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⭐️色褪せることのない絆⭐️ ✨️EMPATHY 大隅綾音と魚住隆也✨️  作者: 詩野忍


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25/59

✨️第021季 風待ちの枝✨️

 挿絵(By みてみん)

 春という季節は

 いつも

  「風の気配」

 から姿を現すのだと

 私は最近になって

 ようやく気づき

 花が咲くよりも前

 若葉がひらくよりも前

 まだ世界のどこにも

  「色」

 と呼べるものが

 見当たらない頃から

 空気の輪郭だけが

 ほんの少し

 変わっていく

 その

 だれにも説明できない

 微細な揺らぎのなかで

 心だけが先に

 季節を察してしまう


 隆也と出会ってからの

 私の時間も

 きっと同じ仕組みで

 動いてきたのだと思う

 大きな告白も

 劇的な出来事も

 まだ何ひとつ

 起きてはいないけれども

 それなのに

 二人で

 同じ列車に乗る朝や

 斜め前の席を選ぶ講義室

 図書館での小さな

  「ねえ、ここ……」

 という問いかけ

 そんなささやかな場面の

 ひとつひとつが

 確かに私の内側の

 季節を変えていった


 前の季

 ✨️第020 小さな勇気の種✨️

 で私はようやく

 自分の胸の奥に

 埋めてきた無数の

  「まだ芽吹かぬ決意」

 の存在を見つめ直し

 いきなり

 花を咲かせるのではなく

 ただ

  「種としてここにいる」

 という事実を認め


 それだけで

 世界の見え方は

 少し変わるのだと知りる

 そして今

 私は

 一本の枝の上に立っています

 風を待つ鳥のように

 まだ飛び立つ決心を

 固めきれないまま

 それでも

 確かに変わりつつある

 空の匂いを

 胸いっぱいに吸い込んでいる


 ✨️第021季 風待ちの枝✨️

 はそんな

  「飛び立つ前の私」

 を描く季です。

 まだ踏み出せない足

 でも確かに

 私と隆也

 二人の未来に向かって

 伸びていく視線に

 沈黙の中で

 芽生える約束と

 言葉になるのを

 待っている想い

 そして

 深夜の自室で

 私はいつもの

 青いノートを開き

 そこに挟まれていた

 一枚の和紙の便箋

 それは

 風を待つ枝を

 そっと揺らしてくれた

 一陣の風の記録……

 挿絵(By みてみん)

 夜更けの部屋で

 私はいつものように

 青いノートを開く

 今日一日の

 ささやかな勇気たちを

 記録するために

 窓の外では

 春の終わりかけの風が

 カーテンをほんの少しだけ

 揺らしている

 街灯の光が

 レース越しににじみ

 机の上のペン立ての影を

 ゆらりと長く伸ばしては

 また戻していく


 ページを

 めくろうとした指先が

 そこで止まった


  いつもの紙の手触りと

   すこし違う!


 青いノートの

 真ん中あたりに

 一枚の和紙の便箋が

 そっと挟まれていた

 淡い生成り色に

 細い罫線

 どこか懐かしい

 祖母の手紙を思い出させる

 和紙の香りが

 ふわりと立ちのぼる

 恐る恐る

 私はそれを広げた


 そこには

 見慣れたようで

 どこかぎこちない

 文字が並んでいた


  私の文字に

   よく似た誰かの文字


 いや誰かではない

 

  魚住隆也

   きっと

   あなたの文字


    『綾音

     いつも気遣いありがとう

     大好きだよ

     綾音

     これからもよろしくお願いします!


     今度の日曜日にお約束の

     南知多温泉郷の「源氏香」へ

     昼食付きの日帰り温泉に行こ!』


 読み終えるまでに

 何度瞬きをしただろう

 ひと文字

 ひと文字

 を追うたびに

 胸の奥にたまっていた空気が

 ゆっくりと

 ほどけていくのを感じた


  「大好きだよ

   綾音」


 その一行に触れた瞬間

 時間がふと止まる

 手紙のインクが

 まだ乾ききっていないような

 錯覚さえ覚える。

 私の名前を呼ぶその筆跡は

 ところどころ

 ためらうように揺れていて

 それがまた愛おしい


  こんなふうに

  私の文字を

  真似しなくてもいいのに……


 くすり!

 と小さく微笑みほほが緩む

 でも

 すぐに喉の奥で

 微笑みは溶け

 かわりに

 まぶたの奥があたたかく……


 今日は

 本当なら

  「風待ち」

 のまま終わるはずの予定


 朝

 いつもの一本

 列車をわざと見送り

 あなたと同じ車両に乗り込むために

 少しだけ鼓動を速めたホーム

 講義室では

 いつものように

 斜め前の席を選び

 ノートを開き

 ペンを走らせながら

 視界の片隅で

 隆也の手元の動きを追いかける

 ページをめくる音が重なった瞬間

 窓の外の若葉が

 陽の光をはね返して

 ほんの一瞬だけ

 世界がまぶしくなる

 午後の図書館

 参考文献の山と

 締切の数字。

   「ねえ隆也?」

 と声をかけかけて

 いつもは別の話題に

 逃げてしまっていた私


 でも今日は違った


 ページの端を折りながら

 心の中で

  「やめない」

 と宣言し

   「ねえ隆也、ここ……」

 と指先で示した論文の一行を

 私と隆也

 と一緒に覗き込む


 紙一枚ぶんよりも

 近づいた距離

 隆也の呼吸の気配が

 耳のすぐそばをかすめていく

 どんな解釈が

 返ってくるのかを

 聞く前から

 私はもう今日も

  「ありがとう」

 を心の中で何度を

 リハーサルして

 挿絵(By みてみん)

 夕暮れ

 キャンパスの片隅のベンチ

 私と隆也

 二人並んで座り

 沈黙を分け合う時間

 気まずさとは違う

 どこかやわらかな沈黙

 私は

 その沈黙に名前をつけず

 言葉にしてしまえば

 壊れてしまいそうだったから


  ここにいてもいい?


 声にならなかった問いかけに

 あなたの横顔は

 何も言わずに

 それでも確かに

  「うん」

 と頷いてくれた気がした


 そのすべての出来事が

 今夜までは

  「風を待つ枝」

 の上で揺れる

 名もなき葉の

 ざわめきにすぎなかった


 けれど今

 深夜の自室で

 私は一本の手紙を手にしている


 和紙の便箋の上で

 インクが静かに光っている

 そこには

  「これからもよろしくお願いします」

 という

 少し照れくさくて

 でも真剣な

 隆也、あなたの言葉


 そして

 きちんと日付まで書いてある

 今度の日曜日

 南知多温泉郷

 「源氏香」

 昼食付きの日帰り温泉


  本当に覚えていてくれいたんだ!


 以前

 何気なく交わした会話

 レポートに

 追われていた帰り道

  「いつか落ち着いたら

   どこか近場の温泉にでも行きたいね」

 と私がぽつりと言った言葉


 その時隆也は

  「じゃあ

   その時は僕が計画するよ

   南知多あたりとかどう?」

 と何でもないような

 調子で微笑む


 私はそれを

 半分くらい冗談だと

 あるいは

 忙しさのなかで

 流れてしまう

 約束のひとつ……


 でも

 隆也は忘れていなかった

 むしろ

 私より先に

  「風向き」

 を確かめていて

 私がまだ

 枝の上でためらっている間に

 そっと一陣の風を送ってくれた


  「大好きだよ

   綾音」


 この一行を

 私は

 何度も目で指先でなぞる

 声に出して読んでしまえば

 きっと部屋の空気が

 一気に変わってしまう気がして

 唇だけが

 小さくその形をつくる


 大きな告白ではないのかもしれない

 詩的な比喩も

 ドラマチックな演出もない

 ただ

 まっすぐな

 やさしい一文


 でもその素朴さの中に、

 今まで

 私と隆也

 二人で重ねてきた

 朝のホームも

 図書館の沈黙も

 ベンチでの無言の時間も

 青いノートに刻んだ

 私の鼓動のインクも

 すべてがぎゅっと

 折りたたまれている気がした


  そうっか!

 

 私はずっと

 風を待っていたのだ

 挿絵(By みてみん)

 私自身の勇気が

 芽吹くのを

 ただ受け身に

 待っていたわけじゃない

 私の中の

  「小さな勇気の種」

 はきっと

 隆也の

 さりげない優しさに

 光を当てられながら

 ゆっくりと

 殻をやわらかくしていたのだ


 風が吹かなければ

 枝は揺れない。

 でも

 風が吹いたからといって

 必ず飛び立たなければ

 ならないわけでもない

 大切なのは

 その風を

  「怖い」

 と感じるか?

  「うれしい」

 と感じるか?

 今の私は

 はっきりと後者

 胸の奥で

 ふわり!

 と暖かい何かがひらいていく


 私はペンを取り

 青いノートの新しいページを開く

 ページの一番上に

 今日の日付と――

 その横に

 そっと書き添える


 ✨️第021季 風待ちの枝✨️


 そして

 その下に

 震えないように

 気をつけながら

 一行一行

 言葉を落としていく


   「隆也

    和紙の手紙

    ちゃんと届きました

    私も

    あなたのことが

    とても大切です

    風を待っていた枝は

    今

    やさしい南風に

    揺れています

    今度の日曜日

    『源氏香』

    へ一緒に行きましょう

    ありがとう


     大隅綾音」


 書き終えて

 ペン先をそっと離す

 インクが紙の上で

 静かに乾いていく

 窓の外で

 風が少し強くなった気がした

 カーテンが大きくふくらみ

 部屋の空気が入れ替わる


 私はノートを閉じ

 その上に

 あなたの和紙の便箋を重ねる

 まるで

 ふたつの

  「風待ちの枝」

 が同じ風を分け合うように


 まだ

  「恋」

 と言い切るには

 何かが少しだけ

 足りないのかもしれない?

 でも

  「絆」

 と呼ぶには

 確かに

 何かが芽生え始めている

 私はそっと目を閉じ

 ベッドの上で

 小さくつぶやく


   「日曜日

    楽しみにしてるね!」


 返事は

 まだ夜の静けさの中に

 溶けていくばかりだけれど

 きっと

 同じ風が

 120Km先の

 隆也の自室の

 カーテンも揺らしているはず

 だと信じながら……


 ありがとう!

 挿絵(By みてみん)

 ✨️第021季 風待ちの枝✨️

 を振り返り

 私は改めて

 自分がどれほど長い間

  「風の向きを測り続けていたのか?」

 に気づき

 日々の中で

 揺れる小さな不安や

 時々顔を出す臆病さ

 それらは決して

 弱さの証拠ではなく

 むしろ

  「大切にしたいものがある」

 証としての

 ささやかな震えだった?


 和紙の便箋に

 したためられた

 隆也、あなたの不器用な文字

  「大好きだよ

   綾音」

 という一文は

 花火のように

 派手に夜空を裂く

 告白ではなく

 長く

 永く

 やわらかく

 私の心を照らしてくれて……


 風を待つ枝は

 ようやく

 自分の上を

 吹き抜けていった

 風の名を知ったのかも?

 それは

  「約束」

 と呼ばれる風であり

  「これからもよろしくお願いします」

 と続く未来形の息遣い


 次の季

 ✨️第022季 同じ空を見上げて✨️

 南知多の海辺へと

 向かう列車の窓

 潮風の香り

  「源氏香」

 の湯けむり

 そして

 ふたりで

 同じ空を

 見上げる時間が

 風待ちの枝に

 ようやく

 最初の一羽の

 鳥がとまり

 その翼が

 小さく試しに

 空気を撫でるように

 私、大隅綾音と魚住隆也

 のここから少しずつ

  「ふたりの季節」

 へと歩を進め

 枝はまだ折れず

 風もまだ穏やか

 けれど

 確かに方角だけは

 私と隆也

 確かな同じ方向を

 指し示し始め

 ともに歩む……


 その続きの風景を

 これからも

 隆也、あなたとともに

 ゆっくりと

 紡いでいけますよう

 私、大隅綾音より

 よろしくお願いいたします!

 挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
好きな人から「大好きだよ」という手紙をもらった心の機微が丁寧に描かれていて、共感できました! でも、綾音さん。お返事に私だったら「大切」でなく、「大好き」と書くかな。 でも「大切」がきっと綾音さんの1…
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