきまで

    枝の上で風を待ってたのかもね」

 

 私でも驚くほど

 自然に出たその言葉に、

 隆也が少しだけ

 目を丸くして

 すぐに穏やかに微笑み


   「ひょっとして

    今日飛び立つ

    記念なのかも?」


 そう告げる横顔を

 見つめながら

 私は胸の中で

 そっと一行を書き留める


 ✨️第022季 同じ空を見上げて✨️


 それは

 私と隆也の距離がかなり

 近くなり

 ともに一緒の景色を見る!

 

 同じ列車に乗り

 同じ湯気に包まれ

 同じ空を見上げて

 同じ疲れと

 同じ安堵を抱えて

 帰り道の車内で

 少しだけ重なり合う

 眠気を分け合う


 そんな

 ささやかで

 しかし

 決定的な一日で

 帰りの列車の窓に映る

 浴衣姿のままの

 思い出の

 私と隆也のシルエット


 夕暮れが近づき

 空の色が

 少しずつ変わっていくたびに

 その影もまた

 重なり方を変えながら

 ゆっくりと

  「私と隆也」

 という形を

 学び取ろうと

 しているように

 見えたのです


 春という季節は

 いつも

  「風の気配」

 から始まり

 やがて

 同じ空を見上げる

 私と隆也の

 同じシーンを見る瞳として

 静かに結ばれていく


 南知多から戻る列車の中で

 窓の向こうと

 窓のこちら側

 その両方に

 広がる景色を

 眺めながら

 私はそっと目を閉じ願う

 どうかこの先も

 たとえ

 雲がかかる日があったとしても

 私と隆也が

 見上げる空が

 同じ方向を

 向き続けますように……

 挿絵(By みてみん)

 春の空から

 夏の光へ

 こうして

  「同じ空を見上げて」

 の一日を

 私は夜の自室で

 パジャマ姿で

 青いノートの

 新しいページに

 書き記しました


 湯上がりの余韻が

 まだ肌に残っていて

 窓を少し開けると

 春と初夏の

 境目のような風が

 部屋の中を

 ゆっくりと一巡し

 和紙のお手紙

 浴衣の色

 ふぐのやわらかな存在

 露天風呂から見上げた空

 帰り道の車窓に滲んだ夕景

 それらのすべてが

 ひとつの

  「絆」

 と呼べる線で

 ゆるやかに

 結ばれていくのを感じながら

 私は

 ペン先を止めたくなく

 けれど

 季は

 永遠ではなく

 光が強くなればなるほど

 影もまた

 その輪郭を濃くしていく

 それは

 情熱とときに

  「離れ」

 を含んだ季節

 太陽の下で

 私と隆也の心は

 これまでとは

 違う揺れ方を

 覚えるのだろうと

 どこかで予感が……

 しかし

 そのときに

 きっと支えになるのは

 今日

 湯気の向こうで交わした

 ささやかな笑顔や

 同じ空を見上げたときに感じた

 言葉にならない安心感なのだと思う


 ✨️第023季 放課後のしずく音✨️

 胸の鼓動が速くなるほどの喜びと

 同じ速さで増えていく不安

 そのどちらもを抱えながら

 私・大隅綾音と魚住隆也は

 それでも

 同じ空の下で生きていくことを

 選び続けていく

 この青いノートに

 しるすたびに

 私と隆也は

 絆の軌跡を

 確かめ合う……

 挿絵(By みてみん)

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